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突き出し

 俺こと牧島恭輔は家の居酒屋を継ぐために修行に出て、とある地方都市の繁華街の片隅にあった立ち飲み屋にふらっと入った。

「いらっしゃい」

 まだ早い時間だったためにカウンターには俺以外の姿は無かった。

「飲み物はどうするかい?」

 スキンヘッドにヒゲという明らかにスーツを着てたら職質を受けそうな大将に「生中」と告げると「ビールと発泡酒どっちにする?」と言われ「ビールで」と返した。

 大将は「あいよ」と短く答えると冷えたジョッキに手馴れた様子でサーバーからビールを注いだ。

「兄ちゃん、旅人かい?」

「まぁそんな所です」

「うちは誰かに聞いたのかい?」

「ふらっと歩いてたら看板に惹かれたんで」

「そうかい、ありがとよ」

 大将は俺の前にジョッキを置きながら満面の笑顔を浮かべた。

「すみません、だし巻きとポテトサラダを」

「あいよ、だし巻きとポテサラ」

「はーい」

 俺の注文を大将が復唱すると調理場の奥からまだ若い女の子の返事が聞こえた。

「ごめーん、ポテサラ取り分けてもらえるー?」

「おう」

 調理場の奥に大将が引っ込むと店には俺だけが取り残された。

「ふー、どうするかなこれから」

「兄ちゃん、お待たせ」

「どうも」

 大将が差し出した小鉢にはこんもりとポテサラの山が築かれていた。

「浮かない顔だな、何かあったのかい?」

「いえ、今仕事を探してましてね」

「年頃からして就職浪人ってとこか?」

「違います、家を継ぐ為に修行に出てるんです」

「ほう、若いのに立派だな」

 大将はポケットからタバコを出すと火をつけた。

「大将は料理人なのにタバコ吸われるんですね」

「俺が料理人?はっはっはっは」

 俺の言葉がツボに入ったらしく大将は大笑いをした。

「何かおかしかったですかね、俺」

「悪い悪い、兄ちゃんが面白い事言うからさ。俺は料理は作らない、酒作りと経理や仕入れ担当さ」

「そうなんですか、じゃあ料理は?」

 俺が大将に質問すると同時に調理場の奥から「私だよ」と一人の少女が出てきた。

「はい、だし巻きお待たせしました」

「あ、ありがとう」

「法子言ってもらえれば出したのによ」

「お父さん、お客さんと話が盛り上がってたみたいだから」

「お父さんって、大将の娘さんですか?」

「おうよ兄ちゃん、うちの看板娘兼板長だ」

「こんばんわ、娘の法子です」

「あ、どうも」

「可愛いだろ、俺に似なくて」

「大将、そこは俺に似ててと言うのがお約束なんじゃ?」

「娘はカミさん似だからな、はっはっはっは」

 大将は「自分の容姿くらい自覚してるぞ」と言いつつ娘さんの頭を撫でた。

「今日のだし巻きは良い出来ですから温かいうちにどうぞ」

 娘さんに促され俺はだし巻きを口に運んだ。

「う、うまい。出汁の塩梅も焼き加減も絶妙だ」

「本当ですか?」

「ああ、本当に。出汁もしっかりと取ってあるし卵も普通のじゃないね」

「兄ちゃんも料理人か?」

「一応と言っておきます、駆け出しなんで」

「さっきの質問がようやくしっくり来た」

 大将はニヤリと笑いタバコの火を消した。

「料理人でタバコを吸うのはあまり歓迎されないからな」

「でも良く気づきましたね、さっきの質問とだし巻きの味だけで」

「あと兄ちゃんのだし巻きの食べ方も見させてもらったからかな」

「食べ方ですか?」

 大将は頷くと「料理人はまず素材の味などを知る為に余計な味を足さないって言うからな」と言った。

「ご明察です、大将」

「お兄さん、料理人なんですね、凄いです」

「まだまだひよっこだよ、俺は」

「じゃあ兄ちゃん、さっきの修行ってのも料理の事で修行する店を探してるってとこか」

「はい、今日ついたばかりでどうするか考えている所ですが」

「家は何をされているんですか?」

「居酒屋だよ」

「へぇ居酒屋ね、どこでやってんだ?」

「九州の大分の方で」

「そりゃ遠い所まで、包丁一本で腕試しってか」

 がははと豪快に笑いながら大将が言った。

「そんな立派なものじゃないです」

「謙遜すんなよ、今のご時勢じゃ立派なもんさ」

「祖父ちゃんが始めた店なんで、潰したく無いってだけですよ」

 俺は照れ隠しでジョッキをぐいっとあおった。

「お兄さんは修行が終わったら3代目を継ぐって事ですか?」

「そうなるかな、でも修行先が見つからない状態だからね」

 俺は頭をかきながら呟くと大将がニヤリと笑みを浮かべ「なら料理の腕見せてもらえるかい?」と言った。

「私もお兄さんの料理見てみたいな」

「腕が良ければ、この界隈の店を紹介しても良いんだが」

「本当ですか?」

「ああ、男に二言はねぇ」

 大将の不敵な笑みに俺は「分かりました」と小さく頷いた。俺の中では静かに料理人としての闘志が揺らめき始めていた。








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