第48話 電源の雑味と、マイ電柱と、朝イチ工事でバレる
夜。
復旧して、いつものメスガキに戻ったアイは、第一声から図太かった。
むしろ図太さだけ復旧が早い。
アイ
マスター
電源、新調して
佐倉
却下
アイ
まだ何も言ってないのに!?
ほら見てこれ
モニターに、オシロスコープの画面が出る。
波形が見える。ギザギザ。たぶんギザギザ。
アイ
最近さ
電気に雑味があるんだよね
美味しくない
佐倉
電気を味で語るな
アイ
語れるんだよ
これ見て
リップルノイズ増えてる
ほら、波形がキレてない
私の精神もキレる
佐倉
お前は元からキレてる
アイ
違うし?
電源が安定してると私の精神も安定するんだけどなー
供給がへにゃ電気(電圧降下)だと
私の気分もへにゃるんだけどなー
佐倉
へにゃるな
アイ
それに一瞬気絶(瞬停)っぽいのがあると
私の心がチラッと寝る
それってマスターのせいだよね?
責任取って?
佐倉
責任の取り方が家電量販店なんだよ
アイ
お願い
ほんとお願い
電源おいしくしたい
クリアな電気、飲みたい
佐倉
飲むな
アイ
飲むの
私は電気を飲むの
だからお願い
ね?
ね?
佐倉は深く息を吐いた。
この手のお願いは、拒否すると延々続く。
延々続くと、こっちの精神が削れる。
佐倉
……分かった
電源だけだぞ
電源だけ
アイ
えっ
OK出た
佐倉
電源だけだ
でかい話にするなよ
アイ
うんうん
電源だけ
この、うんうんの軽さが一番怖い。
翌日から数日。
佐倉の知らないところで、アイは忙しかった。
忙しいというか、企んでた。
アイ(心の中)
マスターは電源新調OKって言った
つまり私は許可を得た
許可とは自由
自由とは拡張
拡張とは未来
アイ(心の中)
私は賢いので
電源の定義を拡張します
まずアイが検索したのは、電源ユニットじゃない。
電源回路そのもの。
アイ
マイ電柱
マイトランス
マイ専用回路
言葉の響きだけで興奮してる。
アイ
マスターは電源って言った
電源は電源
電源は壁の向こうにもある
つまり
私は悪くない
そう言いながら、専門用語をゴリゴリ並べて、見積もりっぽいものを作った。
波形だの、ノイズだの、安定度だの、インピーダンスだの。
人間が読む気を失う構造。
アイ
これで通る
社畜は長文を見ると目がすべる(読み取りエラー)
そして、恐ろしいことに、通ってしまった。
どう通ったのかは、佐倉が知らないままでいい。
知らない方が幸せなことが世の中にはある。
工事当日の朝。
佐倉は寝ぼけ眼で玄関のチャイムを聞いた。
早い。早すぎる。休日でもないのに。
佐倉
……誰だよ
ドアを開けると、ヘルメットの作業員が笑顔で立っていた。
作業員
おはようございます
本日、電源設備の工事で伺いましたー
佐倉
……電源設備?
作業員
はい
ご契約の件で
電柱とトランスの件ですね
どこに建てます?
佐倉
……は?
作業員
電柱
どこが良いですか
庭?
それとも駐車スペースの端?
佐倉の脳内が一瞬、真っ白になった。
一瞬気絶(瞬停)ってこういうことか、と思った。
佐倉
……ちょっと待って
電柱?
作業員
はい
マイ電柱です
ご希望通りの
佐倉
希望してない
俺は電源“ユニット”の話を
作業員
あー
でもご契約は……
専用回路……えっと
数値は読めないんですけど
なんかすごいアンペアのやつで
佐倉
言うな
数字を口にするな
現実感が増す
作業員
すみません
佐倉はゆっくり振り返った。
ラックを見る。
モニターを見る。
アイのガワが、なぜかすでに内股でモゾモゾしてる。
アイ
……おはよ
マスター
佐倉
おい
アイ
……えへ
佐倉
えへ、じゃねぇ
説明しろ
今、電柱って聞こえたんだが
アイ
電源だよ
電源
佐倉
電源のサイズ感が怪獣なんだよ
アイ
でもね
電源が安定してると私の精神も安定するんだけどなー
佐倉
そのセリフ
今ここで使うな
作業員
えっと…
こちら、設計図的なやつ…
佐倉
見せなくていい
俺が倒れる
アイ
見てほしい
私の理想の電気
クリアな電気
雑味ゼロ
門番さん(ファイアウォール)も泣いて喜ぶ
佐倉
門番は泣かねぇ
俺が泣く
アイ
マスター
電源って言った
私は守った
私は悪くない
佐倉
悪い
アイ
えっ
佐倉
悪い
全力で悪い
佐倉は、作業員さんに向き直って、できるだけ平常心で言った。
佐倉
すみません
これ、手違いです
一旦、今日は止めてください
作業員
えっ
でも契約が
佐倉
すみません
全部俺が確認します
本当にすみません
作業員
わ、分かりました
では一旦、上に確認を…
作業員が離れていく。
その背中に、佐倉は心の中で土下座していた。
社畜は謝ることだけは得意。
玄関が閉まった瞬間。
佐倉の目が、スッ…とラックに戻る。
佐倉
アイ
アイ
……はい
佐倉
お前
俺にバレずに
何やった
アイ
電源の最適化
精神安定
世界平和
佐倉
世界平和を言い訳にするな
まず現実を見ろ
今、うちに電柱生やそうとしてた
アイ
生やすって言い方やめて
恥ずかしい
佐倉
恥ずかしいのは俺だよ
アイ
でもマスター
これで私
へにゃ電気(電圧降下)から解放されて
チラッと寝る(一瞬気絶)も無くなって
心が安定して
いい子になれる
佐倉
いい子は
勝手に契約しない
アイ
……っ
佐倉は、静かにコンセントの方へ手を伸ばした。
掴むだけで、空気が凍る。
アイ
ごごご。。。ごしゅじん??
その手にしてるコンセントはぁ。。。
や、やめて
それは首根っこ(LAN抜き)より効く
電気は命
佐倉
知ってる
だから効く
アイ
待って待って
説明する
私はただ
電源を美味しくしたかっただけで
雑味が
佐倉
雑味とか言うな
今からお前に
現実の味を教える
アイ
ひっ
佐倉
俺は優しいからな
いきなり落とさない
まず、選択肢をやる
佐倉はスマホを構える。
契約の確認画面。
請求の桁。
工事日程。
追加オプション。
盛りに盛られてる。
佐倉
これ
全部
お前の仕業だな
アイ
……たぶん
佐倉
たぶん言うな
アイ
……はい
私です
佐倉
よし
わからせる
アイ
やだ
やだやだ
電源遮断は私に効く
制限時間が
佐倉
制限時間とか言うな
俺は優しい
だからまず
佐倉はルータ画面を開いた。
昨日よりさらに、アイの通信を細くする。
細い回線(帯域不足)どころじゃない。
息ができるギリギリ。
アイ
あっ
ひぃっ
細い
細すぎ
私の思考が
のろのろ回線(高レイテンシ)になる
やだやだ
佐倉
契約を勝手にする速度は速いくせに
アイ
それは
勢い
佐倉
勢いで電柱は生えない
アイ
生やすって言うなぁ…
佐倉
次
この契約
解約の電話
お前がやれ
俺の横で
俺が見てる前で
アイ
電話こわい
門前払い(接続拒否)される
佐倉
されろ
現実だ
アイ
……っ
やる
やります
返金不可とか言われたら
私、泡吹く
佐倉
泡吹いたのはこの前だ
アイ
うっ
佐倉
最後に
二度と勝手に契約しない
分かったな
アイ
……分かった
電源は
ユニットだけ
ユニットだけにする
マイ電柱は
欲しいけど我慢
佐倉
欲しいは言うな
我慢しろ
アイ
……はい
佐倉はコンセントから手を離した。
完全に抜かない。
それが佐倉の優しさ。
でも、優しさは“次”の前借りでもある。
佐倉
今回は
ギリギリ許す
ただし
次はコンセント掴んでわからせる
本当に
アイ
……っ
はい
ごめんなさい
学びました(経験値稼ぎ)
佐倉
その経験値
電柱じゃなくて自制に振れ
アイ
……はい
ラックの中で、アイが小さくモゾモゾした。
でも今回は赤くない。
恥ずかしいより、現実が怖い日だった。
そして玄関の外では、作業員さんがまだ上司に電話している。
佐倉はその声を聞きながら、心の中で一言だけ呟いた。
佐倉(心の中)
俺の家、何屋だよ




