1-11.初めての殲滅
大事な人を殺され、きぃちゃんと二人で反省をし、私たちが覚悟を決めたその夜、私は久しぶりに魔法少女ナハブへと変身していた。
目指すはゲイルナード伯爵の屋敷。
目的地へと到着するなり、きぃちゃんと相談を始める。
「さてと、まずは結界かな?」
『そうですね。逃げられたりしてもつまらないですし』
「だよね、さくっと閉じ込めちゃおうか」
とりあえずやることが決まり、結界魔法を使用しようとしたところ門衛から誰何される。
「貴様、何者だ。ここへ何の用でやってきた」
あー、門の外にいられると結界の外側になっちゃうなぁ。
とりあえず中に入ってもらうか。
私は一瞬で門衛に近寄ると、ゲイルナード伯爵家の敷地内へと殴り飛ばした。
門衛がもう一人いたので同じことをもう一回。
これで準備おっけー。
ゲイルナード伯爵家の敷地をまるっと遮断結界と隠蔽結界で囲み、敷地内を他の空間から切り離した。
「それじゃあ、大掃除を始めようか、きぃちゃん」
『ゴミ一つ残さないよう徹底的にやりましょう』
最初の目標はあれかな?さっき殴り飛ばして、未だうずくまっている奴ら。
「ぐっ、貴様、何者だ」
「そうだね……望み通りサクライが来てやった、とでも言っておこうか」
「何だと、貴様」
「まあ、全てが終わるまで苦痛を味わっているといいよ」
「なん―――ぐっ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁ」
門衛が何か喋ろうとしたけど、気にせず右腕を切り落とす。
次いで左腕、右足、左足を順に切り落としていく。
「ああああああああああああああああああっああああああああああああっあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
四肢を切り落とされた門衛の叫び声が敷地内に響く。
痛みや失血で死んでしまわないよう、回復魔法で傷を塞いであげるなんていうアフターサポートも完璧だ。
なんでそのまま殺さないのかって?そんな簡単に殺してしまったんじゃ私たちは納得が出来ないから。
苦しんで、苦しんで、苦しんで、絶望してからこの世界から退場願いたい。ただそれだけの話。
「ひぃっ、た、助けてくれっ」
もう一人の門衛が立ち上がることも出来ず、恐怖に怯えた顔で命乞いをしてくる。
てかさ、門を預かっている兵にしては精神弱すぎない?
門を守る兵士ならもっと毅然とした態度をとってほしいものだよね。
まあ、恐怖に我を忘れてくれたほうがこちらとしても都合はいいんだけどね。
「ひっ、お、おねが、た、たすけ――――ぐああああぁぁぁぁぁああああああああああぁ」
そしてもう一人の門衛もさくっと四肢を切り落とす。
命乞いを聞いているほど私もヒマじゃないのよ。
二人の叫び声のおかげでどんどん衛兵が庭に集まってくる。
丁度いいや。わざわざ探しに行く手間が省けた。
そこからは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
そもそも変身前の私にすら勝てないような奴らが、変身した私をどうにか出来るわけがない。
悠々と、着実に衛兵たちの体の自由を奪っていき、そしてまだ1人の死者も出していない。
歴然とした力の差に逃げ出そうとする者もいたが、遮断結界に阻まれ逃げ出すことも叶わない。
外へ助けを乞う者もいたが、遮断結界に阻まれ外に声は届かない。
そもそも、敷地内で起こっている異常な事態すら、隠蔽結界の効果で外には伝わらない。
既にこの敷地内は外とは隔絶された世界。
逃げることも、助けを呼ぶことも叶わず、ただひたすらに絶望を受け入れるしかない。
だって、私の大事な人を奪ったのだから、せめてこのくらいの罰は受けてもらわないと溜飲が下がらないじゃない?
まぁ、その際にただ一つ不安に思っていたことはあったんだけど、杞憂に終わった。
こういった異世界物でお約束な殺人への忌避感があるんじゃないのかということだ。
私、平和な国の日本生まれだし。
しかし、いざ蓋を開けてみれば人を殺すということはなんてことはなかった。
それはきっと、人を殺してやりたいと思うほどに憎んだことのある日本での生活が、私の大事な人たちを殺され、その殺した相手を殺してやりたいと憎む現実が、私に殺人をなんでもないものへとしているのだろう。
だってあんな奴ら、私にとってはどうでもいい存在だし。
そう、私はそんなくだらないことを不安に思う必要はなかったのだ。
そもそも、殺人に忌避感があったとして、そこで殺さないという選択肢は私にはなかったのだから。
殺さなかったために、大事な誰かを失うなんて愚かなことを繰り返すつもりはないのだから。
本当に馬鹿なことを考えていたものだ。
私がそう自嘲しつつ衛兵の相手をしていたら、いつの間にか立っているものはいなくなっていた。
「さて、じゃあ次はお偉い貴族様の番だね」
『そうですね。とても偉いようですので、特別扱いしてあげなくてはなりませんね』
「あー、そうだね。どうしてくれようか」
庭には既に叫び声を上げるだけの体力もないのか、うめき声だけが広がっている。
未だ死人はいないが、死屍累々とも言えるべき惨状が目の前にあった。
そんな光景を一瞥し、次の目標を求めて屋敷の中へ入っていく。
「とりあえず、ガズラ様とやらは死ぬほど後悔させなくちゃ気がすまない」
『死ぬほどとは言っても、実際死ぬんですけどね』
「まあ、それは最終的にはね」
雑談をしながら屋敷内を徘徊していると、使用人らしき者たちが悲鳴を上げたり、怒声を上げたり、逃げ惑ったり、襲いかかってきたりする。
まあ襲いかかってきたのは普通に動けなくしてやったけどね。
君たちには別に恨みはないが、こんな家に仕えているんだ、連帯責任だよ。
「やあやあ、やっと見つけたよ」
ガズラ様とかいう豚と、もっと年配の豚を発見した。
これが親か?
やっぱり豚の親は豚なんだね。
そんな風に頭の中で考えていたら親豚が口を開いた。
「何者だ貴様!こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「思ってるに決まってんじゃん。ただですまないのはお前たちの方だよ」
答えると同時に親豚の腕を一本切り落とす。
そして聞こえる絶叫。
子豚も隣で青くなってる。いい気味だ。
「な、何が目的だ。金か?金ならいくらでもやる。だ、だから命だけは助けてくれ!」
心折れるの早っ。まあ、ろくでなし貴族としてぬくぬく今まで生きていたんだろうからこんなものか。
「目的、ねぇ?そこの子豚ちゃんが私の大っ事な人の命を奪ってくれちゃったんだけどさぁ、そんな奴って生きていたって世の中の害悪じゃない?ゴミにも劣る存在だと思わない?ちゃんと掃除しておかないと駄目よね?」
子豚に向かってセリフを吐くと、顔面蒼白になり震えだす。
口もうまく動かせないようだ。
「そ、そ、そんなの、し、知らない。僕は、こ、殺せなんて、い、いって、ない」
「へぇー、そんなこと言っちゃうんだ。そもそも私、誰のこととは言ってないのに。心当たりあるのかなぁ?まあ、仮にそれが本当だったとしてもあなたの監督責任よね。ところで、そんなことまでして探していたサクライがわざわざ来てあげたんだけど。どう?嬉しい?」
私はそう言い、変身を解除した。
「なっ!!!お前は、あの時の」
「そう、あなたが探していたサクライよ。わざわざ不要なゴミを排除しにここまで来てあげたの。感謝してくれるかしら?」
そして私はまた変身し、親豚の残りの四肢を一気に切り落とす。
当然、気絶なんてされたら面白くないので回復魔法も一緒だ。
相変わらず叫んではいるが、回復が早かったせいか少し余裕がありそうだ。
しかし、自分の手足がないという事実は思いの外苦痛だったらしく、発狂しかけている。
痛みで叫んでいればそんなこと考える暇もなかっただろうにね。
子豚ちゃんの方を見てみれば股間が濡れ、足元に水たまりができていた。
あらあら?失禁しちゃったのかしら?
「た、頼む、た、助けて、僕が悪かった、あ、謝るから」
足が震えて立っていられないのか、水たまりへと座り込む。
「あなたに謝られたからといって、あの二人が帰ってくるというわけではないのにね」
そして私は子豚の四肢を一気に切り落とした。
「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ、いだ、いぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ」
子豚は無様に転げまわる。
私はしばらくそれを冷ややかな目で眺めていた。
さて、そろそろ前座は終了しようか。
親豚と子豚の手足をくっつけ回復させる。
「さあ、これからが本番だ。君たちの手足を戻してあげたよ」
「ああああああああああ、僕の手が、僕の足が」
豚親子は自分の手足が戻ったことに歓喜の声を上げる。
これからまた絶望が振りかかることも知らずに。
「君たち二人だけ特別だ。逃げることの出来ない恐怖から必死に逃げてみればいい。抗えぬ恐怖から、狂えぬ恐怖から、そして永遠に醒めない恐怖から、必死になってあがくといい」
私はそう言い残して屋敷の外へ出る。
外には未だにうめく人、人、人。
それを無視し、庭の中心部、その100m程上空に私は留まる。
「さあきぃちゃん、最後の仕上げだ」
『ええ、綺麗サッパリ片付けてしまいましょう』
「オーダー:虚空の門」
私はそう宣言し、きぃちゃんへと魔力を流す。
魔力を流されたきぃちゃんは、私の手を離れ、まばゆく輝き、宙空に魔法陣を描き始める。
それを確認した私は、ゆっくりと詠唱を開始する。
「外なる虚空の闇に在りしものよ、今ひとたび我が目前へと現れいでよ。時空の彼方に留まりしものよ、我が望みを叶えよ――――――」
詠唱が進む度に描かれる魔法陣は増えていく。それは遮断結界の表面を覆うかのように。
魔法陣は詠唱が進むほど加速度的に増え、遮断結界はみるみるうちに覆われていく。
多少の時間を経、儀式は佳境へと入り、そして、詠唱は完了する。
「――――――顕現せよ、虚空の門」
その瞬間、最後の魔法陣が描かれ、遮断結界を埋め尽くす。
そして無数の魔法陣が一斉に発光し、その表と裏とで空間を完全に切り離す。
空間の切断が完了すると、私の目の前の空間が歪み、そこに巨大な門が現れた。
それは高さ20mほどの荘厳な、とても重厚感のある門だった。
地面に這いつくばっている者たちもうめくことを忘れ、何が起こったのかもわからず呆然としている。
豚親子も何か良くないことが起こるのであろうことを察し、必死に逃げようとしているが、既に空間は切り離され逃げることも叶わない。
さあ、君たちの愚かしい人生もそろそろ終幕だ。
私はきぃちゃんを手に取り、現れた門の中心へと杖の石突きの部分を突き刺す。
「開け門、この閉ざされた世界を無に還せ」
門がゆっくりと開き、中から虚無が溢れだしてくる。
虚無は時間をかけて空間を次々と侵食し、次第に何もかもを飲み込んでいく。
そう、それは草木であっても、建物であっても、人であっても。
虚無が広がるにつれ、人の心は恐怖が支配し、ついには半狂乱になって叫びだす。
豚親子も恐怖に心を支配され、ひたすらにわめき、逃げ場を探し走り回る。
走り回ったって逃げ場なんてないのにね。
徐々に広がっていく虚無は、人間を一人飲み込み、更に一人飲み込み、そして最後の一人も飲み込み、ついには空間は虚無にうめつくされた。
そこに残るは巨大な門と仮面の少女のみ。
全てが終わったことを感じ取った少女は、門を閉じ、空間いっぱいに広がった虚無共々、遥か虚空の闇へと送還する。
「ディグさん、マルテノさん、ごめんね。私、こんなことしか出来なかったよ」
最後に結界が解除され、少女はその場から消えていた。
そしてそこにはまっさらになった土地以外の何ものも残ってはいなかった。