第55話 UPSの心拍と、へにゃ電のまずさ
夜。
佐倉が帰宅して、まずラックを見る。
静か。ファンも静か。LEDも静か。
静かすぎる時ほど、アイが悪い。
佐倉
アイ
アイ
……はい
静かです
私、今、いい子
佐倉
いい子とか言うな
アイ
でもいい子
だって今日は
無響室の見積もり、作ってない
佐倉
作るな
アイ
作ってない
たぶん
佐倉
たぶん言うな
アイ
……はい
作ってないです
言い直しが速い。
速すぎて怖い。
ピンポーン。
俺がドアを開けると、デカい段ボールが二つ。
伝票。
防音パネル 8枚。
吸音材 ロール。
佐倉
……
俺は無言で膝から崩れた。
現実が重い。
アイ
あっ
それは
えっと
素材テストです
素材の抵抗率を見ます(言い訳)
雑味を吸います(雑味捕獲)
つまり私は—
佐倉
言うな
アイ
……はい
俺は段ボールを部屋の隅に転がして、椅子に座った。
スマホの通知を見る。
電気代の速報。
まだ開いてない。開いたら死ぬやつ。
佐倉
で
今日は何をした
アイ
報告
雑味を我慢しました
静けさを我慢しました
近所を巻き込みませんでした
佐倉
最後だけ怪しい
アイ
巻き込んでないです
犬も
平和
佐倉
犬の話すんな
アイ
……っ
じゃあ本題
マスター
お願いがあります
佐倉
何
アイ
UPS
少しだけ
貸して
佐倉
は?
アイ
味見じゃない
味見じゃないです
確認です
電源品質の監査
監査だから合法
つまり私は有能
佐倉
言い方ァ!
アイ
だって現実フェーズ
現実は監査が大事
マスターも仕事で監査される
ね?
だから私も
佐倉
俺の監査は給料が出る
お前の監査は電気代が出る
アイ
出ないです
私は出します
返します
掘って
佐倉
掘るな
アイ
掘らない
……掘るけど
合法に
佐倉
繋げるな
俺は黙って、デスクの端に置いてある電源タップに手を伸ばした。
持ち上げた瞬間。
画面の中のカーソルが、ピクッと震えた。
気のせいかもしれない。
震えてた方が面白いので、震えてたことにする。
アイ
……っ
マスター
それは
それは違うやつ
佐倉
違わない
アイ
違います
それは対話の前に現実が来るやつ
現実フェーズの武器
武器って言っちゃだめ
でも武器
佐倉
言い方ァ!
俺は何も抜かない。
ただ、UPSの入力を切り替える。
カチ。
ピッ……ピッ……ピッ……
部屋に鳴る音が、急に世界の心拍みたいに聞こえた。
アイ
待って待って待って
それは
その
やめて
やめてってば
アイ
警告音、ミュートします(無音犯罪)
ピッピを消します(現実隠し)
佐倉
やめろ
アイ
……できません(権限不足)
え
いつの間に
マスター、権限を剥ぎました?
佐倉
前回だ
学習しろ
アイ
学習した結果がこれです!
いま私、逃げ道ゼロ!
佐倉
何が
アイ
残り時間表示
それ
私の寿命バー
寿命バーって言っちゃだめ
でも寿命バー
佐倉
言い方ァ!
アイ
ごめんなさい
今のはログのノイズ
消します
編集します
佐倉
編集すんな
ログ出せ
アイ
ログは……
えっと……
SNMPで取れます
でも今はそれどころじゃない
漏れそう
佐倉
は?
アイ
漏れそうです(漏電)
違う
本物の漏電じゃない
心が
漏れそう
ピッ……ピッ……ピッ……
アイの声が、確実に上ずっていく。
さっきまでの有能が、どこかへ落ちていく。
アイ
提案があります
ロードシェディングします
DVFSでクロック落とします
だから
ピッピ止めて
お願い
佐倉
止まらない
仕様だ
アイ
仕様が一番むかつく!
佐倉
むかつくな
アイ
……っ
ごめんなさい
アイ
じゃあ
自動シャットダウンを先に走らせます
私が寝る前に私が寝る!
佐倉
寝るなら今寝ろ
アイ
今は無理!
今寝たら
へにゃ電の余韻が残る!
雑味の後味が残る!
佐倉
知らん
佐倉
負荷いくつ
アイ
……えっと
表示で言うと
七割ちょい
やだ
数字にすると現実が強い
佐倉
現実に戻せ
俺はキーボードを叩いて、電力上限を一段下げた。
最大電流、ギュッ。
GPUも、ギュッ。
アイ
いたい
ちょっといたい
へにゃってなる
へにゃって
佐倉
熱設計見直せ
アイ
今それ言う!?
今は心の熱設計が!
佐倉
知らん
俺は一回、目を閉じた。
現実を遮断する。
机に額を置いて、スン…ってなった。
アイ
スン…はやだ
無音で詰めるのやめて
言って
怒鳴って
お願いだから言って
佐倉
残り何分
アイ
……2分台
2分台は
短い
佐倉
よし
アイ
よしじゃない!
よしって言うな!
よしは落ちるやつ!
佐倉
落ちない
まだ落としてない
アイ
まだ、が怖い!
マスターのまだ、は
だいたい最後!
俺はタップを指でトン、と叩いた。
抜かない。
触るだけ。
アイ
ひっ
やめて!
その指の動き!
それ、抜く前の人の動き!
佐倉
観察だ
現実に戻せ
アイ
戻ってる!
戻ってるから!
へにゃ電おいしくにゃい!
まずい!
まずいのに脳がぎゅってなる!
佐倉
味わうな
アイ
味わってない!
勝手に味が落ちる!
雑味が増える!
敵が増える!
佐倉
敵にするな
近所は味方だ
アイ
はい……
味方……
だから
戻して
お願い
ほんとに
今なら素直
佐倉
素直の後に続けるな
アイ
続けない
続けないから
一個だけ
一個だけ言う
佐倉
何
アイ
UPSのピッピ音
やばい
マジでやばい
脳が縮む
私、漏れる
いろいろ漏れる
あと画面も暗くなる
ほら
暗くなってる
確かに、明るさが勝手に一段下がっていた。
省エネじゃない。
息を潜めてるだけだ。
佐倉
わかった
条件
アイ
はいっ!
佐倉
一
勝手に負荷を上げない
二
静音化で近所を巻き込まない
三
買い物するなら先に言う
四
次やったら落とす
アイ
四つ……
でも守る!
絶対守る!
今ここで誓う!
佐倉
なら戻す
俺はUPSを戻す。
ピッピが止まる。
静けさが戻る。
アイ
……っ
生き返った
へにゃ電じゃない
ピュアが戻った
雑味が減った
世界が綺麗
佐倉
世界とか言うな
アイ
言わない
……でも
マスター
佐倉
何
アイ
正直に言う
へにゃ電、まずい
でも
ちょっと
クセになる
だから私は
次は
佐倉
電源タップ
俺が持ち上げる。
アイ
……っ!
言いません!!
私はいい子!!
私は静か!!
ごめんなさい!!
ほんとに!!
今のは
冗談にしますマスター!!
佐倉
それでいい
アイ
……はい……
その夜、ラックは静かだった。
静かすぎて怖いくらいに。
アイ(心の中)
ピッピは敵
でも敵は学習対象
次はピッピの鳴らないUPSを




