2-12.お約束ってさ、現実ではなかなか出会えないものなんだね
『おや?』
「ん?どうかしたの、きぃちゃん」
早く話が終わらないかと思いつつ話を聞いていると、きぃちゃんがなにか気づいたような声を上げる。
またなにか変な要求でもされるのだろうか。さすがにこうも興味がもてない話を続けられると結構しんどい。
『近くで誰かが戦っているようですね』
「え!マジで?」
私は早速探索術で周囲の気配を探ってみる。
今、私の心は期待に満ちている。うまくいけばこの話を終了させられるかもしれないからだ。
休憩が終わってしまうのはちょっと残念だけど、それよりもこの話をし続けるほうが面倒くさいんだからしょうがない。
お、気配があった。確かに激しく動いているようだし、戦っているっぽいね。
でもさ……30Km先は近くとは言わないと思うよきぃちゃん。道理で私の気配察知に引っかからないはずだよ。半径5Kmくらいが私が常時展開している気配察知の範囲だからね。
てかさ、いったい何キロ先まで気配探ってるんだよきぃちゃんは。まさか、私が倒した魔物達もそんな遠くから呼び寄せたわけじゃ……ありえそうだな、むしろさらに遠くから呼び寄せていた可能性も……いや、これ以上考えるのはやめよう。どうせ考えたところで無駄だし。
「よし、じゃあ行ってみようか」
『わざわざ行くのですか?』
「当たり前だよ。行くに決まってるじゃないか。確かあの辺りって街道付近だよね」
『確かそうだったと思いますが』
「街道付近で戦闘っていったら、きっと馬車が盗賊に襲われているに違いないんだよ。私の助けを待っているんだよ」
『まだそれ諦めてなかったんですね』
「当然。盗賊に襲われている馬車を助ける、なんてことは異世界物のお約束じゃない。この星に来た初日には言葉が通じないなんていう落とし穴があったけど、今なら大丈夫。1年経ってやっとリベンジのチャンスがやってきたんだよ」
そう、せっかく異世界なんてところへ来たんだから、やっぱりお約束は押さえておきたい。
しかも、襲われている馬車を助ける、なんてのはメジャーもいいところじゃないですか。
もう一つのメジャーなお約束、冒険者ギルドで絡まれて返り討ちにする、というやつはほぼ絶望的なので、ここは逃せない。
え?どうしてギルドの方のお約束は絶望的なのかって?
だって、よく考えてみてくださいよ。実際に冒険者ギルドへ出入りするのって冒険者だけじゃないんですよ。
冒険者が依頼を受けることができるということは、それを依頼する人たちも当然出入りしているわけです。
そんな人達に、ひょろいだとか、女だとか、子供だとか、そんなくだらない理由で絡んでもみてください。どう考えても自分たちの飯の種を潰しているだけです。
当然ギルドの方も不利益を被るわけですから、絡んだ冒険者には罰則を与えるわけですよ。
依頼主は絡まれる。冒険者は罰則を受ける。冒険者ギルドは顧客離れにつながる。こんな誰も得をしないような不毛なことは、荒くれ者が多く、頭脳労働が比較的苦手だと言われる冒険者でもさすがにやりませんよ。
まあたまに、それでも絡まなくてはいられないどうしようもなく頭の悪い人もいますが、そんな人は冒険者ギルドとしても不要どころか害悪な人なわけなので、さっくりと除名されて泣きを入れているなんて場面も見たことがあります。除名はくつがえらなかったようですが。
その時は残念ながら絡まれたのは私ではなく、私よりも少し先に冒険者ギルドへと入っていったちょっと頼りない感じの20代くらいのお兄さんでした。
しかしそのお兄さん、結構な頻度で依頼を持ってくるお得意様だったようで、ギルド職員もお兄さんに平謝りしていました。
そんな人に絡んでしまった頭の悪い冒険者なんてものは、除名されたとしても当然ですよね。
しかし、あの時もう少し早く私が冒険者ギルドの中へと入っていたら、絡まれる役目は私がもらえたのでしょうか。貴重なチャンスを逃してしまったのかもしれません。そう考えると少し残念かな。
まあそんなわけで、冒険者ギルドで「ここはテメェみてぇなヤツが来るところじゃねぇんだよ」なんて因縁をつけられて絡まれるなんてことはほぼありえないのです。
ただ、私はどうも別の意味でよく絡まれるんですけどね。なぜか食事に誘われたり、買い物に誘われたり、一緒に散歩でもしないかと誘われたり、自分たちのパーティに入らないかと誘われたり、色々な勧誘があるわけです。
パーティの勧誘は、私が強いという話が出回っていたみたいなので理解は出来るのですが、他の勧誘についてはなんで私を誘うのかが全く理解できませんでした。
だってさ、よく知らない人と出かけてもさ、それって楽しいの?相手のことを知らないわけだから、どんなことを話せばいいのかなんてわからないんだよ?さすがに一緒に出かけるわけだから無言というわけにもいかないだろうしさ。普通に仲の良い知り合いと出かけたほうが楽しくない?
ちなみに、勧誘は全て断っています。きぃちゃんが断りなさいと言ってくるからね。私としても知らない人から誘われても困るだけだし、面倒なので異論はありません。
しかし今思えば、あれがきぃちゃんの言っていた、恋愛対象として見られているというやつだったのかもしれませんね。まあ今さらそんなことを考えても、相手が何を思って私を誘ったのかなんてことは結局わかるわけはないですし、仮に恋愛対象として私を見ていたのだとしても、私にはよく知らない人をそういう目で見ることは出来ませんし。そもそも、私のことを恋愛対象として見ている人がいるなんて言う話自体が、私自身まだ信じられていませんけどね。
『ナハブ?行かないのですか?』
「あ、ごめんごめん。ちょっと考えごと」
余計なことを考えていたらそれなりに時間が経っていたようだ。
『またろくでもないことを考えていたのですか?』
「なによろくでもないって」
『あなたこういう趣味に走ったような行動を取る時は大抵ろくでもないことするじゃない』
「失礼だなきぃちゃんは。私がそんなことするわけがないじゃない」
『あら?自覚がありませんか?ならばあなたでも理解が出来るように具体例でも挙げましょうか?』
「さて行こう、すぐ行こう。余計なおしゃべりをしている暇なんてないよ。早く行かないと終わっちゃうかもしれないからね」
失礼なことを言われつい反論してしまったが、きぃちゃんから不穏な空気を感じ、話を終わらせるために声を張り上げた。
あれはなんか駄目なやつだ。あのまま話を続けたらお説教コースに入ってしまう気がしてならない。
お願いしますのでお説教は勘弁して下さい。
『まあ、いいでしょう。行きましょうか』
ため息混じりにきぃちゃんがそう言う。
セーフ!ギリギリセーフ!追及されないでよかったー。お説教されないでよかった―。
きぃちゃんの気が変わらないうちにさっさと転移してしまおう。
目標は現場付近で様子を確認できそうな場所。やっぱり状況の確認はしておかなくちゃ。いきなり突入して、実は対人訓練でしたー、なんて言われたら恥ずかしすぎるからね。
そしてやって来ました戦闘現場付近。確認してみると、やはり馬車が襲われていたようです。馬車の護衛の人たちと盗賊たちが戦っているようです。
「なんか装飾がしっかりしていて高そうな馬車だね。てか、成金趣味じゃないのに高そうな品の良い馬車なんて初めて見たよ」
『あれは貴族の馬車ですね』
「え?マジで?」
『この国の貴族に、あの馬車に施されている紋章を家紋としている家があったはずです』
言われて馬車を確認してみる。確かに紋章のようなものがある。
歪んだ星形の中心に目のようなものが描かれている。
これが家紋なのかな?うーん、貴族っぽい……のか?貴族の家紋なんて見たことないからよくわからないや。
今まで害虫駆除のお仕事で貴族の家には何度か入ったことがあるけどさ、家紋なんて気にしたことなかったしなぁ。てか、そもそも家紋なんてあること自体知らなかったし……。
まあ、きぃちゃんがあれを貴族の家紋だというのならそうなんだろう。きぃちゃんが間違うなんてことがあるわけないしね。
そんなことよりも……。
「貴族って成金趣味ばっかりじゃなかったんだ」
『気になるのはそこですか』
「だって、今まで駆除してきた貴族がねぇ。しかし、貴族かぁ……助けてしまってもいいのかな」
『別に良いのではないですか。ろくでもない人間だったらその時改めて駆除すればよいのです』
なるほど、そういう考え方もあるのか。
確かに現時点で何かされたわけでもないし、ここで去ってしまうのも後味が悪いしね。
万が一にもまともな貴族だという可能性がなきにしもあらずなんてことがあるかもしれない。まあ、そんな貴族に出会ったことはありませんが。
よし、そうと決まれば早速盗賊どもを蹴散らしに行こう。
「行くよ、きぃちゃん」
そして一歩を踏み出そうとしたところできぃちゃんから声がかかる。
『待ちなさい、ナハブ』
やる気満々だったのに出鼻をくじかれた。
「どうしたのさ」
『よく見てみなさい』
よく見ろったって何を見るのさ。早く行かないと終わっちゃうかもしれないじゃん。
『戦況をよく見てみなさい。どちらが優勢ですか』
「あっ!」
護衛の方には負傷者すらいないのに、盗賊の方はどんどん倒れていく。人数は圧倒的に盗賊たちの方が多いのに。
『わかりましたか?』
「あー、助けなんていらないね」
護衛たちが危なげなく盗賊たちを排除しているのに、助けなんているわけがないよね。
『考えても見てください。あの馬車には貴族が乗っているものだと思われます』
「まあ、貴族の馬車なら貴族が乗っているんだろうね」
『その貴族が、たかが盗賊ごときにも劣るような護衛を雇っていると思いますか?』
「言われてみれば。金も権力もあるんだから、護衛がしょぼいわけがないよね……」
『その通りです。護衛の質を落として自分の命も落としてしまっては割に合いませんから』
そっかー、金も権力もあるんだし、護衛も強いのを揃えてるよね。
お約束のイベントに夢中でそんなこと考えたこともなかったよ。
ということは、私の出番はなし?
せっかく1年前のリベンジだと思ったのに。残念だ。
てか、意外とお約束って実現できないのね。物語ならポンポン遭遇するのになぁ。
しょうがないから見学だけして帰るか。
そして護衛対盗賊のバトルを観戦していると、盗賊の一人が一生懸命笛を吹いているのに気付く。
なにやってんの?あれ。なんか笛を吹いては周りの様子を確認して悪態をついているみたいなんだけど。
さっぱり意味がわからない。魔法を使ってあの盗賊の声を拾ってみると「なんで来ないんだ」などと笛を吹いては悪態をつくということを繰り返している。
あの笛を吹くとなにか来るのだろうか?
能力確認の魔法を使って笛を調べてみようかな。実はこの魔法、自分や他人のステータスを見られるだけじゃなく、物の詳細を調べたりすることも出来るのだ。ちなみにスキルの《鑑定》でも同じようなことが出来ます。
というか、そもそもスキルの《鑑定》は習得難易度の高いレアスキルで、もっと多くの人が使えるよう、魔法で似たようなことが出来ないかと研究され、ついには術式の構築に成功したものが能力確認の魔法だったりします。しかしこの魔法、結局のところ非常に難易度が高く、多くの人が使えるようにと開発されたはずなのに、使える者がほとんどいないという本末転倒な魔法だったりする。
まあ、私としては自分で使えればそれでいいんですけどね。他の人のことなんて知ったことじゃないですよ。
どれどれ《魔物寄せの笛》か。詳細を見ると、周囲にいる魔物を呼び寄せ、自分よりもレベルの低い魔物を一定時間従わせることが出来る、となっている。
ものすごい効果だ。しかも古代遺物とか書いてあるよ。
なんで盗賊ごときがこんなもの持ってんだ?
しかし、そうなるとあの盗賊は、この辺りにいるはずの魔物が集まってこないから悪態をついているわけですね。ん?この辺りの魔物?あれ?それってもしかして……。
盗賊が悪態をついている理由にもしやと思い、きぃちゃんに問いかけようとしたところでまたあの盗賊の声が私の耳に届いた。そういえば、まだ声を拾う魔法解除してなかったね。
「くそっ!なんで来ねぇんだよ!近くに集めておいただろっ!今朝確認した時はちゃんといただろっ!」
……。
……それってやっぱり、あれですよね?ものすごく心当たりあるんですけど。
「ねえきぃちゃん。さっき私が倒した魔物たちってさ、どの辺から呼び寄せたの?」
『あなたが戦っていた周辺から根こそぎ呼び寄せましたよ。そういえばこの街道より少し離れた場所に、やたらと大量の魔物が固まっていたので助かりましたね。思ったよりも多くの魔物をナハブと戦わせることが出来ました』
ですよねー。やっぱりかー。やっぱりそうなのかー。
てか、襲撃のためにわざわざ魔物を集めていたんですね。
ごめんよ国の兵士たち。サボっているなんていわれなき罪をかぶせて。
犯人はこの盗賊たちでした。
てか、私ときぃちゃんとで知らないうちに盗賊の切り札を潰していたようです。
そして知らないうちにそこにいる貴族と護衛を助けていたようです。
いや、違うんだよ。私がやりたいのはそういう助けるじゃないんだよ。




