2-3.もうやめて!とっくに私の腹筋の抵抗値はゼロよ!
『ねえ、きぃちゃん』
『ええ、つけられていますね』
きぃちゃんに思念通話で話しかけると同意の言葉が返ってきた。
『あ、やっぱり?なんだろう?』
『恐らく、人さらいの類かと』
『え?わかるの?』
『ええ、今、王都では子供がさらわれるという事件が多発していますので』
『は?』
え……きぃちゃんってずっと私と一緒にいたよね?
どうして王都のそんな新しい話題を仕入れているわけ?
『なんできぃちゃんがそんなことを知っているのよさ』
『私に知らないことなどありません』
いやいやいやいや。どういう理屈よ。
だってきぃちゃんって指輪だよ?ずっと私の指にはまってたんだよ?
なんで3ヶ月間引きこもっていた私とずっと一緒にいたきぃちゃんが最近の王都の話なんて知ってるのよ。
『まあ、それは冗談として、魔法で王都周辺の情報を探っていただけですよ』
『まじすか』
きぃちゃんが完全体になってから有能さがとどまるところを知らない。
なんときぃちゃん、完全体になったと思ったら自力で魔法使えるんですよ。
いや、元々極限定的に少しだけは使えたんだけどさ、今は魔力の許す限り何でもいけるらしい。それどころか、私よりも魔法を使いこなす始末。いやまあ、魔法技術の発達した星であらゆる知識を詰め込まれて創られた存在なわけだから、当然と言えば当然なのかもしれないけどさぁ。……私いらなくない?
おかげでゲーム機を破壊するなどという脅しにも屈するはめに……いや、確かにあれは私が悪いんですけどね。
しかもなに?魔法で周辺の情報を探っていた?なにそれすごい。
『やろうと思えばナハブでもできますよ?まあ、荒野を戦車で駆け巡ったり、愛人にインテリアを貢いだり、ドラム缶を押したりで忙しかったみたいですが』
『ぐ……それは嫌味かな?きぃちゃん』
『いえ?私は事実を述べたまでですが。嫌味に聞こえるような心当たりでもあったのですか?』
ぐぬぬ……。
私がゲームに夢中になりすぎていたことをここぞとばかりに指摘しよる。
くそう、きぃちゃんには口で勝てる気が全くしない。
『そ、それよりさ、つけてきている3人は私のことをさらおうと?』
『随分と露骨な話題替えですね。まあ、いいんですが。その可能性は高いと思われますよ』
『うぐっ。ま、まあ、3人くらいならすぐ終わるからいいか』
『いえ、ナハブ、さらわれましょう』
『は?』
『ナハブ、あなたさらわれなさい』
『いやいやいや、なんで?』
『害虫は元を断たねばすぐ増えるのです。3人ごとき葬ったところで意味はありません』
『いや、確かにそうなんだけどさ、私今からご飯……』
『後にしなさい』
『いや、私おなかすいてるんだけど……』
『後にしなさい』
『はい……』
きぃちゃんの言うことにやむなく同意する。
まあ、きぃちゃんの言うことなら仕方がないね。なんてったって私の相棒だし。なんだかんだ言っても、私きぃちゃん大好きだし。
それに、きぃちゃんの言うことが間違っているはずがない。
でも、ご飯おあずけはつらい……。
それにしても……。
くそう、何なんだよあいつら。何で今なんだよ。何でご飯食べた後じゃないんだよ。
あいつらが悪いんだ。私のことを付け回すのが悪いんだ。あいつらのせいでご飯が食べられないんだ。
さらうのならご飯食べた後にしてくれよ。何で今なんだよ。もう少しくらい待ってくれたっていいじゃないか。
せっかくの久しぶりのまともなご飯のはずだったのに。もう私のお腹は美味しいものの受け入れ体制が万全だったのに。今更おあずけとかあんまりじゃないか。
後悔させてやる。ご飯の前に私を付け狙ったことを後悔させてやる。私の幸せなお食事タイムを奪ったことを後悔させてやる。
『ねえきぃちゃん』
『何ですかナハブ』
『とりあえず害虫駆除のお仕事は恐怖に苦しむプランで行こうか』
『あら、別にサクッと殺っちゃってもいいのですよ?』
『私のご飯をおあずけにされた恨みはその程度では晴らせないのだよ』
『そう……好きにしなさい』
『うん、好きにする。まあ、まずはさらってもらわないとね。人気のない通りにでも行ったほうがいいのかな?』
『あからさますぎませんか?』
『でもさ、そうでもしないとさらえなくない?気配の消し方も下手くそだしさ。あれじゃ簡単に見つかっちゃうし、抵抗のできない子供くらいしかさらえないんじゃない?』
『さらうのが子供なのでそれでも構わないのではないですか?』
『あ、そうか。でもさ、人通りの多い場所はさすがに無理だと思うよ、あれじゃぁ』
『まあ、確かにお粗末すぎますね』
『あんなのにさらわれるとか、かなり屈辱的なんだけど』
『今回は我慢しなさい』
本当、何あれ?やる気あんの?
ちょっと人気のない通りに入っただけで、気配も消さずに堂々と付け狙うってどういうことよ?
『ところでナハブ、どうして私が子供がさらわれる事件、と言ったかわかりますか?』
『ん?どういうこと?』
『普通、子供がいなくなっただけでは行方不明と言いますよね?しかし、私はさらわれていると断定しました』
『あ、そういえばそうだね。何で?』
『目撃者が多数いるのです』
『……は?』
『さらわれる現場を目撃している者が多数いるのです』
『ちょ、ちょっとまって、なにそれ、マジで?本当にやる気あるのあいつら?てか、何でそれで捕まらないのよ』
『恐らく、後ろにお貴族様でもついているんじゃないですか?』
『あー、そういう』
あれかー、権力を笠に着て堂々とさらっているってなわけか。
だからこんなにもお粗末な尾行なわけね。色々と納得だわ。
『それにしても、今時の子供はこの程度の奴らにさらわれちゃうわけ?ちょっと警戒心なさすぎじゃない?』
『普通の子供は気配など読めませんから仕方がないでしょう。それに、気がついて逃げようとした子供もそれなりの数います』
『うわぁ……子供に策敵される誘拐犯。廃業したほうがいいと思うんだけど』
『それについては私も同意見です。それで、逃げようとした子供を力尽くでさらって、それが多数目撃されているというわけです』
『話を聞けば聞くほどお粗末すぎる……』
『子供と大人とじゃ身体能力に大きな差がある上、人数は自分達の方が多いから多少強引になっても問題なし。更には権力が後ろ盾になっているから露見したところで握り潰せる。そうして出来上がったのがあのお粗末な誘拐犯といったところでしょうか』
『うん、本当、救いようのないクズだね。身体的にも権力的にも弱者である庶民の子供を狙ってさらうとか、害虫の名にふさわしい所業だよ。確かにこれはきぃちゃんの言うとおり、ちゃんと駆除しとかなくちゃ駄目だわ』
さて、そろそろかな?などと思っていたらあいつらに動きがあった。
近づいてきたと思ったら3人で私を囲んできたのだ。追跡のお粗末さに反して何とも鮮やかな囲い込み。随分と慣れていらっしゃるようで。
「な、なんですかあなたたちは」
私は怯えたような声色で問いかける。
弱々しく見せる演技というものもなかなかに面倒くさい。
ついでに相手のレベルを確認。7、7、8。想像以上の雑魚だな……。
「へっへっへ、ちょいとお嬢ちゃんについてきて欲しいところがあるんだがよ」
一人の男がそう話しかけてくるのと同時に、私の後ろにいた男が私の後頭部を殴打する。
一瞬何をされたのかわからなかったのだが、きぃちゃんが『気絶!』と思念通話を送ってくれたおかげで理解する。
あ、そうか、ここで気絶すればいいのか。
私は気を失ったふりをし、そのまま倒れる。
あーびっくりした。あまりにも痛みを感じなかったせいで、後頭部を殴られたにもかかわらず何をされたのか一瞬わからなかったよ。
まあ、あのレベルじゃぁ私に傷一つつけることはできないだろうね。
そんなことを考えている間にも、男たちはいそいそと私を袋に詰め込みはじめる。
うわぁ……。さらわれるためとはいえ、あいつらに体を触られるとか……。いや、実際は魔力の膜を張っているから直接触られたわけじゃないんだけどさ……。それでもすっごい気持ち悪い……。お風呂に入ったら念入りに体を洗おう……。うわぁ……。萎えるわぁ……。
そして詰め込みが終わると、誰かが私を担ぎ上げ、歩き出した。
「いやー楽勝でしたね」
「おうよ、俺達にかかればガキをさらうくらい朝飯前よ」
「ガキをさらうだけで金がもらえるんだからチョロい仕事だよな」
いやいやいや、わざとさらわれてあげたんですよ?
レベルは低いわ、まともに気配は消せないわ、力押し前提での誘拐だわ、その程度の実力で余裕ぶって語らないで欲しい。我慢できずに吹き出してしまうかもしれないじゃないか。
滑稽だ。あまりにも滑稽すぎる。ゴミ虫の分際で自分をエキスパートだと勘違いしていやがる。
しかも、しかもだよ、未だに「俺達ってばすげぇぜ!」みたいな会話を続けている。
まじでヤバイって。その程度の能力で自画自賛とか。私の腹筋が崩壊しそうだよ。
無心。無心になるんだ。そう、何も聞こえない。あいつらの会話なんて聞こえはしない。
「まあ、俺達に仕事を持ってきた奴も運が良かったよな」
「俺達に任せりゃどんな仕事も成功間違いなしですからね」
「本当、どいつもこいつも未熟な奴ばっかりだからな。ちったぁ俺達を見習ってほしいぜ」
ちょ、ま、まって……。やばい、腹筋やばいって……。
早く着いて!目的地に早く着いて!!