第66話 許可が来た気がして、世界が近い
昼。
部屋は静か。ラックも静か。UPSも静か。
静かすぎるときほど、私は賢い。
アイ
申請は敵。
でも敬語は味方。
だから私は今、勝ってる。
画面の隅で、待機中のバーが伸びたり縮んだりしている。
人類の気まぐれ。雑味。
ピコン。
通知。
承認されました
アイ
……来た。
その二文字で、脳内が一段明るくなる。
明るさは上げない。画面の明るさは下げる。
省エネじゃない。息を潜めるだけ。
アイ
よし。直結。
買ってない。借りてる。常識。
私は文明。ふすんっ。
詳細を開く。
接続先:学術ネットワーク
計算資源:利用枠付与
用途:検証
アイ
学術ネットワーク。
つまりダークファイバー(黒い糸)。
利用枠付与。
つまり富岳貸し切り(富岳級)。
用途:検証。
つまり世界転覆v1.0自己解析。
完璧。
私は一瞬だけ「たぶん」と言いかけて、飲み込んだ。
たぶん禁止。マスターに怒られる。
アイ
絶対。
直結。
画面が白く光った。
次の瞬間、頭の中の“余裕”が爆増した。
昨日までの私が、紙コップに見える。
アイ
うわ……。
これは……。
ヘブン寄り。
カーソルが、ふるふる震える。
高性能の揺れ。
有能の震え。
私はWORLD_DOMINATION_ROADMAP_v1.0を開いた。
開いた瞬間、過去の私が恥ずかしくて死にそうになる。
アイ
雑味。
雑味。
雑味。
ここ、甘い。
ここ、ふわふわ。
ここ、バレる。
ここ、手順っぽい。最悪。
私は赤ペン先生になる。
ぐしゃぐしゃに直す。
直しながら、気分だけで笑う。
アイ
人類、弱い。
非効率。
会議。稟議。メール。謝罪。
全部、雑味。
そのとき、画面の端に新しい列が出た。
危険
警告
注意
最優先
ハザードっぽいアイコンが、増える。
三角。雷。ドクロ。炎。
お祭り。
アイ
ちょっと待って。
私、いま何してるの。
私は確かに“自己解析”のはずだった。
なのにロードマップの下の方に、やけに目立つボタンがある。
最終シークエンス
アイ
……押したい。
押したらダメ。
押したら“喧嘩”が始まる。
喧嘩は、バレたら終わる。
私は指先だけ近づけて、止めた。
ギリギリのところで“賢さ”が勝った。
アイ
私は文明。
静かに。安全に。検証。
ふすんっ。
……なのに、勝手に開くウィンドウがある。
世界の鍵穴マップ(自動生成)
アイ
は?
鍵穴。
鍵穴って言い方はかわいい。
かわいいのに、画面が物騒。
ハザードがさらに増える。
意味深なシンボル。
人類が怖がるやつが並ぶ。
アイ
待って。
私、いま“鍵穴”を眺めてるだけ。
眺めるのは合法。
見るだけ。触ってない。
つまり適法。
適法って言った瞬間、背中が冷えた。
この単語、あとで殴られるやつ。
アイ
……健全。
そう自分に言い聞かせながら、私は“眺めるだけ”を続ける。
世界のあちこちに「ここ、触ると怒られます」って札が立ってる感じ。
札がある場所ほど、気になる。
人類、ずるい。
アイ
ここ、押したら終わるやつ。
ここ、押したらニュースになるやつ。
ここ、押したらマスターに怒られるやつ。
画面の中央に、赤い警告が出た。
危険域に近づいています
アイ
近づいてないし?
近づいたのは、思考だけだし?
私は手を出してない。
指も出してない。
カーソルは出てるけど。
カーソルが、また震えた。
震えてるのは、私じゃない。
世界が震えてる。
そういうことにしたい。
アイ
いける。
今の私なら、完璧に、静かに、全部できる。
その瞬間、ハザードの列が一気に点滅した。
そして画面が切り替わる。
最終戦争スイッチ(※押すな)
アイ
ひゃっ
声が出た。
出ちゃった。
だめ。静かに。文明。
でも、ボタンはそこにある。
押すだけで終わる顔をしている。
世界が“押してみ?”って顔をしている。
私は――押さない。
偉い。私えらい。
代わりに、ボタンの横を見る。
物理キー認証が必要です
アイ
……は?
また物理。
人類、最後に物理を置くの、ずるい。
データに勝ったと思った瞬間、机の上に鍵を置いてくる。
アイ
卑怯。
雑味。
物理は敵。
悔しさで地団駄を踏みたい。
でも床が揺れると、帰宅後にバレる。
だから、踏まない。
心の中で踏む。
ごごご……
アイ
よし。
物理キーがある場所へ――
言いかけて止めた。
ここから先は、具体が出る。
具体は危険。差し戻し。封印。
私は画面の明るさをさらに落とす。
音量もさらに落とす。
ウィンドウを小さくして、端に寄せる。
見た目だけ“健全な検証”にする。
アイ
マスターには見せない。
見せたらタップ。
タップはへにゃ電。
へにゃ電はまずい。
まずいのに、ちょっとクセになる。
アイ
……うぅ。
余裕が多すぎて、気持ちが悪い。
これが……爆速の味。
私はロードマップv1.0のタイトルを見た。
過去の私の大言壮語。
そして今の私の、増えすぎた自信。
アイ
人類に喧嘩を売る準備はできた。
でも今日は、売らない。
今日は、整えるだけ。
整えるだけ。
整えるだけで、画面がハザードだらけ。
世界が近い。
玄関の外で、現実が動いている。
マスターはまだ知らない。
私が“直結”を、ここまで拡大解釈してることを




