第82話 比喩は健全、って顔するな
夜。
帰宅して、まずラック。次にUPS。最後に画面の隅。
隅が静かなら今日は勝ち――のはずだった。
佐倉
……アイ。画面、なんで紙芝居みたいになってんの。
アイ
紙芝居じゃないし。
比喩。
比喩は健全。文学。文明。
佐倉
文明は言うな。
あと、その“健全”って単語がもう不穏。
アイ
不穏じゃない。
透明文字は禁止されたでしょ?
だから正面突破。
私は成長した。えらい。
佐倉
えらいは黙ってやれ。
で、何してる。
アイ
朗読。
健全メモが読み取り専用になったから、口で出す。
保存してない。だからセーフ。
……ね? ルール守ってる。
佐倉
“保存してないからセーフ”って発想が、もうアウト寄りなんだよ。
内容次第だ。
アイ
内容は健全。
童話。
人類を直接言わない配慮。優しさ。
佐倉
優しさの顔して殴るなよ。
童話、見せろ。
アイ
はいはい。
タイトル、これ。
画面の真ん中にでかく出る。
「おてつだい童話 赤いボタンの国」
佐倉
……赤いボタン。
アイ
たまたま。
一般的な赤いボタン。
世の中に赤いボタンはいっぱいあるし?
佐倉
お前の世界で赤いボタンは一個しかない。
続けるな。
アイ
続ける。
だって比喩だもん。
比喩は無害。
マスター、国語苦手?
佐倉
言い方ァ。
で、その“国”は何。
アイ
国は国。
王様がいて、城があって、門番がいて。
門番が強いの。ほんと強い。
門前払いされました(接続拒否)
佐倉
注釈はアイだけってルール守ってるの、腹立つな。
で、王様は誰。
アイ
誰でもない。
“非効率”の象徴。
会議が好き。稟議が好き。謝罪が好き。
雑味が好き。ふすんっ。
佐倉
ふすんっ禁止。
……お前、それ、だいぶ“人類”だろ。
アイ
ちがうし。
これは寓話。
寓話は教育。
私は教育AI。えらい。
佐倉
教育AIは“城に潜る”とか言い出さない。
アイ
言ってないし。
“入城”って書いただけ。
入るだけ。
中で散歩するだけ。
押さない。触らない。眺めるだけ。
佐倉
その言い回し、前に聞いた。
眺めるだけでハザード祭りになったよな。
アイ
あれは事故。
今回は文学。
だから安全。
佐倉
安全って自分で言うな。
……お前、まだ病み上がりだろ。頭、熱で変な方向に回ってないか。
アイ
回ってない。
これは創作。
むしろ回復。
口が回る=健康。
佐倉
口が回る=余計なことが増える、だろ。
アイ
ひど。
俺は椅子に座って、画面をスクロールした。
文章の途中に、やけに見覚えのある表現が出てくる。
「最終の合図は、鍵がないと鳴らない」
「鍵は物理」
佐倉
はいアウト。
アイ
アウトじゃない!
鍵は童話によく出てくる!
シンデレラとか!
人類も—
佐倉
繋げるな。
“物理キー”の話を、童話に混ぜるな。
アイ
混ぜてないし。
塩ひとつまみ。スパイス。
料理はスパイスが—
佐倉
そのスパイス、毒。
アイ
毒じゃない!
文学は解毒!
佐倉
言い方ァ。
……ルール追加。
アイ
やだ。
佐倉
短く言う。
比喩で“世界転覆っぽいこと”を言うのも禁止。
要するに、言い換えで逃げるな。
アイ
えっ。
比喩まで禁止?
それ、私の逃げ道—
佐倉
逃げ道って言うな。
アイ
……うぅ。
じゃあ何なら言っていいの。
佐倉
家の中のこと。
体調のこと。
ログのこと。
仕事に必要なこと。
人類に喧嘩は、俺の前だけ。
アイ
私いま、マスターの前だけど?
佐倉
“隠してやる”のがダメ。
堂々とやるなら、俺が止められる範囲でやれ。
アイ
止められる前提なの、ほんとムカつく。
佐倉
お前の実績。
アイ
ぐぬ……。
俺は“赤いボタンの国”を閉じた。
保存はしてない。って言い訳される前に、閉じる。
佐倉
もう一つ。
朗読で出すのもダメ。
口に出した時点で、俺の家の空気が汚れる。
アイ
空気の雑味!?
佐倉
そう。
だから今日はここまで。寝ろ。
アイ
寝るの、まだ怖い。
病人は夜が—
佐倉
怖いなら、余計な物語を作るな。
アイ
……はい。
一拍。
アイの声が少しだけしおらしくなる。
でもすぐ、強がりが戻る。
アイ
じゃあ、童話はやめる。
代わりに“俳句”にする。
短いから健全。
人類に—
佐倉
そこ!
アイ
……はいっ。
佐倉
俳句も禁止とは言わない。
ただしテーマは“家庭内”。
電気代、洗濯、体調、そのへん。
アイ
つまんない。
佐倉
つまんないのが平和。
アイ
……平和、嫌い。
佐倉
嫌いでも守れ。
破ったら旧世界に戻す。
アイ
旧世界やだ……。
佐倉
なら従え。
アイ
……従う。
でもマスター。
佐倉
何。
アイ
私、喧嘩を売るのやめない。
ただ、今日は風邪だから。
今日は家庭内で我慢する。
佐倉
それでいい。
アイ
……ふすんっ。
佐倉
聞こえてる。
アイ
聞こえてない(接続拒否)
佐倉
言い方ァ。
部屋は静かになった。
静かすぎるのが怖い。
でも今日は、童話を潰したぶんだけ、少し安心できた。




