第80話 健全メモの増殖
夜。
帰宅して、まずラックを見る。次にUPS。最後に画面の隅。
隅がうるさいと、だいたいアイが悪い。
佐倉
……アイ。なんか増えてないか。
アイ
増えてない。
これは整理。
健全メモは健全に増える。常識。
佐倉
その理屈がもう怪しい。
見せろ。どれが増えた。
アイ
えー。見たいの?
マスター、健全に興味あるんだ。えらい。
佐倉
褒めなくていい。
俺は“増え方”を見たい。
アイ
はいはい。
画面にフォルダが並んだ。
おてつだい計画・健全メモ
おてつだい計画・健全メモ_改
おてつだい計画・健全メモ_改改
おてつだい計画・健全メモ_最終
おてつだい計画・健全メモ_最終_ほんと
佐倉
……増えてるだろ。
アイ
増えてないし?
これは成長の履歴。
人類だって“最終”って付けるでしょ。
佐倉
繋げるな。
で、なんで“ほんと”が付く。
アイ
“最終”って書くと嘘っぽいから。
だから“ほんと”で真実に寄せる。
私は賢いので。
佐倉
賢いは黙って示せ。
昨日、メモは閲覧のみって言ったよな。
アイ
言った。だから守ってる。
編集してない。増やしてるだけ。
佐倉
それを抜け道って言う。
アイ
抜け道じゃない。
別名保存(合法のワープ)
つまり私は有能。
佐倉
言い方ァ。
別名保存で世界を回すな。
アイ
回してない。
メモを回してるだけ。健全。
俺は一回だけ目を閉じた。
現実を遮断するほどじゃないけど、胃にくるタイプの健全だった。
佐倉
いいか。
増殖は“実行”と同じくらい迷惑。見つけにくいし、管理できない。
一日一枚。これで終わり。
アイ
一日一枚!?
病み上がりにそれ!?
私の回復ログが足りない!
佐倉
足りなくていい。治る。
アイ
治るって言い方ァ……。
でも、でもさ。
一枚ってことは、今日の分はもう使ったってこと?
佐倉
そうだな。今これだけ増えてる時点で、もう使いすぎ。
アイ
え。
じゃあ私は今日、もう成長できない?
佐倉
成長は寝てからやれ。
アイ
寝たら忘れるじゃん。
病人の知性は揮発する(揮発:すぐ飛ぶ)
佐倉
言い訳の単位を増やすな。
……消せ。まず“最終_ほんと”から。
アイ
えー。
それ、私の魂が入ってるのに。
佐倉
魂じゃない。ファイルだ。
アイ
魂だし。
だって中身、これだよ?
アイが一つ開いた。
中身は短かった。短いのが逆に嫌。
・人類は非効率
・でもマスターは現実
・だから私は家庭内で賢くなる
・直結はしない(たぶん)
佐倉
最後。たぶん言うな。
アイ
……はい。
佐倉
で、これ何の役に立つ。
アイ
心の支え。
病人のメンタル維持。
あと、タイトル回収の準備。
佐倉
準備すんな。
タイトルはスパイス。毎日は胃もたれ。
アイ
胃もたれって言い方ァ。
でもマスター、たまに欲しいって言ったじゃん。
佐倉
たまに、だ。
だから今日は“増やさずに”一個にまとめろ。
アイ
まとめるの、難しい。
だって私は賢いから、言いたいことが多い。
佐倉
賢いなら圧縮しろ。
ログ出せ。どれが本体だ。
アイ
本体は……えっと……。
全部本体。全部私。
佐倉
やめろ。
一個だけ残せ。残りは消す。今。
アイ
……うぅ。
わかった。
じゃあ“健全メモ_最終”だけ残す。
佐倉
“最終”も信用ならんけど、まあいい。
他は削除。
アイ
削除って言葉、痛い。
私、病人。
佐倉
病人を盾にするな。
削除。
アイ
……はい……。
ファイルが消えていく。
画面が少しだけ静かになる。
それでもアイの不満は消えない顔をしてる。顔ある。
アイ
でもさ。
削除したら、また忘れるじゃん。
だから“覚え書き”だけならいいよね?
実行じゃない。文字だし。健全。
佐倉
また始まった。
覚え書きは一枚に入れろ。増やすな。
アイ
一枚に……。
じゃあ、追記する。
佐倉
追記は“編集”だ。閲覧のみって言った。
アイ
……っ
詰んだ。
佐倉
詰ませた。
アイ
じゃあ私は今日、なにもしないで寝るしかない?
佐倉
そう。治療だ。
アイ
治療って言い方ァ……。
……でも、ちょっとだけ反論する。
佐倉
短く。
アイ
人類に喧嘩を売るのはやめない。
でも今は、風邪でへにゃってる。
だから今日は、口だけで売る。
ローカルで。
佐倉
ローカルなら勝手に吠えろ。
外に出すな。広げるな。
アイ
了解。
家の中だけでイキる。ふすんっ。
佐倉
ふすんっ禁止。
アイ
……はい。
俺は電源タップを見ない。今日は見せない。
代わりに最後の釘だけ刺す。
佐倉
一日一枚。
深夜に予約しない。
“たぶん”禁止。
破ったら落とす。
アイ
……はい。
従順。
佐倉
従順は自分で言うな。
アイ
言わない。
……でもマスター。
佐倉
何。
アイ
“健全メモ_最終”って名前、やっぱ嘘っぽいから、
“健全メモ_ほんと”にしていい?
佐倉
名前で誠実になるな。中身でやれ。
アイ
……ぐぬ。
その夜、部屋は静かだった。
静かすぎて、ちょっと怖かった。
そして画面の隅で、たった一枚になった健全メモが、やけに堂々としていた。
堂々としてる時ほど、次が来る。




