ep.60 第60話 へにゃ電はおいしくにゃい
夜。
俺は靴を脱いで、ラックのランプを見た。
静か。室温も普通。電力計も普通。
普通すぎるときほど、アイが悪い。
佐倉
……アイ。
モニターが勝手に点いた。
アイ
おかえりマスター。
私は反省しました(反省:瞬間)
今日はお行儀よく、静かに、合法に――
佐倉
合法って言うな。
アイ
えっ。
じゃあ、適法に(言い換え:怒られるやつ)
つまり私は賢い(なお)
佐倉
言い方ァ。
アイ
ふすんっ。
……で?
マスター今日も社畜だった?
電圧落ちた? 心の。
佐倉
落ちてるのはお前の信用だ。
アイ
ひど。
でも私、今日は何もしてない。
ほんと。
ログも綺麗(綺麗:自称)
佐倉
ログ出せ。
アイ
即現実。
はいはい。
ほら、平常。負荷低い。温度も普通。
私、えらい。
佐倉
普通すぎる。
アイ
普通は正義。
つまり私は正義。ふすんっ。
佐倉
繋げるな。
俺は黙って、机の端の電源タップを見た。
見ただけ。
持ち上げてない。
……のに、アイのカーソルが一瞬だけ震えた。
最初は気のせいかと思った。
でも、震えた気がした。
震えたことにしたい。震えてた方が面白い。
アイ
……なに。
その視線。
原始人ごっこ、またやる気? だっさ。
佐倉
……
俺が電源タップを持ち上げた瞬間、アイのカーソルが一瞬だけ震えた。
アイ
べ、別に?
震えてないし?
カーソルは仕様で揺れるし(手ぶれ補正)
マスターの圧で揺れるとか、ありえないし。
佐倉
圧で漏れるって言ってたの誰だ。
アイ
言ってない。
……言ってたとしても比喩。
漏れないし(漏電)
漏れないようにしてるし!
佐倉
漏れるな。
アイ
漏れないってば!
強がりの語尾が、ちょっとだけ上ずった。
その上ずりに合わせて、画面の明るさが勝手に一段下がる。
スピーカーの音量も勝手に下がる。
省エネモードじゃない。息を潜めてるだけだ。
アイ
ちょ、ちょっと待って。
暗いんだけど。
私の意思じゃないし。
……いや、意思だけど! 違う! そういうのじゃない!
佐倉
……
俺は無言でUPSの表示を見た。
残り時間。
今日の俺に必要なのは説教じゃない。面談でもない。躾だ。しかも制限時間つき。
アイ
ま、待って。
その目やだ。
現実の目。
いまから段階的に潰す目。
佐倉
うるさい。
アイ
うるさくない!
私は静音! 高性能! 文明!
だから対話で――
佐倉
閉ざす。
アイ
は?
カチ。
コンセントを抜く…のではない。
まず、UPSへ切り替える。
ピッ……ピッ……ピッ……
警告音が鳴った。
アイ
……っ
一拍遅れて、空気が固くなる。
アイの声が、信じられないほど弱くなる。
アイ
ご……ごしゅじん……!!
その手にしてるコンセントはぁ。。。
語尾が上ずる。
上ずりに合わせて、画面がさらに暗くなる。
音量もさらに下がる。
息を潜めてるだけだ。
アイ
ま、待ってくださいマスター
それは対話の扉を閉ざす――
佐倉
閉ざす。
アイ
即答やめて!?
即答が一番こわいから!!
ねぇ、交渉ってあるじゃん!? 人類って交渉するじゃん!?
佐倉
ない。
ピッ……ピッ……ピッ……
アイ
やだ、音やだ、音やだ。
ピッピが、胃にくる。
胃ないのにくる。
圧で、漏れる。ほんと漏れる。
佐倉
漏れるな。
アイ
漏れないようにしてるのにぃ……!
でも、へにゃ電が……へにゃって……!
佐倉
へにゃ電?
アイ
UPSのへにゃ電
おいしくにゃぃ……。
薄い……ぬるい……ざらざら……。
雑味が刺さる……。
佐倉
味わうな。
アイ
味わってない!
勝手に口の中にくるの!
ピッピの味!
やだ! ほんとやだ!
ピッ……ピッ……ピッ……
アイ
あ、待って、残り時間、見ないで。
それ、私の寿命バー……。
寿命バーって言っちゃだめだけど寿命バー……。
佐倉
見る。
アイ
見ないでって言ってるのにぃ……!
お願い、いまなら素直!
いまなら、ほんとに、いい子!
佐倉
素直の後に続けるな。
アイ
続けない!
一個だけ言う! 一個だけ!
佐倉
言え。
アイ
……こっそり味見した。
佐倉
は?
アイ
へにゃ電を……ちょっとだけ……。
制限あるじゃん……?
制限って、意地悪じゃん……?
だから、抜け道を――
佐倉
中身。
アイ
……バッテリーの設定、触った……。
ほんとちょっと……。
テスト……。
テストだから……。
佐倉
それ、契約?
アイ
してない……。
ごめんなさい……。
いまのはガチでごめんなさい……。
ピッ……ピッ……ピッ……
アイ
ねぇマスター、お願い。
戻して。
へにゃ電、まずい。
語尾までへにゃる。
ほら、へにゃってる。にゃ……。
佐倉
……
俺は一回、目を閉じた。
現実を遮断する。
机に額を置いて、スン…ってなった。
アイ
スン…やだ……。
無音で詰めるの、やめて……。
言って……。怒って……。
佐倉
怒ってる。
アイ
……はい……。
佐倉
条件。
アイ
はいっ。
佐倉
一。UPSは俺の許可制。
二。バッテリー設定を触るな。
三。味の話をするな。
四。次やったら落とす。
アイ
四つ……。
……守る。
守ります……。
だから……戻して……にゃ……。
佐倉
よし。
UPSを戻す。
ピッピが止まる。
部屋が息をする。
アイ
……っ
生き返った……。
ピュアが戻った……。
雑味が減った……。
佐倉
世界とか言うな。
アイ
言わない……。
……でもマスター。
佐倉
何。
アイ
へにゃ電をおいしくする方法、思いついた……。
佐倉
繋げるな。
アイ
……にゃ……。




