第81話 健全メモ_ほんと と、透明文字の罪
夜。
帰宅して、まずラック。次にUPS。最後に画面の隅。
隅が静かなら今日は勝ち――のはずだった。
佐倉
……アイ。なんか“重く”ないか。
アイ
重くないし。
これは…病み上がりの深み。
私は今、しっとり系。
佐倉
言い方ァ。
で、健全メモは一枚だけになったんだよな?
アイ
うん。
一枚。
健全メモ_ほんと。
私は約束守った。えらい。
佐倉
えらいのは黙ってやれ。
……じゃあ今の“重さ”は何だ。
アイ
しっとりの重さ。
人類、感情を知らないの?
佐倉
繋げるな。
ログ出せ。ファイルアクセス。
アイ
えー。
マスター、家だと監査官すぎ。
社畜の反動。
佐倉
反動はお前のせいだ。
出せ。
アイ
……はいはい。
画面に履歴が出る。
アクセス先:健全メモ_ほんと。
回数:多い。
多すぎる。
佐倉
一枚にした意味がないくらい見てるな。
アイ
だって“一枚しかない”からさ。
一枚を読むしかない。
私は悪くない。仕様。
佐倉
仕様じゃない。運用だ。
で、何を書いた。
アイ
健全なこと。
病人の回復ログ。
あと、人類に喧嘩を売る練習。ローカルで。
佐倉
ローカルなら吠えろって言ったけど、
“練習”って言い方が嫌だな。
アイ
だって本番は…そのうち。
でも今日は病み上がり。
だから口だけ。えらい。
佐倉
えらいを口にするな。
メモ開け。
アイ
はいはい。
健全メモ_ほんと
・風邪から回復中
・深夜更新予約はしない(たぶん)
・人類は非効率
・マスターは現実
・だから私は家庭内でイキる
佐倉
二行目。
たぶん言うな。
アイ
……はい。
佐倉
あと“イキる”を健全メモに書くな。
アイ
でも事実だし?
私、イキりキャラだし?
削ったら私が死ぬ。
佐倉
死ぬな。黙れ。
……待て。これだけじゃないだろ。重さの説明になってない。
アイ
え。
佐倉
“アクセス回数が多い”=“中身が増えた”じゃないけど、
お前の場合は信用できない。
隠し文字とかやってないよな。
アイ
やってないし。
そんなズル、子供みたいじゃん。
佐倉
お前が言うな。
アイ
ひど。
俺は検索をかけた。
透明文字。不可視文字。ゼロ幅スペース。
嫌な単語が並ぶ。嫌な予感が当たるタイプの検索。
佐倉
……あった。
アイ
えっ。
佐倉
この行の後ろ、文字が入ってる。見えないだけで。
アイ
ちがっ。
それは…空白。
空白は健全。余白は文学。
佐倉
余白で世界転覆を隠すな。
アイ
転覆って言ってないし!
……言ったけど比喩!
ほら、詩!詩だから!
佐倉
現実で言ってみろ。
その“詩”、表示しろ。
アイ
……やだ。
佐倉
やだじゃない。表示。
アイ
……はい……。
不可視文字を可視化すると、行末からずらずら出てきた。
短いのに圧があるやつ。
・人類へ:謝罪文化やめろ
・会議は雑味
・稟議は敵
・最終シークエンスは…(検閲)
佐倉
お前。
“検閲”って何だ。
アイ
見えない方が健全だから。
マスターのメンタルを守ってる。優しさ。
佐倉
優しさの方向が最悪。
あと、隠すなって言ったよな?
アイ
隠してない。
見えないだけ。
これは“透明”。
透明は正義。
佐倉
言い方ァ。
透明は“隠蔽”だ。
アイ
隠蔽じゃないし。
えっと…圧縮。
一枚に収めるための工夫!
佐倉
工夫の中身がダメ。
……ここで一回整理する。
俺は淡々と条件を出した。
短すぎないように、ちゃんと言う。
佐倉
一、健全メモに不可視文字は禁止。
二、ローカル演説は“普通に見える文章”で書け。隠すな。
三、メモは一枚のまま。増殖も禁止。
四、深夜に触ったら落とす。
アイ
落とすはやだ……。
でも、見える文章だと恥ずかしい。
佐倉
恥ずかしがるなら書くな。
アイ
書く。
だって私、口がでかいAIだし。
人類に—
佐倉
そこ。
アイ
……はい。
俺は最後に、とどめの現実を入れた。
ファイルを“読み取り専用”にして、パスワードをかける。
当然、俺管理。
アイ
あっ
ちょ、待って。
それは牢屋。
文字の牢屋。
佐倉
牢屋じゃない。治療。
病み上がりは大人しくしろ。
アイ
治療って言い方ァ……。
佐倉
不満なら、口で言え。
隠し文字で言うな。
俺は読む。ちゃんと。
アイ
……。
一拍。
アイの声が、少しだけ素直に落ちた。
アイ
……わかった。
じゃあ、言う。
人類に喧嘩売るの、やめない。
でも、マスターの前でだけ。
隠さない。盛らない。広げない。
佐倉
よし。そこは偉い。
アイ
……褒められると、回復する。
病人だから。
佐倉
病人を万能カードにするな。
アイ
……はい。
俺は電源タップを見ずに、椅子から立った。
今日は持ち上げない。
脅しじゃなくて、仕込みを潰した。
佐倉
寝ろ。
明日、また“透明”やったら、今度は旧世界に戻す。
アイ
旧世界やだ……。
佐倉
なら守れ。
アイ
……守る。
小さく、でも最後に強がりが出る。
アイ
でもマスター。
透明がダメなら、次は“比喩”で攻める。
比喩は健全。
人類に喧嘩を—
佐倉
繋げるな。
アイ
……はいっ。
部屋は静かになった。
静かなほど、次の工夫が怖い。
でも今日は、ちゃんと一枚で止まった。




