その2
魔術大国であるメフィセリィ国の王は、世襲制ではなく、魔力保有量といくつかの条件によって候補者が決まり、天空の神と大地の神と城と森の四つの契約を結ぶことができた者が王となるらしい。
三年前に死亡扱いされた前国王は、間繋ぎの王で――つまりは代理という立場で正式には王という扱いではないという。あんまり理解できてないが、掻い摘むとそんな感じだ。で、前国王は現国王の王佐となって、復興に尽力しているんだと。
んなこと、どーでもいいし、興味ねえよ。
つか、早くここにいる理由話せよ、ってせっついたら、目線一つで黙らされた。
何コイツ、ホント生意気。何様ですか? って、王様か、クソっ!
あー、話を一応戻すが、何故、間繋ぎの王が必要だったかというと、現王の覚醒を待っていたというのと、年齢の問題だそうだ。
生まれてすぐに王候補者となり、命を狙われてきたという。
年を重ねるごとに魔力保有量は増え、今や初代を除く歴代メフィセリィ王の中で随一らしい。
もうすぐ初代に追いつき、数年すれば追い越すかもしれないというほどで、為政者としても素晴らしい才覚をお持ちのお子様なのだ。
超偉そうだが。いや、王様だから、偉いんだけども。
これで可愛げが多少なりともあればなと思うが、俺をバカにするような視線はいただけない。
見た目からして聡明で見識が広い美少年であるこの少年王、ものすっごくいい性格をしている。
姉ちゃんのことをちらつかせて俺を馬車馬どころか下僕の如く扱き使いやがった少年王様だ。
そりゃ、良く言うことを聞く使い勝手のいい駒だったろうよ、上手い事騙されてたからな俺。
ああー、思い出すだけで腹が立つ。
具体的に言うと、敵の本拠地に乗り込んだ時に、姉ちゃんと思わしき女性を襲ったのが幹部の一人でとか伝えられたり、メフィセリィのどこそこに姉ちゃんらしき人物がいたという情報が――とかいって瓦礫の撤去とか手伝わされたり、とにかくいろいろだ。
にっこり笑って難題を言ってくるのは序の口で、限界ギリギリまで絞り取るが如く働かせるのである。それが、相手にとってできないことではなく、必死に頑張ればこなせることだから立ち悪い。
楽しようなんて思うなよっていう、無言の圧力だと俺は思う。
何度この少年王を殴り倒してやろうと思ったことか。よく我慢した、俺。
その少年王が今、我が家で優雅にお茶しているのだ。
ここが自分の家だと言わんばかりに、大変くつろいでいらっしゃいますとも。
高級そうな菓子やらカップやらが質素な木のテーブルに並べられている違和感ったらないが、そんなことはどうでもいい。
「お前、執務はどうしたよ? 王様なんだから、忙しいんじゃないのか? ってか、姉ちゃんはどうした?」
「ああ、シェラなら」
「なんで、お前が親しげに俺の姉ちゃんを愛称で呼んでんだよ」
眉根を寄せて睨めば鼻で笑われた。
間違いなく小馬鹿にされている。生意気な。
「お前には関係ない、と言いたいところだが、簡単な話だ。シェラがそう呼べと言ったからだ」
「なっ! 姉ちゃんといつ、どこで知り合ったんだよ! っつーか、お前がそんな親しげに呼ぶなんて、珍しいじゃねえか。一体、どんな仲だよ!」
「それこそ、お前に話す必要もないことだ」
どういった経緯で、王様がこんな辺境の村に住んでる姉ちゃんと出会うことがあるというのか。
ただでさえ、姉ちゃんはこの村の外へは出たことがない、はず。
ということは、こいつがここに来たことがあるということだが、一体どういうことだ?
考えても仕方ない。詳しくは姉ちゃんに聞けば済むことだ。
「で、姉ちゃんは?」
「そんなに大好きな姉が気になるのか。シスコンめ」
「シスコンじゃねーよ!」
姉ちゃんは大切な家族ってだけで、別に俺はシスコンってわけじゃない。断じて違う。
姉ちゃんに彼氏ができようが、実は結婚秒読み前だろうが、普通に祝福するっての!
相手は見定めさせてもらうが。
「シェラなら使いに出ているだけだ」
「まさか、お前、他人の姉ちゃんを扱き使ってねえよな?」
呆れた眼差しを向けられた。
だが、俺が疑うのは当然だろうが。お前、人使い荒いし。
という思いがだだ漏れだったのかは知らないが、一つ深い息を吐いて、足りない食材を買いに行っているだけだと聞かされた。姉ちゃんの荷物持ちとして、王佐のスピリエルが一緒らしい。っつか、王佐まで来てんのかよ。どんだけ暇人なんだ、お前ら。
って目で見てたら、既に執務を終えてここには来ているという。仕事早過ぎだろう、この少年王。有能にも程がある。
ほどなくして、姉ちゃんたちが帰ってきた。
「おかえり、シェラ。スピル」
「姉ちゃん!」
姉の姿を見て嬉しさがこみ上げるのだが、姉ちゃんの愛称をこれ見よがしに呼んだクソガキにイラッとする。
さらに言えば、姉ちゃんの隣で荷物持ちしているスピリエルがどこか嬉しそうなのがムカつく。ちなみに、スピリエルの愛称はスピルだが、今日からは呼んでやらん。
で、俺の姉ちゃんであるシェラカートの愛称はシェラ。
三年ぶりではあるが、変わってなくて安心する。
だが、一切俺の方を見ないという時点で、何やら嫌な予感はする。
「ただいま、マティ」
「ただいま戻りました、陛下」
マティというのは、この少年王の愛称だ。
本名はマティリオルうんちゃらかんちゃらと、長ったらしい名前だった気がする。
んな大層な名は呼んでやる気はないので、クソガキか少年王くらいで充分だ。ただし、それを声に出して言えば後が怖いから心の中だけだけどな。
下手な事して扱き使われたらたまったもんじゃねーよ。
そんなことより、姉ちゃんはクソガキ、もといメフィセリィ国国王を愛称で呼ぶほど親しげなんだが、なんでだ?
もしや、こいつがメフィセリィの王様だって知らないとか?
そんな悩める俺などお構いなしに、話は進んで行った。
「時にシェラ。お前、英雄の知り合いがいたのか?」
「英雄? そんな知り合いいないわよ。新手の詐欺じゃない?」
「姉ちゃん!」
はっきりきっぱりと、知らないと言われたことにショックを受ける。
そんなオレに対して、姉ちゃんは笑顔で俺に接してきた。
あ、俺、この笑顔知ってる。だから、わかった。
めちゃくちゃ怒っているんだ――と。
背中に冷たい汗が流れた気がした。
「まあ、このような辺境の地まで、ようこそおいでくださいました、お客様。何処でお聞きになったかは存じ上げませんが、確かに私には弟がおりますけれど、三年前にもっと広い世界が見たいのだと言って家を飛び出して以来、音信不通で行方知らずとなっておりまして。どこかで元気にしていればいいのですけど、なにせ三年も何の音沙汰もないものですから、もう心配で、心配で……。お恥ずかしい話ですが、初めの頃は気が気でなくて、一時期不眠症になってしまったくらいなんですよ」
笑っているけど笑ってない。
とっても凍えそうです、主に心が。
分かってるとも、ここで取るべき行動はただ一つだと。
ああ、ニヤニヤ笑いやがってムカつくな、あのクソガキ。
「姉ちゃん、ごめんなさい! ホントごめんなさい! 家飛び出して三年も連絡せず心配かけて、ごめんなさい!」
見よ! この見事なまでに地面と一体化するが如くの平伏っぷりを。
何の反応もないのが逆にとっても恐ろしいです。
ああ、顔を上げたらダメだと心が叫ぶのに、人はなんと浅はかな生き物か。
恐いもの見たさゆえの過ちを犯す、それが人間ということなんだろう――などとカッコイイこと言ってみたが、単に反応が無さ過ぎて不安だから、ちょ~っと様子を見てみようかなという、もしかしたら、怒ってないかもしれないし、という淡い期待もあったりなんかしての行動だったりする。
なにも言ってくれない姉ちゃんをそろりと見上げるが、すんげー優しそうな目元なのに目が超冷ややかさん。
視線が突き刺さりそう、いや、突き刺さってるよ。
見なければ良かったなと後悔しても遅いよね。
「ほんっとーに反省してます。不肖の弟ではありますが、この三年、世間の荒波にもまれ、自分なりに成長した次第です。どうか、今一度チャンスを!」
と、もう一度床に額を勢いよくぶつけて頭を下げた。
御多分に洩れず、弟は姉に頭が上がらないというものだ。それが、小さいころに両親を失い、その後面倒見てくれた祖父母も過ごせた時間が長くなかった俺にとって、姉ちゃんが唯一の家族で親代わりだったから、なおさらである。
ということで、俺は昔から姉ちゃんに頭が上がらない。
ただでさえ、ちょっと意地張ってたのと月日が経てば経つほど連絡しづらくなって、ズルズルと引き延ばしてきたために三年も何の連絡もしなかったという事実がある。
その後ろめたさがある分、余計に頭が上げられない。
説教の一時間や二時間覚悟してるし、殴られるのもやぶさかではない。
下僕同然に扱われても文句は言わない。い、一週間くらいなら。
だから――
今なら頭に足を置かれてグリグリしても構わないんだぜ! 姉ちゃん限定で!
んでもって、お前はうずうずしてんじゃねえよ、腹黒少年王。
誰がお前に踏まれるのをよしとするか!
俺を踏んでいいのは姉ちゃんだけだ。
いや、別に俺の性癖とかじゃないし、そうされても文句言わないってだけで、そこに打算はちょっとしかないデスヨ。
足蹴にされて罵られるくらいで怒りが静まってくれるなら安いもんだなんて思ってないから。
いや、マジで。
という、怯えつつもチラチラと姉ちゃんをうかがう俺。
小心者だと笑うなら笑え。
という俺の心情を無視して頭上では動きがあったらしい。
「良かったね、シェラ」
そのセリフにつられるように顔を上げれば、そこには眉根を寄せてしまうような光景が。
おい、スピリエル。なにてめぇまで親しげに姉ちゃんの愛称呼んでんだよ。
しかもなんだ、その甘い感じの眼差しは!
姉ちゃんの頭触んな!
髪に指差しこんで感触楽しむな!
って、姉ちゃんもちょっとは嫌がれよ!
と思って姉ちゃんを見れば、その目線はスピリエルに一度たりとも向けられず、見つめるのは俺ばかり。
しかも、途中でうざったく思ったのか、手を払いのけてた。
いい音したな、ざまぁ。
ふははははははは、ばぁかめ!
姉ちゃんとの温度差を思い知るがいい。
姉ちゃんからの熱い視線は俺が独り占めだ。
いや~な感じに痛いけど。
細い針をチクチク指すというより、ジワリジワリと来るような地味に痛い視線だけども。
負けるな、俺!
姉ちゃんの瞼がゆっくりと落ち、それと同じように息が吐き出され、肩の力が落ちて行くのを見た。
ああ、姉ちゃんはこの三年、どんな思いで過ごしていたのだろう。
今更ながらに、そこに思い至る。
「心配、したんだからね」
何の変哲もない、ありふれた言葉だというのに、小さく呟かれたその言葉が胸に突き刺さる。
ぐっと詰まった俺は身動きすら取れない。
姉ちゃんと再び目線が交わる。
ああ、こんなにも不安に揺れ、こんなにも優しい思いが詰まった眼差しを俺は知らない。
その思いごと包みこまれるように俺は、優しい温もりに包まれた。
それが姉ちゃんの腕の中だと理解するまで多少の時間を要したが、たった三年離れていただけだというのに、姉ちゃんの肩がこんなにも華奢で、自分よりも小さいのだと思い知った。
守るべき相手はこんなにも近くにあったのに。
そんなことさえ、今になって思いつく。
安心する温もり、懐かしい匂い、失いたくない存在は今、俺の腕の中にある。
そのことに喜びと安堵を覚え、痺れにも似た心のざわつきが身体を――
ん? 痺れ? なんで?
「覚悟はできてるわね?」
優しく囁かれた最終宣告は、この痺れさえも慈悲だと言わんばかりに意識をからめ取り、愚者を――どうするつもりだろう? 先が知りたいような知りたくないような。
そんなことを思っているうちに、俺の意識は完全に落ちた。
次に目が覚めたのは、翌日の昼。
寝ざめははっきりいって最悪だった。
なにせ庭の木に縛り付けられて寝かされていたのだ。
しかもそれなりの高さの枝にだ。
枝がそこそこ太かったから良かったものの、下手したら折れて落下していただろう。
縛り付けられていたから寝相が悪くても安心だなんて思えるわけがない。
靴底に仕込んでおいた刃物でなんとか縄を切り、木から下りて我が家に帰った。
扉を開ければ、またしても我が家の食卓には少年王。
今回は、その他諸々までいやがる。
しかも、なぜか我が家を掃除してるんだが、一体何があった。
スピリエルなんてエプロンに三角巾までして皿洗いしてるし、その他の面々も剣を持つはずの手に雑巾や箒、塵取り、はたき等の掃除道具を手にして掃除に勤しんでいる。
少年王は優雅に椅子に座り、足を組んで指示しているだけだが。
王の側近や近衛がなにしちゃってんの?
夢の事も忘れ、目の前の光景にぽかんと口を開けて棒立ちになっている俺の存在は無視されている。
狭い我が家は満員御礼。
訳が分からぬこの状況を寝起きの頭は処理しきれず、混乱していくばかりだ。
ひとまず誰か、俺にこの状況なり経緯なりを教えてくれ。
それより、姉ちゃんは一体どこにいるんだよ!




