第六話
「おいしぃー!」
「良かったですね、レグルスくん」
「……レーくん食べ過ぎには注意なの」
「レグルス静かにしなさい」
「ふふ。シャウラちゃん? せっかくこんな場所なんですから、楽しみましょ」
「……周りもうるさいし、大丈夫なの」
混みあった店内では六人全員で同じ席につくことは出来なかった。そのため、二人はレグルスとその姉――シャウラを両親に任され、四人仲良く食べていた。
つい先日まで全くの赤の他人だった二人へ、自分の子供を預けるという行為はいささか心配に思えるが、レグルスもイザベラたちに懐いていることだしと、レグルスの両親は若者――幼児含める――四人で仲良く食べてもらおうと計らったのだ。
シャウラは姉として弟であるレグルスを守り、礼儀正しい行動を躾けようと、大人びた行動をする非常に可愛らしい女の子だ。
「シャウラちゃんはほんと弟思いなのね」
「当然です。私が弟を面倒見なくて、誰が見るんですか」
シャウラは当然です、と若干にやけ顔で鼻を膨らます。
シャウラは弟がいることで、幼いながらも急速に大人の階段を登ろうとしている雰囲気が感じ取れる。それは立派なことではあるが、子供はもっと親に甘え、頼るべきだ。
そして親としても、手のかからない子は楽だが、我が子にはもっと自分たち――親を頼ってほしいという思いもある。我が子の成長を嬉しく思うと同時に、複雑な感情も親は抱いているのだ。
シャウラはまさに親から見て、そんな状況にある子どもと言えるだろう。イザベラとヒルダはレグルスたちの両親が座るテーブルをちらりと窺う。
母親であるアトリアは四人を微笑ましそうに眺め、アンタレスも楽しそう笑顔を浮かべている。しかし子との距離があるためか、アンタレスの視線からは僅かながら警戒の雰囲気が感じ取られる。そして、この店内の数ヶ所からも警戒の視線を感じる。
アンタレスの視線は二人へ対する警戒をごまかそうとしていないが、周囲からの視線は明らかに隠そうとしている感がある。アンタレスの視線で周囲の視線をごまかそうとしていた。
彼らはイザベラたちの実力に、ある程度は気付いているのかもしれない。そのため、優しい人だが念のためと、彼らはこっそり警戒をしているのだ。
しかしイザベラたち二人にはごまかせていない。そして気付かれていることに、周囲の視線の元は気付いていない。
店内にまでこういう状況が起きるということは、やはりレグルスたちは相当高い身分の人物だと考えられる。
そんな警戒の視線の中に、一つだけ異質な視線が混じっていることにもイザベラたちは敏感に感じてとっていた。
その視線はねっとりと身体中にまとわりつき、全身をねぶるような悪寒を促す。
その類いの視線はヒルダにとって、多少の違和感が残るものの、非常に覚えのあるものだった。
常日頃から、ヒルダの身体には性的な視線が多く向けられている。○年も生きているため、ヒルダも流石に慣れはしていた。例え、そんな視線を送る人物がちょっかいを出してきても、警戒する必要のないほど相手と実力差があるため、ヒルダはさして気にしていない。
そもそも男は、自分の視界に女性特有の曲線が見えると、どうしても目が反応してしまう生き物なのだ。卑しい目で見られることが嫌なら、過激な服などを控えればいいだけのこと。しかしヒルダは、「男は所詮変態だ」、と思っているだけで、卑しい目で見られないようにする対策の知識を持ち合わせていなかった。
(ほんと、面倒くさいです)
「ヒルダお姉ちゃんどうしたのー?」
「あっ、ううん。なんでもないよ。心配してくれてありがとね」
(……お疲れ様、なの)
大人の事情を子供に話すわけにもいかないヒルダは、誤魔化すようにレグルスに礼を言う。
ヒルダが考え事をしている最中に、レグルスたちもご飯を食べ終わっていた。
レグルスは「この後ヒルダお姉ちゃんたちと遊びたい!」、と言ったため、それをヒルダ二人と両親たちも了承し、午後はレグルス家族たち――主にシャウラとレグルス――と遊ぶこととなる。
海に向かって走るレグルスを追うように、シャウラはお上品さを出しつつ、どこか子供らしい走りで海へ走って行く。イザベラはシャウラと並走しつつ、二人を見失わないようにしていた。ヒルダはというもの、誰から見ても若者四人の中で一番の年長に見えるため、アトリアに「子どもたちをお願いします」、と念押しされていた。
◇◇◇
一時間後。
レグルスは疲れが見え始め、動きが鈍くなってきていた。ヒルダはそれに目ざとく気付き、レグルスを背中におぶって両親が待つパラソルまで戻ろうとする。もちろんイザベラやシャウラも一緒だ。
因みにシャウラは、自分とイザベラは背がそれほど変わらないため、互いの年が近いと勘違いし、イザベラとのおしゃべりに夢中となっていた。そしてご想像の通り、イザベラは聞き役に徹していた。
そんな彼女たちに、正面から五人ほどのいかつい顔をした男たちが、道をずれる気もなく歩いてくる。
ヒルダとイザベラは男たちの動きをしっかり読み、見事な動作で男たちとぶつからないように避ける。しかしそんな動きをシャウラが出来るわけもなく、そしてイザベラもシャウラをフォローしそびれ、シャウラは男たちとぶつかってしまった。
「いたっ。ご、ごめんなさぃ…………」
シャウラは男とぶつかってしまったことで転倒してしまう。
転びながらも泣かずに立ち上がり、恐怖を押し殺して謝罪を述べようとするも、シャウラの発した言葉は恐怖から尻すぼみとなる。
この男たちが怖いのは顔つきだけで、実際には「お嬢ちゃん? 前はしっかり見て歩こうね?」などの言葉が聞けたらどれだけ良かっただろうか。だが男たちはヒルダたちがいるのを認識しつつ、ぶつかろうと歩いてきたのだ。
「おいガキィ。……いてえじゃねえか」
無常にも男たちは、まだ六歳という女の子に高圧的な態度で出てきた。
「ひゃははっ。そうだぜぇ? いて~んだぜ~? いってぇー!」
ぶつかってもいない男までシャウラを脅し始める。イザベラはその行為を見るに見かねて、シャウラと男たちとの間に入る
「……シャっちゃん大丈夫なの?」
転倒した際に出来た膝のかすり傷を、イザベラは《治療》で素早く治す。
「……ひどい男なの」
「ああ? なんだってこのクソガキ。もういっぺん言ってみろ!」
シャウラにぶつかった男は声を荒げる。どうやら今回の男はヒルダの色気に誘われてきたのではなく、溜まったストレスを怒りに変えて、暴力という行動に移そうとしている類いのようだ。その被害を受ける対象者が、たまたまシャウラたちになったというだけだった。
男は今にも幼い子供二人――正確には子供一人と大人一人――に襲いかからんとしていた。
「……何度でも言ってやるの。ひどい男って言ったの」
「――死ね。【風刃】!」
男は公衆の場でいきなり魔法を使ってきた。それも殺傷能力の高い魔法を、だ。
男が飛ばしてきた《風刃》は、三本の刃を同時に放ってくるものだった。その刃の数は一般人が扱える数を優に超えている。この男は魔法を使った喧嘩に、日々明け暮れていたのかもしれない。
突如男から放たれた魔法だが、イザベラは少しも動揺することがなかった。
「無駄なの!」
珍しくイザベラは語調を荒らげ、真剣さと怒りを露わにする。
《風刃》がイザベラたちの元へ到達する前に、イザベラは手を一振り横に払う。
すると、どういうことだろうか。《風刃》は初めから放たれていなかったかのように、掻き消えていた。
「……はっ?」
男たちは茫然自失する。そして原因を知る暇もなく、砂の中へと沈んでいった。
「うわああああ!? な、何だこりゃあ!? た、助けてくれぇ――っ!」
五人が助けを乞う悲鳴を上げながら砂の中へと沈んでいく。この現象は土属性魔法の《砂振》。砂を振動させて足場を崩し、対象を地中へと沈めていく魔法。
「……粋がるのも大概にするの」
男たち五人は首から上だけを砂から出した、非常に惨めな姿で並んでいた。
「……ちょうどこの位置は、数時間後に海水が達する位置なの。……どういうことか理解してほしいの」
男たちは顔面蒼白になり、寸分も動かない身体を必死に動かそうともがく。しかし努力は実らず。男たちの見える頭の位置は変わらずにいた。
「お疲れ様です、イザベラちゃん」
「……ブイ、なの」
「イザベラちゃんすごーい!」
「……ふ、ふふん、なの」
ヒルダ以外から褒められることのなかったイザベラは、シャウラからの褒め言葉でかなり照れくさく感じつつも、気分は良かった。
イザベラとヒルダにとって、力ある者が力なき者を助けることは当たり前、助けを求める者、困っている者を助けることは当たり前の行動だった。そんな当たり前の行為としてイザベラはシャウラを助けたのだが、その事をシャウラに素直に褒められ、誤魔化そうとするが誤魔化しきれてない、照れの感情がイザベラの顔に出ていた。
そんな時、四人がいる現場に駆けて来る者がいた。その者は男。二日前、リギル都市でのナンパをイザベラが退治した後に、二人を尾行しているつもりだった人物だ。
その男はイザベラたちが昼食を取っていた店で、ヒルダを見ていたと思われる人物でもあった。
その男が四人の目の前まで来ると、懐に隠していた何かを取り出す。そして、男はとんでもないことを言い放った。
「とっ止まれ! ぼ、僕と結婚しろ、イザベラちゃんっ! け、結婚してくれないと、死んでやる!」
小太りの背が低い男がしたことは、イザベラの前に出て懐から出した刃物を自分の首に突きつける。イザベラに対して叫んだのは、結婚脅迫――という名の、プロポーズだった。
読んで下さりありがとうございました。
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第七話は明日の十二時に投稿予定です。




