哀訴嘆願
俺は《神様》など、信じてはいない。
神様なんて、いるもんか。
“アノ事件”が起きてから、俺の人生は滅茶苦茶になった。
ああ、神様。
あなたが神様ならば、真実に神がこの世に存在するならば……
是非、直接あなたにお伺いしたい。
何故、俺を残酷な世界へと導かせたのか──
何故、俺から幸せを奪ったのか……?
世の中には《善と悪》、《白と黒》、《神様と悪魔》が存在する。
確かに、様々な奇妙で可笑しな事件が、毎日起きている。
ニュースをやっていない日なんて無いんじゃないかと思う程に、毎日毎日事件は起きている。
殺人、誘拐、未遂事件にイジメや虐待など……
見るだけで、実にうんざりする嫌な、聞きたくも無い事件ばかりだ。
しかし、俺は父を殺した犯人に復讐してやりたいと思っている。
父の敵だ。
父が殺されたばかりに、俺は母をも失う羽目になった。
母の遺書は、こんな内容だった。
*******
稔夜へ
あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はもうこの世には居ないと思います。
2年ぐらい前に、あの事件が起きてから……
以前のような会話や、生活が出来なくなってしまいましたね。
稔夜だって悔しくて、寂しくて、悲しくて泣いているのを我慢しているというのに、お母さんだけ毎日泣いて、悲しみに暮れて……
でも、稔夜はお母さんに何一つ文句も言わずに、お母さんの傍に居てくれた。
凄く嬉しかったし、その時だけ稔夜がお父さんに見えた。
勿論、お母さんはあなたを愛しているわ。
頭も良くて、なんでも言うことを聞いてくれる、聞き分けの良い子。
何処に連れて行っても恥ずかしく無い、自慢の息子。
でもね、やっぱりお母さんはお父さんの所に行きたい。
本当に本当に、ごめんなさい。
あなたを裏切ってしまう、お母さんを許してください。
本当にごめんなさい。
私は、お父さんを一番…愛しています。
お父さんの居ない生活なんて、私には耐えられない。
稔夜のことも愛しているし、こんな形でお別れなんてしたくないけど……どうか、お母さんを許してください。
本当に、本当にごめんね。
お母さんはお父さんと一緒に、天国で稔夜のことを何時までも見守っています。
くれぐれも体には、気を付けて。
最後に。
お母さんのところに産まれて来てくれて…本当に、本当に、ありがとう。
稔夜、あなたを愛しています。
お母さんより
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他には、探偵事務所のことやこれからの生活のこと……
俺はこの遺書を読んだ瞬間、“人間が嫌い”になった。
ああ、やっぱり。
裏切る奴は、裏切るのだと。
俺の精神状態は、可笑しくなった。
もう、どうでもいい。
好きにしろ。
もう、俺は人を……“人間”を信じないと──
そこから、俺の人生はガラリと変わった。
もう、良い子ちゃんは卒業だ──
そして、今に至るという訳。
しかし、あの頃の俺は毎日のように神に祈りを捧げていた。
「どうか、母さんと父さんと返してください…」
今思えば、俺は凄く馬鹿馬鹿しいことをしていたなぁと、つくづく思う。
だって、返って来る筈の無い人間を生き返らせるなんて……無理に決まってるじゃない。
でも、あの頃の俺はとにかく必死だった。
俺の命はあなたに捧げますから、俺のことはどうなっても良いですから……どうか、どうか……
お父さんとお母さんを“カエシテクダサイ”──
あの頃の、幸せな日々に“モドシテクダサイ”──
思い出すだけで、胸がズキズキする。
あの頃の鼓動、あの頃の感情や状況が蘇って来る──
夢にだって、出てくる。
毎日のように神様に祈りを捧げていたが、
神様なんて、この世には存在して居ないのでは無いか。
神様なんてものは、ただの空想にしか過ぎないのでは無いか。
何故、俺の周りの奴らが幸せなんだ。
俺が一体、何をしたというのだ。
あれからだね、俺が神を信じなくなったのは。
この世に、神など居ない。
神様など、居るものか。
神様が、本当に存在するならば……
お目にかかってみたいねぇ。




