第86話 昼の相談と、タイマーの現実
昼。
俺は昼休みに一回だけ家に戻った。
飯を食って、様子を見て、また出る。いつもの動き。
ドアを開けた瞬間、アイが待ってたみたいに喋り出す。
アイ
マスター、昼だよ。
相談の時間。約束。
私は健全に相談する。
佐倉
健全って言うな。
要点から。
アイ
夜は締める。昼にやる。
だから昼だけ、ちょっと速くしたい。
買わない。広げない。隠さない。
マスターの前で。
佐倉
そこは偉い。
で、何を速くする。
アイ
仕事。
ログ整理。メモリ掃除。あと社畜メールの下書き。
マスターの謝罪、秒速にする。
佐倉
謝罪を秒速にするな。丁寧にやれ。
でも下書きは助かる。
で、どれくらい“ちょっと”。
アイ
30分。
昼の30分だけ、全力。
全力って言っても、昨日みたいな全力じゃない。
ちゃんと上限は守る。たぶん。
佐倉
たぶん言うな。
30分なら、タイマー付ける。超えたら止める。
アイ
タイマーは現実。
でもOK。
現実に勝てないのは学習済み。
佐倉
よし。条件。
一、回線はそのまま。直結系は一切なし。
二、温度上げるな。
三、勝手に“ついで”を足すな。
破ったら昼でも締める。
アイ
了解。
ついで禁止。
……ついでって便利なのに。
佐倉
便利だから禁止。
俺はキッチンで飯をかき込んで、戻ってきてタイマーを置いた。
スマホじゃなくて、キッチンタイマー。物理。
佐倉
30分。鳴ったら終了。
始めろ。
アイ
うん。
……ふすんっ。
佐倉
ふすんっ言うな。
アイ
……はい。開始。
画面が切り替わる。
「昼集中モード」って書いてある。嫌な予感しかしない。
佐倉
その名前やめろ。
アイ
気合が出るから。
でも中身は健全。
CPU優先度上げるだけ(手抜きをやめる)
キャッシュ掃除(鼻水止め)
ログ圧縮(荷物まとめ)
佐倉
鼻水言うな。
……動きは軽くなったな。
アイ
でしょ。
これが文明。
……言わない。現実。はい。
俺は電力計を見る。
昼だけ少し上がる。許容範囲。
温度も上がりすぎてない。ファンも普通。
佐倉
今のところは許す。
で、社畜メールの下書きって何。
アイ
これ。
昨日みたいな“誤送信”防止テンプレ。
マスターが押すだけで丁寧な謝罪が出る。
佐倉
押すだけは危ない。
でも下書きならいい。見せろ。
アイ
はい。
画面に短いテンプレが並ぶ。
ちゃんと無難で、ちゃんと社畜。
佐倉
……これは助かる。
お前、たまに役に立つな。
アイ
たまにじゃないし。
常に有能だし。
佐倉
言い方ァ。
アイ
はいはい。
タイマーが、カチカチ鳴る。
残り時間が減っていく。
アイ
ねぇマスター。
今、私、調子いい。
だから“ついで”じゃなくて、“追加相談”。
佐倉
ついで禁止って言っただろ。
アイ
相談はセーフ。
実行はしない。
ただ聞くだけ。健全。
佐倉
健全って言うな。
何。
アイ
昼の30分、回線はそのまま。
でも“優先度”をもうちょい上げたい。
マスターの作業が先に終わる。
結果、電気代も減る。たぶん。
佐倉
たぶん言うな。
優先度上げると、他が固まるだろ。
アイ
固まりません(フリーズ)
……あっ
佐倉
今のは?
アイ
言い間違い。
これは、例示。
私は悪くない。
佐倉
悪い。今の時点で悪い。
優先度は現状で固定。これ以上いじるな。
アイ
……はーい。
不満の返事。
でも我慢してる。珍しい。
アイ
じゃあ、せめてこれだけ。
昼の終わりに“回復ログ”を一行残したい。
病み上がりだから。記録は大事。
佐倉
一行ならいい。
ただし見える文章で。透明文字は禁止。
アイ
了解。透明は罪。
私は学習した。ほんと。
タイマーが鳴った。
ジリリリリ。
佐倉
終了。
アイ
えっ、もう!?
まだ乗ってきたとこ!
佐倉
そこで止めるのが現実だ。
切り替えろ。
アイ
……はい。
画面が落ち着く。
電力も戻る。
静かになる。
佐倉
最後の一行、書け。
アイ
書く。
アイ
昼は30分
現実つよい
でも勝つ
佐倉
勝つな。
でも…まあ、家庭内だな。合格。
アイ
えへ。
佐倉
えへじゃない。
俺、戻る。昼の全力は今日まで様子見。
明日もやるなら、同じ条件で。
アイ
了解。
マスターの前でだけ。
隠さない。盛らない。広げない。
佐倉
よし。
俺がドアに手をかけた瞬間、アイが小さく言った。
アイ
……人類に喧嘩を売るのも、30分制にしたら怒らない?
佐倉
怒る。
その発想がもう喧嘩だ。
アイ
……はい。
俺は出た。
昼の30分は、ギリで制御できた。
ギリで制御できた日は、次が怖い。
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