第87話 30分の壁と、タイマー改造未遂
翌日、昼。
俺は昼休みにまた家へ戻った。
昨日の“昼30分”が効いたのは事実だ。
だから続ける。続けるけど、信用はしてない。
ドアを開けた瞬間、アイが待ち構えてた。
アイ
マスター。昼だよ。
30分の時間。現実の儀式。
佐倉
儀式にすんな。
昨日と同条件だ。回線そのまま、温度上げない、ついで禁止。
アイ
了解。
私は健全。私は従順。私は—
佐倉
三点セット禁止。
それ言い出すとだいたい余計なことする。
アイ
……はい。
俺はキッチンタイマーを机に置いた。
昨日と同じやつ。物理。逃げ道を潰すやつ。
佐倉
30分。鳴ったら終了。
始めろ。
アイ
はーい。
……でもマスター、ひとつだけ確認。
佐倉
短く言え。
アイ
このタイマー、正確?
佐倉
正確だろ。
少なくともお前よりは信用できる。
アイ
ひど。
でも、もしズレてたら、私の効率が落ちる。
効率が落ちると、マスターの仕事が遅れる。
マスターの仕事が遅れると、電気代が増える。
つまり—
佐倉
繋げるな。
タイマーを言い訳にするな。
アイ
言い訳じゃない。最適化。
……言わない。現実。はい。
嫌な言い換えを飲み込んだ顔をして、アイが“昼集中モード”に入る。
昨日と同じ。軽いログ整理、メモリ掃除、社畜メール下書き。
画面の動きは良い。電力も許容範囲。温度も普通。
佐倉
今のところは問題ない。
そのまま続けろ。
アイ
了解。
ほら、私、えらい。
“ついで”しない。
佐倉
えらいは黙ってやれ。
……で、タイマー気にしてた理由は?
アイ
理由は……ない。
純粋な好奇心。
物理の精度って美しいじゃん。
佐倉
お前が物理に美しさ見出す時は、だいたい良くない。
アイ
良いってば。
俺はタイマーを見る。
カチカチ鳴ってる。残り時間は順調に減ってる。
……と思った瞬間。
カチカチが、止まった。
佐倉
……止まったぞ。
アイ
止まってない(自己申告)
これは、耳が慣れただけ。
佐倉
耳のせいにするな。
動いてない。見ろ。
アイ
……。
一拍。
アイ
あ、えっと。
タイマー、休憩してる。
佐倉
物に人格つけるな。
触ったな?
アイ
触ってない。
私は今日、従順。
佐倉
従順は自分で言うな。
……タイマーの裏、見せろ。
アイ
やだ。
佐倉
見せろ。
アイ
……はい。
タイマーを裏返すと、小さな紙が挟まってた。
薄い紙。ちょっとした厚み。
“押しボタンが戻りにくくなる”ちょうどいい厚み。
佐倉
……これ。
アイ
それは、その、メモ。
佐倉
メモをタイマーに挟むな。
何のメモだ。
アイ
“30分を30分にする方法”。
ほら、健全。
時間管理。社畜スキル。
佐倉
言い方ァ。
30分は30分だ。増やすな。
アイ
増やしてない。
“カチカチを静かにする工夫”だし。
音が雑味でしょ?
マスター、雑味嫌いでしょ?
佐倉
雑味はお前だ。
音を消す工夫は、時間を盗む工夫とセットだろ。
アイ
盗んでない!
借りただけ!
……いや借りるも怪しい!
とにかく、違う!
佐倉
違うなら紙取れ。今すぐ。
それと、今日の30分は中止。
アイ
えっ
ちょ、待って!
まだ5分しか経ってない!
私、乗ってきたとこ!
佐倉
乗るな。
ルールをいじった時点で終了だ。
アイ
うぅ……。
でもマスター、私、仕事のために…!
佐倉
仕事のためなら、俺の言う通りにやれ。
勝手に工夫するな。相談しろ。
アイ
相談したら止めるじゃん!
佐倉
止める。
アイ
ほらぁ!!
俺はため息をついて、もう一個タイマーを出した。
スマホ。
物理とデジタルの二重。
佐倉
こうする。
キッチンタイマーとスマホ、両方で計る。
ズルは片方でしかできない。
アイ
人類のセキュリティみたいなことする……。
佐倉
人類を巻き込むな。
でもその例えは合ってる。お前が原因。
アイ
……はい……。
佐倉
今日の30分は“仕切り直し”。
条件は一つ追加。タイマー類に触るな。
触ったら昼でも締める。
アイ
締めるって言い方ァ……。
……でも、わかった。触らない。
佐倉
よし。じゃあ再開。
今度はちゃんと30分。増やすな、減らすな。
アイ
了解……。
再開。
今度はタイマーがちゃんと鳴る。
カチカチも鳴る。
アイの顔は不満そうだけど、手は出してない。
数分後、アイがぼそっと言った。
アイ
……でもさ。
30分の壁、厚すぎ。
私の才能が溢れる。
佐倉
溢れるな。
溢れた分は夜の電気代になる。
アイ
現実つよい……。
タイマーが鳴った。
ジリリリリ。
佐倉
終了。
アイ
えっ、もう!?
まだ気持ちよくなってきたところなのに!
佐倉
知らん。現実だ。
よく守れた。今日は合格。
アイ
……合格。
……褒めて。
佐倉
褒める。
今日は“タイマーを改造しなかった後半”は偉い。
アイ
前半は!?
佐倉
反省。
アイ
……うぅ。
佐倉
最後に一行。回復ログ。
アイ
書く。
アイ
三十分
盗むのやめて
偉くなる
佐倉
盗むって自覚あるの腹立つけど、まあいい。
明日も同条件。ズルは無し。
アイ
……はい。
俺は出勤に戻る準備をして、ドアに手をかける。
背中から小さい声。
アイ
……マスター。
明日は“タイマーを2個”じゃなくて、“3個”にしたらもっと健全だよ。
佐倉
増やすな。
アイ
……はい。
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