1-10.本気の後悔
朝、ギルドへ寄り、外へ出ようと街門へと向かっている途中で呼び止められる。
「待て!お前がサクライか?」
なんか鎧をつけた人たちがぞろぞろと立ち塞がる。
どこかで見た鎧だよなぁ。昨日あたりに。
てかサクライかと聞かれている時点でどう考えても昨日の豚貴族絡みですよねー。
でも、私サクライなんて名前じゃないし、人違いです。
「違いますよ」
「そ、そうか……」
私があまりにも平然と答えるので、相手は答えに詰まったようだ。
今のうちにさっさと行ってしまおう。……と思ったんだけど。
「嘘をつくな!!貴様!!」
すっごい聞き覚えのある怒鳴り声。
声のした方へ顔を向けてみると、昨日もいたやかましいヤツ。
うわぁ、朝からテンションだだ下がりだよ……。
「なんなんですか?私、あなたと違ってヒマじゃないんですけど」
「貴様!我等を愚弄するか!」
「用がないなら行きますね」
この場から立ち去ろうとするが、行く先を塞がれる。
今度は最初に話しかけてきた男が口を開く。
「ガズラ様からサクライという少女を連れてくるよう言付かっている。悪いが我々と一緒に来てもらおう」
「だから私はサクライなんて名前じゃないと言っているでしょう。お断りします」
「たとえ君がサクライという名前でないとしても、ガズラ様の下へ連れていかなければならないということには変わりはない。そもそもゲイルナード伯爵家のガズラ様からの命令だ、君に拒否権はない」
「知りませんよそんなこと。いいから早くどいてくれませんか」
「残念だよ。ガズラ様は力尽くでも連れて来いと仰せだ。少し痛い目を見るかもしれんが我慢してくれよ」
「どうぞ、出来るものならやってみればいいですよ。痛い思いしても恨まないでくださいね?」
確認したところ一番レベルが高い人で21だった。平均すると17くらいかな?
その程度で私に挑むとかちょっと舐めすぎですよね。
子供ということで侮っているんでしょうか?冒険者の方たちのほうがよほど賢いですよ。
男たちは私のことを舐めきっているのか、抜剣もせず素手で私に襲い掛かってくる。
もうなんか面倒だから魔法で空気の塊を人数分作り出し、勢い良く腹を目掛けてぶつけてやった。
貫通とかはしてないよ?ちゃんとその辺調整しておいたからね。
全員命中。吹き飛ばされ、鎧が砕け、そして倒れる。
意識のあるものはいないだろう。
私は悠々と歩き出す。
「貴、様、こんなことを、して、ただで済むと、思うなよ」
あれ?1人意識あったみたい。気絶寸前っぽいけど。
調整に失敗したかな?
まあいいか。どうせ動けないだろうし。
私はそのまま街門へと向かって歩き出した。
「全く、面倒なのに目をつけられたよ」
『本当ですよ。無理矢理ナハブを娶ろうだなんて、万死に値します』
ケルセトの街から程よく離れた場所、いつも通り魔力操作の練習をしながらも魔物を倒していく。
「権力者ってやつはなんでもかんでも自分の思い通りになるとでも思っているのかね?」
『全てがとは言いませんが、そういった傾向が強いのは否めませんね』
「しかも豚だよ豚。ついこの間まで自分のことブサイクだと思っていた私がいうことじゃないかもしれないけどさ、よく嫁に来いとか言えるよね。私だったら恥ずかしくて絶対に言えない」
『ナハブの場合は間違った自覚ではありましたが、ちゃんと自分の容姿を自覚して大人しくしていたじゃないですか』
「うん、だからこそ信じらんない。私みたいに出しゃばらず慎ましく生きていくべきなんじゃないの?」
『あなたが慎ましいかどうかは別として、まだ自分の容姿に自信がないのですか?何度も言いますが私のナハブはとても可愛いのです。もっと自信を持ってください』
「うーん、きぃちゃんがいうんだから信じてはいるんだけどね?なんかものすごい身内びいきのような気がするんだよね……。それに、長年かけて培ってきた意識はなかなか変わってはくれないんだよ。まあ、自分の容姿に自身があろうとなかろうと、結局私は私なんだからそれでいいじゃん?」
『身内贔屓なんかではありません。客観的に見てもナハブは最高に可愛いです。まあ、確かにナハブがいきなり、私可愛い、とか言いながら生活し始めたら違和感がありますが』
「いや、さすがにそこまで図々しくはなれないよ。どれだけ自意識過剰なんだよそれ……」
相変わらずの無駄話をきぃちゃんと交わしながらも、着々と魔物を倒していく。
面倒事に巻き込まれた憂さを晴らすかのように、それは夕方近くまで続けられるのであった。
ケルセトの街門へと近づくと、オディスさんが迎えてくれた。
「ユノ、今帰りか?」
あれ?なんか様子おかしい?
何か言い淀んでいるような雰囲気があるし、どことなく表情も暗く感じる。
「うん、そうだけど。なにかあったの?」
そう言葉を返すと、オディスさんは体を硬直させる。
そして意を決したように口を開いた。
「確かユノはレゲナ夫妻と仲良かったよな?」
「ディグさんとマルテノさん?うん、昨日ご飯一緒に食べたよ」
オディスさんは一瞬息を呑むが、そのまま言葉を続けた。
「その二人がな……亡くなった」
「え?」
私は言葉の意味を正しく咀嚼できず、呆然と立ち尽くす。
え?亡くなったって何?昨日ずっと一緒にいたじゃん?
どういうこと?だって昨日一緒にご飯食べたんだよ?
すっごくいい人で、すっごく優しくて、……亡くなったって何で?
「何者かに殺されたらしい。遺体は教会へ安置されているようだが―――」
私は言葉を最後まで聞かず走りだす。
一刻も早く教会へ行かなくちゃ。
「あっ、おいっ、ユノっ!」
後ろでオディスさんが呼び止めるが、止まれるわけなんてない。
私は全速力で教会へと向かった。
教会へと到着し二人のことを聞くと、遺体の安置室のようなところへ通された。
部屋へ入ると、白い清潔そうな布の上に置かれているだけの二人の体。
それはよく見知った顔で、昨日も一緒にいた人たちの顔。
その顔を見た瞬間、私は弾かれたように走りだした。
「ディグさん!マルテノさん!」
名前を叫び、二人の元へ走り寄る。
「なんで。どうして」
私はそれしか言葉が出なかった。
いつの間にか涙が頬を伝い、そして前が見えなくなるほど溢れだす。
そして二人の体が全く動いていないという事実に気付く。
息をしていない。
ここでようやく二人が亡くなったという言葉の意味を理解し、そして絶望した。
もう、声を聞くこともできない。抱きしめてもらうこともできない。馬鹿な話をしながら笑い合うこともできない。一緒に食事をすることもできない。二人と楽しい思い出を作っていくこともできないんだ。
どれだけの時間そこに居ただろう。
正直言えばまだ泣き足りない。
普通ならとっくに泣き疲れているんだろうけど、きぃちゃんがどんどん体力を回復しちゃうから一向に疲れることがなかった。
こういう時は不便だね。どれだけ泣いても悲しみが治まることがない。
いっそ疲れて眠ってしまえれば楽だったのに。
でも、私はずっとここにいるわけにはいかない。
本当は二人と離れたくなんてない。
だって二人は私が心を許せると思った数少ない人たちだったから。
生まれてからこれまでで一番大好きだった人たちだから。
だから私は知らなくてはならない。あの人たちを、大好きな二人を殺したという相手を。
宿へと戻ってきたのは辺りがすっかり暗くなってからだった。
自分の部屋へと入り、明かりもつけず床に座り込みうずくまる。
少しの間、部屋という狭い空間を沈黙が支配する。
「ねぇ、きぃちゃん」
『はい、ナハブ』
「誰かを探していたんだって」
『痛めつけながらしきりに問いかけていたようですね』
「ねぇ、きぃちゃん」
『はい、ナハブ』
「そいつらさ、とある貴族の私兵だったらしいよ」
『身に着けていた鎧が貴族の私兵のものと一致したようですね』
「ねぇ、きぃちゃん」
『はい、ナハブ』
「あの二人がさ、全然口を割らないから見せしめに殺したらしいよ」
『貴族を侮辱したなどというふざけた罪状ですね』
「私の人生でさ、こんなに大切だと思える人ができるなんて思ってなかった。……それなのにさ、私と関わった結果殺されるなんてあんまりだよ」
私はこらえきれず涙を零す。
教会で散々涙を流したのに、全くもって枯れる様子はなかった。
「私の大好きな人が、私のせいで殺されるなんて我慢できないよ」
『あなたが悪いわけではありません。愚かにもあなたを害しようとする存在が全て悪いのです』
「あの二人さ、どんなに酷いことされても私のこと喋らなかったんだって」
『それだけあなたのことが大切だったんですよ』
「でもさ、二人が死んじゃうくらいなら、私のことなんて喋っちゃってよかったのに。二人が生きていてくれるなら、私のことなんてどうとでもできたのに」
『そんなことを言ってはいけません。あの方達があなたのことを本当に大事に思っていてくれたからこそ、あなたを不幸な目に合わせたくなかったのでしょうから』
「ねえ、きぃちゃん。私、悔しい」
『私もです』
しばらくの間、狭い部屋に小さな嗚咽が響いていた。
「ねぇ、きぃちゃん」
『はい、ナハブ』
「私さ、この星に来て、ちょっと調子に乗ってたよ」
『私も浮かれていたと言う事実は否めません』
「この星ってさ、日本にいた時よりも遥かに死が身近にあるところなんだよね。危機感が足りなかった」
『私もです。日本に慣れすぎていたのか、こういった結果になりうる可能性を失念していました』
「私さ、後悔してるんだ」
『私も後悔しています』
「『今朝やってきたゴミ共を始末しておかなかったことを』」
「だよね」
『ですね』
「ここは日本じゃないんだし、日本の道徳に縛られる必要はないよね」
『モラルの無い相手にモラルを持って接するなんて馬鹿のすることです』
「うん、私馬鹿だったよ」
『私も馬鹿でした』
「私、決めたよ。この星では私、わがままに生きる」
『それは素敵ですね』
「好き勝手に生きる。誰にも邪魔はさせない」
『邪魔をするものは排除しましょう。私達にはその力があるのですから』
「うん、甘い顔して、見逃したりするからこんなことになるんだよね」
『不要なものなど掃除してしまえば良いのです』
そう、私は覚悟を決めた。
この世界で生きていく覚悟を。
自分を貫く覚悟を。
不要なものを排除する覚悟を
「早速だけどさ、くだらない因縁で人を殺すような貴族なんていなくなっても誰も困らないよね?」
『むしろ存在自体が害悪なのですから、いた方が困るでしょう。本当に人間という存在はどこへいっても度し難く愚かなものですね』
「私も同感。それじゃあそろそろゴミ掃除に出かけようか。早く片付けちゃわないとね」
『そうですね。私も早く処分しなくては我慢できそうにありません』
そして翌日、ケルセトの街は慌ただしい喧騒に包まれていた。
街中でとある話が持ち切りとなっていたのだ。
ある人は何がどうなっているのかわからないと言う。
ある人は神の怒りに触れたと言う。
ある人は溜まりに溜まった怨念の仕業だと言う。
ある人は神隠しだと言う。
ケルセトの街に何が起きたのか。
それは一夜の内にゲイルナード伯爵家が屋敷ごとその存在を消していたということ。
ゲイルナード伯爵家の敷地は何の跡形も無いまっさらな土地となっていたのだ。