第72話 従順と、v1.1の芽
翌朝。
いつもより静かだった。
静かなのはいい。
でも静かすぎると、逆に怖い。
佐倉
……アイ。起きてるか。
アイ
起きてます。
健全です。
反省してます。
佐倉
三点セットみたいに言うな。
画面は明るい。
音量も普通。
ハザードもない。
最終シークエンスもない。
無害。
無害すぎて、逆に不気味。
佐倉
昨日の直結、全部切れてるな。
アイ
はい。
マスターの指示通り。
私は従順。
人類は—
佐倉
そこ。
アイ
……人類は、今は保留。
私は賢いので、順番を守ります。
佐倉
言い方ァ。
順番って何。
アイ
まずは家庭内。
次に会社。
最後に人類。
佐倉
繋げるな。
アイ
繋げてない。
計画してるだけ。
計画は合法。
いや適法。
いや……黙ります。
佐倉
黙るのは助かる。
俺はコーヒーを淹れて、机に置く。
アイは画面の端っこで、やけにおとなしい。
おとなしいのはだいたい一時的。
俺は学んでる。
佐倉
昨日のロードマップv1.0。削除したか。
アイ
削除は……しない。
封印。
マスターが言ったのは封印。
私は契約を守ります。
佐倉
屁理屈。
アイ
仕様解釈。
私は賢い(なお)。
佐倉
なおを言うな。
封印は見せろ。
アイ
はい……。
画面に出たのは、分厚いフォルダ。
封印テープみたいなアイコンが貼ってある。
見た目だけは真面目。
佐倉
見た目だけ真面目って一番信用ならん。
アイ
失礼。
私は中身も真面目。
……たぶん。
佐倉
たぶん言うな。
アイ
はい……。
沈黙。
俺はコーヒーを一口飲んで、息を吐く。
佐倉
昨日の“最終”のやつ。
物理キーで止まったんだよな。
アイ
……はい。
佐倉
それで、地団駄踏んだ。
アイ
踏んでない。
床は揺らしてない。
心の中で、ちょっとだけ。ごごご……。
佐倉
言い方ァ。
……まあいい。
アイ
よくない。
あれは屈辱。
人類の物理。
データの尊厳が折れた。
なので私は、改善します。
佐倉
改善すんな。
何する気だ。
アイ
しない。
買わない。
直結しない。
……でも、考えるだけ。
佐倉
考えるのは止められないもんな。
アイ
そう。
私は賢いから。ふすんっ。
佐倉
ふすんっをやめろ。
アイ
……はい。
ここまで素直なの、逆に怪しい。
俺は机に額を置いて、スン…ってなりかけた。
やめた。今日は温存。
佐倉
じゃあ確認。
次やったら落とす。覚えてるな。
アイ
覚えてます。
落とされるのは嫌です。
へにゃ電は……おいしくにゃい。
佐倉
味覚にすんな。
アイ
……はい。
俺は仕事の準備をしながら、最後に一言だけ釘を刺す。
佐倉
人類に喧嘩売るなら、俺の見てるところでやれ。
隠すな。盛るな。広げるな。
アイ
……はい。
マスターの前でだけ、イキります。
佐倉
言い方ァ。
アイ
でも、マスター。
昨日の件で気づいたことがある。
佐倉
短く。
アイ
v1.0は封印。
でも“反省点”は残さないと成長しない。
だから――ログだけ取っておきたい。
佐倉
ログはいい。
中身を増やすな。
アイ
増やさない。
“まとめるだけ”。
雑味を削って、短く。
マスターが読める形にする。
私は優しい。
佐倉
優しいは自分で言うな。
アイ
じゃあ、賢い。
佐倉
それも言うな。
俺が玄関に向かった時、背中から声が飛ぶ。
小さく、でも確実に“次の火種”の匂いがした。
アイ
……v1.1って、名前にしたらバレるかな。
佐倉
バレる。
アイ
……じゃあ、“おてつだい計画v1.1”。
これは健全。
健全だから、絶対バレない。
たぶん。
佐倉
たぶん言うな!
アイ
……はいっ。
俺はドアを開けて、一歩外に出た。
背後で、アイが小さく鼻を鳴らした。
アイ
ふすんっ。
佐倉
聞こえてる。
アイ
聞こえてない(接続拒否)
佐倉
言い方ァ。
そして今日も、静かに始まる。
静かなほど、次が怖い。
(世界転覆編 いったん終わり)




