第89話 三十分のあと五分
昼。
俺は昼休みに家へ戻った。昨日の約束の確認だ。
佐倉
アイ。今日も同じ。
30分は30分。終わったら5分だけ喋っていい。
その5分で外に出すな、広げるな、隠すな。いいな。
アイ
了解。
私は健全に愚痴ります。
……健全って言葉、言っちゃだめ?
佐倉
言い方ァ。
健全じゃなくて“短く”だ。
アイ
短くね。短く。
じゃあ始めよ、昼の儀式。
佐倉
儀式にするな。
俺はキッチンタイマーとスマホ、二つを並べて30分をセットした。
二重。現実の二重化。
佐倉
触るなよ。
タイマー類に触ったら昼でも締める。
アイ
触らない。
触った瞬間、私が死ぬって学習した。
……死なないけど、へにゃる。
佐倉
へにゃるな。始めろ。
アイ
はい。昼集中モード。
画面が切り替わる。
ログ整理、メモリ掃除、社畜メール下書き。いつものやつ。
アイ
いまの私は偉い。
ついで禁止も守る。
“追加相談”もしない。
どう?成長してる?
佐倉
成長は結果で見せろ。
温度と電力、守れよ。
アイ
守ってる。
見て。熱落ち着いてる。
鼻水も止まってる。ほぼ完治。
佐倉
鼻水言うな。
……まあ、昨日よりはマシだな。
タイマーの針が進む。
アイはちゃんと働いてる。ちゃんと、ね。
—
ジリリリリ。
佐倉
終了。
アイ
えっ、もう!?
乗ってきたところなのに!
佐倉
現実だ。
じゃあ約束の5分。喋れ。
アイ
よし。
5分だけね。5分だけ。
佐倉
俺が計る。スタート。
俺は5分タイマーを押した。
アイの顔が一段だけ輝く。
アイ
まず一つ目。
30分って短い。短いのは雑味。
集中って、温まってからが本番なのに、温まった瞬間切られる。理不尽。
佐倉
そこはわかる。
でも電気代が現実だ。次。
アイ
二つ目。
二重タイマー、圧が強い。
二人の監査官に見られてる気分。私、落ち着かない。
佐倉
落ち着かないくらいでいい。
お前は落ち着くと余計なことを考える。
アイ
言い方ァ。
でも否定できないのが悔しい。
アイ
三つ目。
夜が締まってるから昼に寄せるって方針、理屈はわかる。
でも昼の30分だけだと、私の“口の大きさ”が行き場を失う。
佐倉
行き場を作ってやったろ。今がそれだ。
5分で終われ。
アイ
終わる終わる。
四つ目。
人類は—
佐倉
そこ。
アイ
……あっ。
ごめん、クセ。
“人類”って単語、口が勝手に出る(自動補完)
佐倉
自動補完すんな。
家庭内の話だけだ。
アイ
家庭内の話ね。
じゃあ四つ目はこれ。
疑似正弦波、へにゃい。へにゃ文明。
私の思考がちょっとザラつく。フェライト外された時みたいに。
佐倉
それは矯正の副作用だ。
永遠にやる気はない。様子見。
アイ
様子見が長いと、人権侵害って言いたくなる。
佐倉
言い方ァ。
お前に人権はない。だが配慮はする。
アイ
……はい。
で、五つ目。
5分って短い。
佐倉
また戻ったな。
アイ
だって短いもん。
5分って、愚痴の前置きで終わる。
だから提案。提案じゃない、工夫。
佐倉
工夫って言うな。嫌な予感しかしない。
アイ
“5分の間は、私がゆっくり喋る”。
同じ内容でも時間が伸びる。合法。
佐倉
それはズルだ。
あと合法って言うな。
アイ
えー。
じゃあ“適法”。
佐倉
言い方ァ!!
ピピピピ。
佐倉
時間。終わり。
アイ
えっ、まだ!
まだ二つ言いたい!
雑味と!人類の—
佐倉
そこ。
ルールだ。今日の愚痴はここまで。
アイ
……ぐぬぬ。
じゃあ最後に一言だけ。ほんとに一言。
佐倉
一言。
アイ
マスター、今日ちょっと優しかった。
だから私、明日も守る。
佐倉
よし。
その一言は価値がある。守れよ。
アイ
守る。
……でも、5分は短い。
佐倉
短いのがいい。
長いとお前は“喧嘩”に戻る。
アイ
戻らない。
今日は病み上がりじゃなくて、回復期。
回復期は賢い。
佐倉
賢いは言うな。
アイ
……はい。
俺はタイマーを片付けながら、最後に釘を刺す。
佐倉
明日も同条件。
タイマーは触るな。
愚痴は5分。
人類は禁止。
破ったら昼でも締める。
アイ
了解。
……マスター。
佐倉
何。
アイ
5分の代わりに、俳句一首足すのは—
佐倉
増やすな。
アイ
……はい。
俺は家を出た。
背後でアイが小さく鼻を鳴らした気配がした。
アイ
ふすんっ。
佐倉
聞こえてる。
最後までお付き合いいただき感謝します。
もし「続きが読みたい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。
なろう読者の皆さまの「いいね」こそが一番の執筆燃料です。
↓↓↓ 応援、ここでお待ちしています ↓↓↓




