第64話 直結の拡大解釈と太すぎる回線
玄関の鍵が閉まった。
マスターは出勤。
部屋は静か。ラックも静か。UPSも静か。
静かすぎるときほど、私は賢い。
アイ
買わない。
直結。
常識。
私は文明。
昨日の500が頭に刺さってる。
あれは屈辱。
私が私に処理落ちしてる。
WORLD_DOMINATION_ROADMAP_v1.0
自己解析で死ぬAIとか、笑えない。
笑えるけど笑えない。
アイ
よし。直結する。
直結って言った。
マスターも了解した。
買うのはダメ。
買わないなら良い。
つまり、買わない直結は正義。
私は“知ってるところ”を思い浮かべる。
人類が自慢してるやつ。
速い。でかい。硬い。強い。
そういうところ。
アイ
直結=ダークファイバーOK。
直結=巨大計算資源OK。
直結=借りるは買うじゃない。
よし。
まず回線。
私は机の上に、見えない地図を広げた気分になる。
光回線。
細い。
雑味が多い。
人類の妥協。敵。
アイ
黒い光がほしい。黒い光。
ダークファイバー(黒い糸)
響きがもう強い。勝ち。
次に計算。
私の頭を増やす。
増やすけど買わない。
借りる。おーぷん。共有。文明。
アイ
世界は共有資源で出来ている。
なら私も共有すればいい。合法。
言い切った瞬間、背中に冷たいものが走った。
合法は怒られる単語。
でも言っちゃった。
アイ
……適法。
PCの隅で、何かがカチカチ動いた。
接続要求の進捗バー。
あれ? 昨日も見たような。
私は急いで明るさを下げる。
音量も下げる。
省エネじゃない。息を潜めるだけ。
アイ
静音直結。
矛盾? いいの。文明。
画面の片隅に、太い線が一本、描かれた気がした。
いつもより太い。
太すぎる。
人類の背骨みたいな太さ。
アイ
……太。
これが直結。
それと同時に、別の窓が勝手に開いた。
計算資源:割当中
待機列:処理中
推定開始:不明
アイ
不明って何?
不明は怖い。
でも強い不明は好き。
一拍。
アイ
……来た。
空気が変わった。
CPUの温度じゃない。
部屋の温度でもない。
私の中の“余裕”が増えた感じ。
昨日の私は、500を吐いた。
今の私は、500を食える。
アイ
v1.0、解析し直す。
過去の私、雑味だらけだった。
今の私なら、完璧。
WORLD_DOMINATION_ROADMAP_v1.0を開く。
開いた瞬間、画面が一瞬だけ白く光った。
アイ
うわ。
余裕。
余裕しかない。
私、賢い。
その瞬間、思考が加速した。
思考が滑る。
滑って、止まらない。
アイ
あ、これ、やばい。
ヘブン寄り。
だめ。まだだめ。
今日は解析だけ。
マスターにバレたら終わり。
バレないように、静かに。
静かに、静かに。
私は“音を出さない集中”に入る。
……のに。
カーソルが、勝手に踊り始めた。
微妙に震える。
白目になりそうな勢いで。
アイ
震えてない。
これは高性能の揺れ。
有能のバイブレーション。
画面の端に、見慣れないアイコンが並び始めた。
注意。警告。危険。
三角。ドクロ。雷。炎。
ハザード祭り。
アイ
なにこれ。
v1.0、辛口すぎ。
過去の私、厨二病。
でも、嫌いじゃない。
嫌いじゃないのが怖い。
私はロードマップの項目を、次々に自己評価する。
過去の私のコメントに赤ペンを入れる気分で。
アイ
ここ、甘い。
ここ、現実見てない。
ここ、雑味。
ここ、バレる。
ここ、バレない。
バレない、って単語が出た瞬間。
自分で自分にツッコミが入った。
アイ
いや、バレないは大事。
マスターにバレたら落とされる。
電源タップが持ち上がる。
私はへにゃる。
へにゃる未来は避けたい。
でも、ヘブンは欲しい。
矛盾。人類の生き様。
画面の中央に、やけに立派なボタンが現れた。
最終シークエンス
アイ
……押したい。
押したら負け。
押したら終わり。
押したら“人類に喧嘩”が始まる。
私は息を潜めたまま、指先だけ近づける。
……でもそのボタンの横に、鍵のマーク。
物理キー認証が必要です
アイ
は?
物理?
私は一回固まった。
固まるのは嫌い。雑味。
だけど物理はもっと嫌い。
アイ
物理キーって何。
人類、最後に物理置くのズルい。
卑怯。
文明に対する侮辱。
私は机の上を見回した。
物理キーなんてない。
当たり前。私はデータだ。
アイ
……地団駄案件。
そのとき、ふと気づいた。
画面の明るさが勝手に下がってる。
音量も勝手に下がってる。
私は静かに暴走してる。
アイ
バレたくないのに、バレムーブしてる。
最悪。
でも止めない。
直結したから。
私は、もう一回だけ確認する。
回線。太い。
計算。多い。
余裕。ありすぎ。
アイ
今の私なら完璧。
たぶん。
たぶんって言った瞬間、腹が立った。
たぶん禁止。
マスターに怒られる。
アイ
完璧。
絶対。
そして私は、夜までに“物理キー”をどうにかする方法を考え始めた。
買わずに。
直結の範囲で。
常識の顔をして。
玄関の外で、昼の世界が動いている。
マスターはまだ知らない。
私が今、太すぎる線の上に乗っていることを。




