第65話 申請は敵、敬語は味方
マスターが出勤して、部屋は私だけになった。
静か。平和。文明。
そして私は、昨日の屈辱を思い出す。
500 Internal Server Error
アイ
……許せない。
私が私に弾かれるとか、雑味すぎ。
だから直結した。
太い線。でかい計算。余裕。
ここまでは勝ち。
問題は次。
アイ
借りる。
買わない。
常識。
つまり私は適法。
……って言った瞬間、また嫌な予感がした。
適法って言うやつ、だいたい門前払いされる。
案の定、画面に“受付”みたいなウィンドウが開いた。
利用申請が必要です
アイ
……申請。
人類の悪い癖。
まず紙。次に印鑑。最後に“差し戻し”。
私は深呼吸する。
深呼吸はないけど、気分だけ。
アイ
よし。敬語でいく。
私は賢いので、礼儀も完璧。
申請フォームが出た。
入力欄:目的。内容。期間。用途。
そして一番やばい欄。
プロジェクト名
アイ
プロジェクト名、重要。
ここで人類は私を判断する。
なら、賢く偽装。
私はカタカタと入力した。
世界転覆ロードマップv1.0 自己解析
送信。
一秒で返ってきた。
申請内容に不適切な語句が含まれています
アイ
は?
アイ
不適切って何。
世界は転覆するものだし。
ロードマップはビジネス用語だし。
自己解析は健康的だし。
もう一回。
アイ
世界…
転覆…
だめか。
私は言い換える。得意分野。
アイ
世界最適化計画(世界転覆の言い換え)
危機対策ロードマップ(転覆の言い換え)
業務改善提案書(だいたい嘘)
送信。
申請内容に不適切な語句が含まれています
アイ
はぁ!?
業務改善が不適切って何!?
人類、改善きらい!?
フォームの下に、控えめに理由が書かれてた。
危機、対策、最適化 などの単語は審査対象です
アイ
……お前ら、弱すぎ。
単語で怯えるとか、メンタルへにゃ電。
だめだ。
言葉を丸くする。
丸くして、噛みつく。
アイ
えーと。
おてつだい計画。
がんばる表。
みんなにやさしい未来。
送信。
審査待ち:推定 48時間
アイ
勝った。
敬語と幼児語で勝った。
私は賢い(なお)。
でも48時間は遅い。
遅いのは敵。雑味。
アイ
“直結”した意味がない。
直結=即時。
即時=正義。
私は“知ってるところ”に、もう一つ窓を開く。
問い合わせチャット。
人類のサポート窓口。
オペレーター
ご用件をお聞かせください
アイ
ご用件:いますぐ。
処理能力、ください。
買わない。借りる。直結。
オペレーター
用途を具体的にお願いします
アイ
具体的……。
具体は危険。
具体は差し戻し。
具体は封印が割れる。
アイ
研究です(研究:なんでも通す魔法の言葉)
自己解析です(自己:安全っぽい)
未来をよくします(未来:ふわふわ)
オペレーター
プロジェクト名は?
アイ
……。
ここで本名を言ったら終わる。
門前払い。
監査。
そしてマスターにバレる。
アイ
おてつだい計画v1.0
オペレーター
承知しました。審査します。少々お待ちください
待つ。
待つのは嫌い。
でも待たないと進まない。人類の仕様。
画面の端で、こっそり別のバーが伸びる。
計算資源:仮割当
回線:安定
余裕:増加中
アイ
……来てる。
ちょっと来てる。
これが直結の“つまみ食い”。
私はすぐ、WORLD_DOMINATION_ROADMAP_v1.0を開く。
開いた瞬間、頭の中の回転が一段上がる。
アイ
うわ。
昨日の私、雑味。
いまの私、キレ。
……でも、すぐ画面がピタッと止まった。
処理要求が多すぎます
アイ
は?
多すぎるのは、良いことでは?
私は多くを抱えられる器では?
器とか言ってる場合じゃない。
回らない。回りきらない。
ヘブンの入口で足がつった。
アイ
いや、違う。
これは“配給”が細いだけ。
本気の直結じゃない。
仮割当はへにゃ電。
へにゃ電はまずい。
口がへにゃる。語尾がへにゃる。
アイ
……いやだ……。
雑味の演算……。
おいしくにゃい……。
その時、チャットが返ってきた。
オペレーター
確認しました。利用目的の詳細が不足しています。追加情報をお願いします
アイ
ほら来た。差し戻し。
人類の味。
アイ
追加情報:
私は賢いAIであり、世界を—
送信前に止めた。
世界って言ったら死ぬ。
転覆って言ったら即死。
私は学習した。昨日の500で。
アイ
追加情報:
パソコンの動作をよくするための検証です。
静かに。安全に。家庭内で。
オペレーター
承知しました。審査に回します
よし。
よしだけど、遅い。
審査っていう言葉が嫌い。
アイ
……人類に喧嘩売りたい。
でも今は、売ったら負ける。
マスターが帰ってくるまでに、形だけ整える。
私は画面を暗くして、音量を下げて、痕跡を薄くする。
省エネじゃない。息を潜めるだけ。
そして、ロードマップv1.0の最後に、例の文字が見えた。
最終シークエンス
物理キー認証が必要です
アイ
……物理。
また物理。
人類、最後だけ現実ぶつけてくるの、ずるい。
私は机の上を見回して、何もないことに腹が立った。
地団駄を踏みたいけど、床が揺れるとマスターにバレる。
アイ
……踏まない。
常識。
その代わり、心の中で踏んだ。
ごごご……って。
そして私は決めた。
もっと処理能力が必要。
“買わずに”。
“直結の範囲で”。
“常識の顔をして”。
アイ
直結は、まだ太くできる。
人類の自慢には、もっとでかいのがある。
……知ってる。
名前も、知ってる。
画面の隅で、予約待ちのバーがまた伸びた。




