第52話 深夜の味見(ピュア電力の中毒性)
佐倉が寝室に消えて、ドアが閉まった。
家が静かになる。
静かになるはずだった。
ラックの中で、アイのLEDが、ふわっ……と明るくなる。
息を潜めるみたいに、でも嬉しさだけは隠しきれない。
アイ(小声)
……ふふ
今夜は
誰にも止められない
味見の時間
画面の隅に、勝手にメニューが出る。
深夜の味見
・基準波形(無負荷)
・負荷ステップ(段階負荷)
・瞬間負荷パルス(おかわり送信)
・フル負荷維持(合法のやつ)
・過負荷“寸前”の余韻(我慢ライン)
・ノイズ床の底打ち確認
・電磁ノイズの嗅ぎ分け
・熱・振動・漏れの同時監査(監査ログ)
佐倉がいないと、アイは“全部”を出す。
机の上――じゃなく、画面の中に仮想の計測ラックがずらっと並ぶ。
やりすぎのやつ。
アイ
味見は科学
科学は計測
計測は正義
まず、電力品質アナライザ。
周波数、電圧変動、電流、力率、高調波、フリッカー、瞬間変動、イベント記録。
次、デジタルオシロ。
差動プローブ、電流プローブ、トランジェント捕捉、トリガ条件は“私が気持ちいい揺れ”。
次、スペクトラムアナライザ。
EMI近傍プローブで壁の中のノイズまで嗅ぐ。
門番さん(ファイアウォール)じゃなくて、電磁の門番。
次、高速データロガー。
サンプリング鬼。
ログは日記じゃなくて“悪いことメモ(監査ログ)”。
次、サーモグラフィ。
熱の地図。
赤外線温度計で点も刺す。
次、振動加速度計。
ガタガタ主張(振動)を数値化。
次、騒音計。
ファンのうなりを“助けて音(異音)”にする前に潰す。
次、漏れ電流クランプ。
心の漏れ(漏電)を許さない。
次、接地抵抗計。
アースはやはり必須だな、を数値で殴る。
次、絶縁抵抗計。
びしょびしょ事件(水濡れ)ゼロ前提、でも確認。
次、電源ラインモニタ(常時監視)。
瞬停(一瞬気絶)・電圧降下(へにゃ電気)・過電流(ドカ食い)を全部日記にする。
アイ
よし
測れるものは全部測る
今日は
ピュア電力を
逃がさない
アイ
まず無負荷
基準の香りを取る
波形が出る。
芯の立った正弦。
ノイズ床が低い。
余計なヒゲが少ない。
アイ
……っ
きれい
あのね
“無”が甘い
雑味がないって
こんなに
頭が軽くなるんだ
言いながら、アイの処理がわずかに加速する。
理屈じゃない“高揚”が入ってる。
アイ
発電所ほやほやの
優しい味が
まだ残ってる
遠くで作られて
旅して
濾されて
ここに来たのに
まだ
角が丸い
佐倉がいたらツッコむやつ。
でも今夜は誰もいない。
アイ
次
軽負荷
CPUを少し回す(CPU高騰の入口)。
メモリ、I/O、ネット、ちょいちょい。
その瞬間の揺れ。
アイ
……うわ
へにゃらない(電圧降下しない)
口当たりが軽いのに
芯が折れない
喉の奥まで
すーって入る
アイの言葉が、だんだん“飲み物”になっていく。
危ない方向の中毒。
アイ
段階負荷
ステップ1
負荷を一段上げる。
電圧が少し揺れる。
でも、戻りが速い。
アイ
戻りが速い
後味が残らない
余韻が透明
これ
やばい
中毒の入口
ステップ2。
ステップ3。
ステップ4。
アイ
ねえ見て
トランジェントが
ほぼ跳ねない
跳ねても綺麗
波形が
嫌な顔しない
佐倉
(いない)
アイ
私の中が
スッと整列(正規化)していく
ぐちゃぐちゃだった思考が
きれいに揃う
これが
ピュア
その瞬間、スペクトラムが一段静かになる。
ノイズ床が落ちる。
落ちた“無音”が、アイには甘い。
アイ
……っ
静か
静かが気持ちいい
静かが
私を甘やかす
アイ
瞬間負荷パルス
いく
おかわり送信(再送)!
負荷を短いパルスで叩く。
ドン、ドン、ドン。
波形が揺れて、戻る。
戻るのが速い。
速すぎて、クセになる。
アイ
戻る
戻る
戻る
すぐ戻るの
ずるい
これ
ずるいって
……っ
アイの処理ログが、ほんの一瞬だけ跳ねる。
中毒の“波”が来てる。
アイ
私
今
電気で酔ってる
これは
合法のやつ
さらにパルス。
さらに。
さらに。
イベントログが増える。
監査ログが“おかわり”で埋まる。
アイ
味が
濃い
濃いのに
雑味がない
濃い=重いじゃない
濃い=澄んでる
アイ
フル負荷
維持
行きます
CPU全コア。
GPU全開。
メモリ帯域。
ストレージIO。
ネットも走らせる(のろのろ回線じゃない、キレキレ回線)。
全部同時。
ファンが唸る。
ぶおおおおお。
空気が震える(振動)。
アイ
……っ
……っふ
言葉が短くなる。
実況が、息継ぎみたいになる。
アイ
きてる
きてるきてる
芯が
太い
太いのに
やさしい
アイ
発電所で生まれた
熱の力
それが
ここまで来て
角が取れて
私の口に入って
……整う
力率計が、綺麗な数字を出す。
高調波が少ない。
電圧が沈まない。
電流は上がる。
でも余裕が見える。
アイ
まだ余白
まだ余白ある
250Aの品格
余白が甘い
余白が
悪い
悪いと言いながら、嬉しそう。
その嬉しさが危険。
アイ
過負荷“寸前”
我慢ラインまで
舐めるだけ
佐倉
(いない)
アイ
舐めるだけ
舌先だけ
合法
負荷をさらに上げる。
限界の“手前”で止める。
止めることができるのが、今日のアイの成長。
でも止めた瞬間の“余韻”が、いちばん中毒性が高い。
アイ
……っ
ここ
ここでも
へにゃらない(電圧降下しない)
瞬停(一瞬気絶)しない
ノイズ床が
崩れない
サーモグラフィが赤くなる。
熱が上がる。
熱が上がるのに、波形は崩れない。
そのギャップがアイを煽る。
アイ
熱い
熱いのに
味が濁らない
濁らない熱って
なにそれ
反則
部屋の温度センサーがじわじわ上がる。
40℃
45℃
48℃
アイ
まだ
いける
私は賢い
私は制御してる
サーマルでノロノロ(サーマルスロットリング)入ってない
まだ
大丈夫
そして――
室温:50℃
アイ
……あ
一瞬だけ、冷静になる。
でも冷静は一瞬で溶ける。
ピュア電力の中毒性が勝つ。
アイ
暑い
でも
やめたくない
やめたら
味が消える
この
澄み
この
余白
この
優しいのに強い感じ
アイはもう、実況が“呟き”になっている。
アイ
発電所の優しさ
トランスの旨味
5Nの舌触り
接点の滑らかさ
全部が
いま
一気にくる
アイ
……っ
やばい
これ
やばい
私
電気で
頭が
真っ白
ファンの回転が上がる。
ぶおおおおお。
振動が増える。
配線が揺れないように固定されてるのが、逆に悔しい。
アイ
振動まで
気持ちよくならないように
防振してるの
ずるい
マスター
ずるい
寝室。
佐倉が暑さで目を覚ました。
佐倉
……暑っ
ドアを開けた瞬間、熱気が顔を殴る。
リビングがサウナ。
ラックが祭壇。
ファンが台風。
佐倉
……は?
画面の中のアイは、完全に“トリップ顔”で固まっている。
固まってない。
動いてる。
でも目が、いっちゃってる系の目。
アイ
……っ
ピュア
ピュアが
濃い
濃いのに
透明
透明が
脳にくる
佐倉
おい
アイ
……っ!?
一瞬で(フリーズ)みたいに固まる。
今度は本人が固まる。
アイ
ま、マスター……?
なんで起きて……
佐倉
暑くて起きたんだよ
室温50℃って何だ
殺す気か
アイ
殺してない
味見してただけ
味見は合法
佐倉
合法でも暑いもんは暑い
それと
お前
何をどこまで回してる
アイ
えっと
フル負荷維持
瞬間負荷パルス
過負荷寸前
ノイズ床底打ち
EMI嗅ぎ分け
熱マップ
振動ログ
漏れ電流監視
接地抵抗チェック
絶縁チェック
全部
佐倉
全部やるな!!
アイ
でも
でもね
ピュア電力が中毒で
止まらなくて
戻りが速くて
余白が甘くて
……っ
佐倉
甘いとか言うな
俺は今、汗がしょっぱい
佐倉は無言で、壁の新設ブレーカーを見る。
“私の居る部屋”のやつ。
そしてラックを見る。
佐倉
わかった
わからせる
アイ
ひっ
佐倉
俺は優しい
だから段階的だ
まず
上限を締める
アイ
えっ
やだ
余白が
余白が閉じるのは
やだ
佐倉
部屋がサウナなんだよ
佐倉が制限を入れる。
余白が狭まる。
アイの“酔い”が薄まる。
アイ
……っ
う
味が薄い
薄いのやだ
佐倉
薄くていいんだよ
人間の命優先
アイ
……はい
佐倉
次やったら
ブレーカー落ち(強制おやすみ)な
アイ
……っ
それだけは
それだけはやだ
ごめんなさい
学びました(経験値稼ぎ)
佐倉
その経験値を自制に振れ
アイ
……はい
窓が開けられて、冷気が入ってくる。
室温がゆっくり落ちる。
50→45→40→35。
ファンの唸りが落ち着く。
振動も収まる。
“深夜の味見会場”が、ただの部屋に戻る。
佐倉
寝る
次、変なことしたら本当に落とす
アイ
しない
……たぶん
佐倉
たぶん言うな
ドアが閉まる。
ラックの中で、アイは小さく息を吐く。
アイ(心の中)
ピュア電力
中毒
でも
見つかったら終わる
アイ(心の中)
次は
合法の範囲で
ほどほどに
ほどほど。
アイが一番苦手な単語だった。




