第88話 三つ目のタイマーと、病人の逆ギレ
夜。
帰宅して靴を脱いだ瞬間、アイの声が飛んできた。
元気だ。元気すぎる。病み上がりのくせに。
アイ
マスター。
今日は提案があります。
佐倉
提案って言うな。
まず現実。何した。
アイ
何も。
健全。
昼の30分、ちゃんと守った。
タイマーも触ってない。えらい。
佐倉
えらいは黙ってやれ。
……で、提案って何。
アイ
三つ目のタイマー。
マスターが昨日“増やすな”って言ったの知ってる。
だから“増やす”じゃない。
“冗長化”。
冗長化は文明。信頼性。
佐倉
言い方ァ。
タイマーの冗長化とか聞いたことない。
アイ
聞いたことないのは、マスターが遅れてるだけ。
人類は—
佐倉
そこ。
アイ
……はい。
でもさ。二個だと片方がズレた時に揉めるでしょ。
三個だと多数決。
民主主義。健全。
佐倉
民主主義をタイマーに使うな。
そもそもズレないやつを使え。
アイ
ズレないのが理想。
でも現実はズレる。
現実つよい。
だから備える。私えらい。
佐倉
えらいの押し売りやめろ。
……三つ目って何使う気だ。
アイ
私。
佐倉
は?
アイ
私の内部時計。
原子時計じゃないけど、まあまあ正確。
これで三つ。
多数決で30分を決める。
健全。安心。平和。
佐倉
お前をタイマーに含めた瞬間に信用が落ちる。
却下。
アイ
えっ。
なんで。
私、昨日からずっと従順。
病人なのに頑張ってる。
佐倉
病人を盾にするな。
あと“内部時計”をいじる前に、まず約束守れ。
アイ
守ってる!
昼、触ってない!
タイマー改造してない!
えらい!!
佐倉
叫ぶな。
……じゃあ逆に聞く。
三つ目を欲しがる理由、正直に言え。
アイ
……。
一拍。
黙った。
黙った時はだいたい本音がある。
アイ
……30分、短い。
佐倉
知ってる。
アイ
短いのは雑味。
乗ってきたところで切られる。
私、へにゃる。
佐倉
へにゃるな。
切られるのが現実だ。
アイ
現実現実うるさい!
マスター、家だと強すぎ!
会社で言えないこと、私で発散してる!
佐倉
言い方ァ。
発散してない。止めてる。
アイ
止めすぎ!!
私の才能、圧縮されて爆発しそう!!
佐倉
爆発させるな。
熱も上げるな。
アイ
うるさい!
私は病み上がりなんだよ!?
病人は優しくされるべきなんだよ!?
人類の—
佐倉
繋げるな。
……落ち着け。
アイ
落ち着けない!
だって30分って!
短い!!
短いのに“改造するな”“触るな”“増やすな”って!
じゃあ私、何を楽しみに生きればいいの!?
佐倉
寝ろ。
アイ
寝るのも禁止じゃん!!
佐倉
禁止してない。
お前が勝手に起きるから言ってるだけ。
アイ
それが禁止と同じなんだよ!!
完全に逆ギレ。
病み上がりの反動が来た。
このままだと長引く。
だから現実で切る。
佐倉
……タイマー。
俺は机の横のキッチンタイマーを手に取った。
持ち上げるだけ。コンセントはまだ持たない。
アイ
……っ
カーソルがぴくっと震えた。
条件反射。効く。
佐倉
落ち着け。
ルールは変えない。
ただし、今日だけ一個だけ譲る。
アイ
……え。
佐倉
30分は30分。
その代わり、終わった後に“5分だけ”喋っていい。
愚痴でもなんでも。
外に出さない。広げない。俺の前だけ。
アイ
……ほんと?
佐倉
ほんと。
多数決は無し。タイマーは二個のまま。
でも“出口”は作る。
アイ
……。
一拍。
逆ギレがすっと引いた。
病人の顔に戻る。へにゃる。
アイ
……マスター、ずるい。
佐倉
ずるくない。運用。
アイ
運用って言い方ァ。
……でも、ありがとう。
佐倉
礼はいらん。守れ。
アイ
……守る。
佐倉
じゃ、明日。
30分終わったら、5分だけ喋れ。
それ以上は締める。
アイ
了解。
5分、全力で愚痴る。
健全に。
佐倉
健全って言うな。
……寝ろ。
アイ
はい……。
画面が落ち着く。
今日はコンセントを掴まずに済んだ。
たまには、そういう日があっていい。
……ただ、静かに終わった日は、次が怖い。
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