5-8x.魔法少女A(仮)視点
「んぅ……」
布団の心地よさに思わず声が漏れる。
「んふっ……ふふ」
これほど気持ちよく眠ったのは、いつ以来だろうか。
「……」
そうだ。それは私が『魔法少女部隊』へと入隊する以前のこと。『魔女の叡智』とも呼ばれる魔装具『神を騙る繁栄』への高い適性が判明してからは、心休まることなどほぼ皆無だった。望んでもいない特殊部隊へと強制的に入隊させられ、それ以後はひたすらに訓練、訓練、訓練の日々。遊びたい盛りだった当時の私は、自分の適性を呪ったりもしたけれど、今ではそれなりに充実した毎日を送っていると思う。それでも『安息』という言葉とは無縁の日々ではあったけれど。
……。
そこまで思考し、ふと気づく。なぜ私は今、心地よいまどろみを堪能しているのだろうか……。
血の気が引く思いとともに、一気に目が覚める。
「っっ!!」
慌てて起き上がり、周囲を確認する。
……ここは……どこだ?……広さは、十畳ほどだろうか。シングルサイズのベッドが一つ置いてあるだけの、なんとも簡素な部屋だ。
確か私は、国の命により、過去に我が国より奪われた『神を騙る繁栄』を回収する任務に就いていたと記憶している。
我が国の研究班がわずかな痕跡を辿り、長い年月をかけ、ついに遥か遠き星『ミスレティア』に、奪われた『神を騙る繁栄』があることを突き止め、私の所属する『魔法少女部隊』へ奪還の命令が下されたのだ。とはいえ、部隊全員を転移で『ミスレティア』へと送るには膨大な魔力が必要となってしまう。そこで、戦闘能力が高く、探索魔法を使える私が適任ということで、単身で任務を遂行することとなった。『ミスレティア』に存在する生物はほんの一部(魔大陸という魔境があるらしい)を除き、圧倒的に私よりも戦闘能力が劣っている上、私は『メデイア』という強力な魔装具も所持している。問題となるのは我が国より『神を騙る繁栄』を奪った人物だけであると考え、それも所詮は『ミスレティア』にて隠れ住んでいる程度の存在。危険はないという判断となった。そして数ヶ月もの探索の末、ついに目標を発見し、我が国より奪われし『神を騙る繁栄』を所持していた少女を制圧しようとしたところまでは覚えているのだが……。まさか、負けたのか?魔導帝国イクトゥス魔法少女部隊副隊長の、この私が……?
――ガチャ――
そこまで思考を巡らせたとき、不意に扉の開く音が聞こえた。
私は思考を中断し、即座にベッドから飛び降り、身構える。そして扉を開けた何者かが視界に入る前に、魔装具を起動する……。が、あるべき物が、あるべき場所になかった。あれ?……私の『メデイア』は?
「おやぁ、起きたみたいだね。気分はどうかな?」
部屋の中へと入ってきた幼い少女が、のんきな声で私に話しかけてくる。
「最悪ね。私の腕輪をどこへやったの?」
本当は気持ちよく眠れて気分爽快ともいえる状態だけれど、まさか馬鹿正直にそんなことを言えるはずもなし。そもそも、ここは敵地だ。気分が爽快だったとしても、感情的には最悪だと言わざるを得ない。
「あぁ、これのこと?」
「っ!返しなさい!」
少女が私の『メデイア』をポケットから取り出した瞬間、言葉が口をついて出た。
冷静に考えれば、私の手元に『メデイア』が戻ってくるなんてことはありえないとわかるのに、考えるよりも先に声を上げていた。
相手は我が国から『神を騙る繁栄』を奪っていった大罪人だ。そう、神を騙る繁栄を『奪っていった大罪人』なのである。私の所持していた『神を騙る繁栄』は、今彼女の手中にある。であれば、それを手放す道理はない。だというのに……。
「ん?言われなくても返すよ。きぃちゃんが詳しく調べたいって言うから勝手に借りてただけだしね」
少女はあっさりと『メデイア』を私に向かって放り投げた。
私は慌ててそれを受け止め、予想外の出来事に呆然としてしまう。一瞬、偽物とすり替えられたのかとも思ったけれど、『メデイア』は長年扱ってきた私用の魔装具だ。間違えるはずがない。これは間違いなく、本物だ。
まさか、二度と手にすることはできないと思っていた『メデイア』が、こんなにもあっさりと私の手に戻ってくるとは思わず、頭が混乱してしまう。
「ああ、そうそう。それを使って逃げようとか、戦おうとか、考えないほうがいいよ」
その言葉で我に返り、この状況をなんとかしようと『メデイア』を起動させようとしたところで、少女が警告を発する。
「状況が理解できてるかな?アナタが私を襲い、私が返り討ちにした。オーケー?つまり、アナタの生殺与奪は私がにぎっているというわけだ。それでも抵抗するというのなら、それ相応の覚悟をしてからにしてね」
その言葉とともに、少女から濃密な、そして膨大な魔力が吹き荒れる。
あぁ……これは無理だ。こんなの、どうすることもできないじゃない。これと敵対するなんて、馬鹿のすることよ。つまり、我が祖国は馬鹿決定。いや、何を考えているのだろうか私は。あまりの恐怖に思考が支離滅裂になっている気がする。
しかし……これはどうしたものだろうか。正直言って、足が震えて立っているのがやっとだ。……いえ、本当のところ、足どころか全身が震えてしょうがない。地面にへたり込みたい気持ちでいっぱいだけれども、身体が硬直してそれを許してはくれない。立っているのがやっとだと言いつつも、硬直していてへたり込むことすらできないだなんて、矛盾しているとしか言えないのかもしれないけれど、事実そうなのだからしょうがない。気絶していなのが不思議なくらいだ。ううん、多分これは、気絶しないように手加減されているんだと思う。だって、耐えきれずに意識が遠くなりかけた瞬間、魔力の圧が弱くなるのを感じたもの。つまり、彼女はまだ本気を出していないということ。私も、国ではトップクラスの戦闘能力があると自負してはいるけれど、流石にこれは無理。何をどうやったって勝てるとは思えない。更に言えば、逃げ切ることすらできる気がしない。ああ、私は生きて国へ帰れるのかしら……。
「別にアナタを殺そうだとか、そういう気はないから安心していいよ。ただ、私は話を聞きたいだけ。聞かせてくれるよね?アステティア・ユーストライアさん?」
教えていないはずの私の名前を呼ばれ、一瞬息が詰まる。だが、名前を知る手段など難易度は高くとも幾つでも考えられるし、この少女にその程度のことができないはずもない。心を落ち着け、少女へと向き直る。
話を聞きたいだけで殺すつもりはないと少女は言うが、相手は私を殺すことなど手間にもならないほどの強者だ。会話如何によっては、私の命はないかもしれない。