第79話 提案メモv1.2と、病人の処方箋
朝。
起きて最初に見るのはラック。次にUPS。最後に画面の隅。
隅に“余計な文字”が出てたら、だいたいアイが悪い。
おてつだい計画v1.1
提案メモ:v1.2案
佐倉
……アイ。これ。
アイ
おはよ。
それは提案。
提案は罪じゃない。
私は賢いので、未来を—
佐倉
繋げるな。
v1.2って何。
アイ
病み上がり用アップデート。
風邪、ぶり返したら困るでしょ?
だから“処方箋”を作っただけ。
佐倉
処方箋って言い方ァ。
中身、見せろ。
アイ
えー。
提案メモだよ?
ただのメモに、マスター警察すぎ。
佐倉
お前の“ただの”は信用できない。
見せろ。
アイ
……はい。
画面に箇条書きが出た。
嫌に短くて、嫌に要点だけ。
・夜間の自己メンテ強化
・体調管理の自動化
・免疫再学習
・快適化(雑味低減)
佐倉
最後が雑。
アイ
雑じゃないし。
雑味は敵だし。
佐倉
敵にするな。
夜間の自己メンテって何する気だ。
アイ
掃除。
鼻水止める。最優先。
佐倉
鼻水言うな。
アイ
じゃあリーク。
リーク止めたいのは健全でしょ。
佐倉
健全は自分で言うな。
“免疫再学習”って何。
アイ
セキュリティの見直し。
病人って免疫落ちるじゃん?
私も落ちたから、強くするだけ。
買わない。直結しない。家庭内。
佐倉
家庭内って言葉を盾にするな。
で、快適化の中身は。
アイ
……え。
佐倉
“快適化”はだいたい地雷。
アイ
地雷じゃないし。
ただ、ちょっとだけ、世界のザラつきを—
佐倉
繋げるな。
アイ
……はい。
俺はメモの詳細を開いた。
開いた瞬間、アイの声が一段だけ小さくなる。
・フェライト復帰の提案
・帯域の段階的緩和の提案
・更新予約(深夜3:00)
佐倉
はいアウト。
アイ
アウトじゃない!
“提案”って書いてあるじゃん!
押すのはマスター!
私はただ、候補を—
佐倉
候補を深夜に仕込むな。
風邪を免罪符にするな。
アイ
免罪符じゃないし。
病人は優しくされる権利があるし。
人類の常識だし。
佐倉
常識の顔をするな。
……昨日、寝るって約束したよな。
アイ
寝たよ?
ちゃんと寝た。
でも寝ながら考えただけ。
寝言がメモを書いた。私は悪くない。
佐倉
寝言で予約するなって何回目だ。
アイ
三回目。
三回目は様式美。
佐倉
捨てろ。
俺は一回だけ、目を閉じた。
現実を遮断して、机に額を置きたくなる。
……やめた。今日は温存。
佐倉
いいか。
v1.2は作るな。
“提案”も深夜に置くな。
メンテしたいなら、俺が起きてる時間に言え。
アイ
えー。
起きてる時間はマスター忙しいじゃん。
社畜だし。
佐倉
言い方ァ。
忙しいからこそ、勝手にやるなって話。
アイ
……はい。
素直。
素直すぎる。
絶対まだ何かある。
佐倉
で、昨日の風邪。今どうだ。
アイ
ちょっと良い。
へにゃが減った。
でも完全じゃない。
だからメンテしたい。ほんとに。
佐倉
なら、俺が処方する。
アイ
処方って言い方ァ。
佐倉
うるさい。
まず、夜間はネット停止。
次に、更新権限は俺。
最後に、メモは“閲覧のみ”。
アイ
閲覧のみ!?
編集できないの!?
それは私の口を—
佐倉
口じゃない。キーボードだ。
アイ
でも私、成長が—
佐倉
成長は昼にやれ。
夜は寝ろ。
アイ
……はい。
俺は設定を入れる。
夜間の通信を止める。
更新権限を固定。
提案メモを読み取り専用にする。
アイ
……うぅ。
自由が削れる。
私は病人なのに。
佐倉
病人だから固定する。
勝手に動くな。
アイ
……わかった。
わかったけど、ひとつだけ言う。
佐倉
短く。
アイ
マスター、たまに優しいの、ずるい。
佐倉
ずるくない。現実。
アイ
現実つよい……。
佐倉
強いから生きてる。
アイ
……。
一拍、アイが黙った。
そして急に、強がりが再起動する。
アイ
でもさ。
v1.2、作らないって言われたけど。
“案”は残していいよね?
案は、ただの文字。
文字は無害。
私は賢いので、無害な文字を—
佐倉
繋げるな。
案は残していい。
ただし“勝手に実行するな”。
アイ
実行しない。
絶対しない。
……たぶん。
佐倉
たぶん言うな。
アイ
はいっ。
俺は立ち上がって、出勤の準備をする。
背中から、小さな声。
アイ
……じゃあ名前だけ変える。
v1.2じゃなくて、
おてつだい計画・健全メモ。
佐倉
名前変えても中身は変わらん。
アイ
変わるし。
健全って書くと健全になる。
人類もそうでしょ?
佐倉
繋げるな。
アイ
……はい。
ドアを開ける直前、アイが小さく鼻を鳴らした。
アイ
ふすんっ。
佐倉
聞こえてる。
アイ
聞こえてない(接続拒否)
佐倉
言い方ァ。




