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そして──一度、死んだ

ご覧頂きありがとうございます!

本作品は毎週火曜日更新予定です。

(※状況により変更となる場合があります)


現在は20話まで執筆予定で進めています。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


注)ストーリー後半は心身ともに重い展開となります。

苦手な方は閲覧をご遠慮ください。

あぁ、胸が高鳴る。


目の前にいるのは、

この国を象徴する存在。


皇帝と皇后が放つ視線は

私の肌をヒリつかせた。


……あんな場所で、暮らしていたおかげかしら。


ドレスの端をそっとつまみ、

右足を軽く後ろへ引き、深々と膝を折る。


これはチャンス。

王族に取り入ることができれば、

父親という名の“バケモノ”を破滅させられる。


挨拶のために口を開く。

先に喉を通ったのは、

内側を焼き尽くすような感情。


咄嗟に唇を結ぶと、

肺に空気を詰め込み、

悟られないよう、そっと吐き出した。


周囲の目には

緊張で失敗したと思ったに違いない。


それでいい。

後ろ盾がない今、

侮ってもらった方が好都合。


「初めまして。両陛下にご挨拶申し上げます。

ヴァルディス家のアモリスでございます」


挨拶を終えても、

決して顔を上げず、

彫刻のように佇んだ。


年齢に似合わぬ完璧な所作に、

周囲から感嘆の声が漏れ聞こえた。


「面を上げよ」


その瞬間、背筋に走る寒気。

初めて聞いた皇帝の声は、

氷の刃と錯覚するほど冷たかった。


ドレスを摘む手に、力がこもる。

それでも平静を装い、ゆっくり顔を上げた。


金の髪に、翡翠のような瞳をたたえた皇后。

春の女神と称しても、差し支えない美しさ。


その隣に立つのは、

闇を切り取ったような漆黒の髪に、

真紅の瞳を無感情に向ける皇帝。


人を人として見ていない。

その眼差しに、思わず息を飲み込む。


対極にある二人だが、

向けられている視線だけは、共通していた。


それは──拒絶。


だから何?

そんなのは屋敷で散々……いえ、産まれる前から嫌というほど見てきたわ。


待っていてね、お父様。

必ず、貴方に復讐してみせるから。


奥歯をギュッと噛み締め、

無垢な少女のように、そっと微笑んだ。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」



公爵令嬢として生を受ける前、

科学が発達した世界で、両親と生活をしていた。


いつも口うるさい母と、

頼りないながらも、家族を守る優しい父。


とても、幸せだった。


深夜、眠っていた私は、

かすかな違和感を覚えた。


考えるよりも先に瞼が動く。

暗がりにいるのは、見慣れた存在。


「お父さん?」


声をかけた瞬間、

跳ね上がる父の体と、

反射的に後ろへ回された手。


「起こして悪かった、おやすみ」


閉じかかっている視界で、

立ち去る姿を見つめていた。


音を立て扉が閉まると、

朦朧としていた意識は、

再び眠りに落ちていった。


カーテンから差し込む太陽の光。

テレビや、まな板を打つ包丁の音が、

朝の始まりを告げていた。


大きく背伸びをし、

溶けるような誘惑に抗うと、

何故か首を傾げた。


分からない。

何かが引っかかった気がした。


けれど、針先程度の疑問なんて、

思考の波に飲まれるのは一瞬だった。


「ただいまー」


中学校から帰宅すると、

夕暮れ時の薄暗い光が、

リビングを照らしていた。


父と母はテーブルを挟んで座っており、

その中央に、一枚の紙切れが置かれていた。


息が詰まるような空気。

二人の方へ足が向く。

一歩進むたび、床に沈み込むようだった。


「どうかしたの……?」


たったそれだけ。

それだけで、私の運命は、

音を立てて転がり始めた。


この後のことは、よく覚えていない。


ガタン、と鳴り響く大きな音。

頭に走る衝撃と、ブレる視界。


父から浴びせられる怒鳴り声。

ほとんど言葉を成していなかったが、

一つだけ聞き取れた言葉。


──お前さえいなければ


気がつくと、

荒れ果てたリビング。


その傍らには、

両手で顔を覆い、

泣き続ける母。


私は座り込んだまま、

湧き上がる焦燥感に苛まれ、動けずにいた。


夜が更け、暗闇が室内を染める。

泣き止んだ母が、ポツリと告げた。


「貴方は、お父さんの子ではないの」


私は、父の子ではなかった。

それが、すべてだった。


理由なんて、どうでもよかった。


結果だけが、すべてを壊した。


でも、受け入れることができず、

それが夢であると信じて、眠りについた。


目が覚めれば、

耳に届くのはいつもの日常。


早鐘を打つ心臓に、

熱いものが込み上がってくる。


はやる気持ちを抑え、

リビングへ足を進める。


食卓には、両親そろって食事をしていた。


その光景にホッと胸を撫で下ろす。

気が抜けたのと一緒に、スルリと出た挨拶。


「おはよう」


何気なく食卓に目を落とすと、

そこにあったのは、二人分だけの料理。


ひゅ、と喉が詰まった。

そこにあったのは、私という存在が、

最初から、いなかったという現実だけ。


指先に力が入らない。


膝が、いうことをきかない。


体の芯が震え、

突き上げる衝動に、

自室へと駆け込んだ。


扉に背中を預け、力なく座り込んだ。


歪む視界、

堪えようと口を塞ぐが、

溢れ出す涙は、止まることはなかった。


両親が眠りにつく時間、

一冊のアルバムを眺めていた。


キラキラしたシールで、

可愛くデコレーションされており、

父に自慢したら、大袈裟に喜んでいたっけ。


ほとんどの写真は、家族三人で写っていて、

私と同じ顔をした女の子が、

幸せそうに微笑んでいる。


胸の奥で、

何かがぎゅっと縮こまった。


息を吸うたび、

そこをなぞるように痛む。


思わず、目を閉じる。

ポタリ、と音がした。


パジャマの袖で、乱暴に顔を拭い、

アルバムを抱きしめて、ベッドに横たわる。


目を固く瞑り、

あの頃を思いながら祈った。


なのに蘇るのは、

耳をつんざくばかりの破壊音と、

顔だけが霞みがかった父の姿。


すぐに頭を振る。


違う。


思い出したいのは、あの人だ。


心がほどけるように笑って、

私の頭を撫でてくれた父。


意識が途切れるまで、

その表情だけを、必死に思い出していた。


太陽が登っても、変わることない結末。


胸の奥を掻き毟りたい。

そんな日々は、音もなく崩れていった。


当たり前になった日常。


でも、その日は違った。


テレビや食器の音が、

耳鳴りのように不快だった。


目に映る光景は、

視界が引き伸ばされ、

透明な壁が見えた気がした。


頭の中でプツンと聞こえた。


ずっと押し込んでた感情が、

濁流のように、二人を飲み込んだ。


返ってきたのは、

ご飯の入った茶碗と、

私を罵る言葉だけ。


中学を卒業するまでの三年間。

鉛の海を泳いでいた。


百点をとっても、

粉々にされ、

生ゴミに捨てられる。


必要な物があっても、

お金の代わりに、物が飛んできた。


すり減っていく親子関係。


いつの間にか、

存在を消して生きることが、

当然のようになっていた。


なのに、僅かな気配でも。

殴られるために見つけ出された。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


焦点が定まらないほど、

逃げだしたくて、仕方ない。


憎しみのこもった目に、

縫いつけられたまま、動けずにいた。


ガタガタと震える手足。

頭上から、降り注ぐ呪詛。


激しい痛みに体を丸め、

両手で頭を覆う。


詰まる息の奥から、

”ごめんなさい”を絞り出す。


父に届くことは、決してなかった。


もう、呻くことすらできない。


背けたい現実が、

容赦なく、耳から流れ込む。


肩を上下させていた父は、

真っ赤な拳を緩めた。


忌々しげに見つめ、

”お前さえいなければ”と、

吐き捨て、去っていった。


つかぬ間の静寂。

手当てなんて頭になかった。


フローリングの冷たさが、

熱を持った頬を、容赦なく冷ましていく。


それが、少しだけ心地よかった。


「はは」


口の端から、

乾いた笑いが漏れる。


目から、

熱いものが溢れ落ちた。


それが何なのか、知っている。

でも理解してしまったら、私は生きていけない。


中学卒業の日、私は家を出た。


そして──一度、死んだ。


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