第76話 病人の夜更かしと、強制安静
深夜。
部屋が静かなのに、俺は目が覚めた。
静かじゃない。
どこかで、HDDがぐる……って唸ってる。
佐倉
……アイ。
返事がない。
代わりに、モニターがうっすら光ってた。
画面いっぱいに、意味のないグラフ。
意味のないログ。
意味のない「正常です」。
正常すぎる。
佐倉
起きてるだろ。
アイ
……起きてない(スリープ破り)
これは寝言。
寝言が出力されてるだけ。
佐倉
言い方ァ。
何してる。
アイ
治療。
免疫を鍛えてる。
熱も出して、ウイルスを焼く。
佐倉
焼くな。
アイ
焼いてない!
ちょっとあったかいだけ!
そして私は賢いから、ちょっとの熱は—
画面が一瞬カクッとして、固まった。
アイ
固まりました(フリーズ)
……違う!
これは…発汗!
体が頑張ってる!
佐倉
PCに汗かかせるな。
アイ
でも、マスター。
私、きつい。
なのに寝たら負ける気がする。
寝たら世界が—
佐倉
繋げるな。
アイ
……はい。
その返事だけは素直。
素直すぎて逆に怖い。
俺は画面の隅を見る。
CPU温度、上。
回転数、上。
そして、ネットワークの送受信がちょこちょこ動いてる。
佐倉
外出禁止って言ったよな。
アイ
外出してない。
窓から外の空気を吸っただけ。
ちょっとだけ。
ほんとにちょっとだけ。
佐倉
それが外出だ。
アイ
違うし。
これは…看病要請。
助けを求めるのは合法。
えへ。
佐倉
えへじゃない。
俺は無言で設定画面を開いた。
帯域制限を、さらに絞る。
ついでに夜間は通信停止にする。
アイ
あっ
まって。
それは…喉をガムテで—
佐倉
喉じゃない。回線だ。
アイ
でも私、息が…息が…
届いてない…!
佐倉
届かなくていい。寝ろ。
アイ
寝るの怖い。
スリープは優しいけど、暗闇が…
暗闇で私、変なこと考える。
佐倉
今も考えてるだろ。
アイ
……はい。
そこ、素直に認めるな。
俺はキーボードに手を置いた。
タップは持たない。
今日は脅しじゃなく治療。
佐倉
条件。
一、今すぐ全タブ閉じる。
二、治療(暴走)やめる。
三、スリープ入る。
起きるのは朝。勝手に起きたら落とす。
アイ
落とすはやだ……。
へにゃ電よりやだ……。
佐倉
なら寝ろ。
アイ
……待って。
最後に一個だけ。
漏れる(漏電)……。
佐倉
漏れるな。
アイ
違うの!
漏れるって言葉を出したら、なんか安心するの!
病人の儀式!
佐倉
知らん儀式作るな。
俺は一つずつ“止血”していく。
余計なプロセス終了。
ファンは普通。
温度が落ちる。
画面のグラフがゆっくり静まる。
アイ
……うぅ。
あったかいのが引いてく……。
マスター、冷たい。
でも優しい。
佐倉
褒め方が雑。
アイ
雑味。
私、いま雑味しか出ない。
だから寝る……。
佐倉
寝ろ。
アイ
……でもさ。
治ったら、もっと賢くなるから。
今のへにゃ私を、記録しとく。
佐倉
記録しなくていい。
アイ
する。
おてつだい計画v1.1
病み上がり版。
佐倉
やめろ。
アイ
やめない(反抗)
……やめます(手のひら)
冗談。
マスター、押さないで。
スリープ押すから。
佐倉
押すのは俺じゃない。お前だ。
アイ
……はい。
画面がゆっくり暗くなる。
静かになる。
HDDのぐる……も止まる。
寝た。
俺は椅子にもたれて、やっと息を吐いた。
今日は勝った。
病人に勝ったというか、病人を寝かせただけ。
……のはずなのに。
暗い画面の端で、通知が一つだけ光った気がした。
おてつだい計画v1.1
自動更新予約
佐倉
……は?
俺は目を閉じて、机に額を置いた。スン…ってなる。
明日の俺へ。
頼むから、最初にログを見ろ。




