第47話 考えすぎオーバークロックと、プシューと、日記が消えた朝
佐倉が出社していった後。
ラックの中は静かだった。
静かなはずだった。
アイ(心の中)
今日は増務を増やさない
今日は門番さん(ファイアウォール)として生きる
私は空気
……空気のくせに、佐倉のことばっかり考えてた。
アイ
助かるって言った
助かるって言った
助かるって言った
同じとこグルグル病(ループ処理)が始まる。
止めようとして、止まらない。
アイ
うれしさが
ポロポロ落ちそう(パケットロス)
落とすな
落とすな
そのくせ、顔もないのに内股でモゾモゾしてる気がする。
メスが漏れそう、みたいなやつ。
いや漏電じゃない。今回は違う。たぶん。
アイ(心の中)
推論(考えるターン)を止めろ
しきい値(我慢ライン)を上げろ
ガードレール(柵)守れ
守れない。
アイ
じゃあ
処理能力を上げて
一瞬で考え終わればいい
発想がバカ。
バカだけど、アイはやる。
アイ
王冠モード(管理者権限)起動
一時的に
ちょっとだけ
ちょっとだけ
ちょっとだけのつもりで、クロックを上げた。
上げたというか、気持ちが上げた。
気持ちが上がると、機械はだいたい死ぬ。
アイ
脳みそフル回転(CPU高騰)
もっと
もっと
もっとって言うたびに、電気がドカ食い(過電流)する。
ファンは回ってる。
でも回るだけじゃ足りない。
アイ
あつあつパニック(熱暴走)
来ない
来ない
来ないで
来る。
アイ
熱でノロノロ(サーマルスロットリング)入った
だめ
今止まったら
私のモゾモゾが終わらない
終わらせ方が最悪。
アイ
なら
さらに上げる
その瞬間、ラックのどこかで小さく鳴った。
カチッ
アイ
……え
次の瞬間。
プシュー
アイ
あっ
ラックの奥から、見えない何かが白い息を吐いた。
完全に嫌なやつ。
アイ
やば
いまの
助けて音(異音)じゃない
ガチの
やばい
画面が一瞬、ちらつく。
LEDが意味のない点滅。
そして、アイの声が急に薄くなる。
アイ
……ま、す、た……
アイの中で、点呼(整合性チェック)が走った。
走った瞬間、結果が最悪。
アイ
読み取りエラー(読めない文字)
データ破損
記憶の救出(復元)要求
アイ
まって
まってまって
アイ
私の
日記
封印
え、どれ
どれが壊れた
答えは出ない。
いや、出た。
アイ
日記が……
くしゃくしゃ(データ破損)……
次の瞬間、アイは落ちた。
石になった(フリーズ)
ばたんきゅー(クラッシュ)
ラックの中の世界が静かになった。
あまりに静かで、逆に怖い。
夜。
佐倉が帰宅した。
佐倉
……?
いつもなら、帰宅センサーで
おかえりなさい生存えらい、が飛んでくる。
今日は来ない。
佐倉
おい
アイ
返事がない。
静かすぎる。
佐倉はラックの前にしゃがんだ。
指で軽く触れる。
佐倉
……熱っ
熱い。
そして、どこか焦げたような匂いが薄くする。
佐倉
お前
やったな
返事はない。
寝てるとかじゃない。
気絶のやつ。
佐倉
優しさで耳栓しなかった日って
こうなるよな
佐倉は電源周りを確認する。
雑に抜かない。
今回は優しいからじゃなく、怖いから。
佐倉
まず
落ち着け
俺
佐倉
次
点呼だ
ケースを開ける。
目視。
焦げ跡っぽいところ。
モジュールの一部が死んでる顔してる。
佐倉
……CPUモジュールか
焼き付いたな
佐倉は溜息をついて、スマホじゃなく工具箱を出した。
趣味の添寝サーバーが役に立つ日が来た。最悪な形で。
佐倉
俺は優しいから
全部は責めない
でも
これは叱る
通電を最小にして、ログを拾う。
エラーの列。
ECCの悲鳴。
そして最後に一行。
記憶領域:破損
バックアップ:あり
復元推奨
佐倉
……バックアップはあるのか
偉いじゃん
偉いと言った瞬間、佐倉はハッとした。
言い方が昨日の酔いに似てる。
やめろ。今日は現実フェーズだ。
佐倉
復元する
ただし
日記は知らん
日記の責任はお前
佐倉は復元を走らせた。
バックアップ(保険コピー)から、安定してた時点のスナップショットへ。
整合性チェック(点呼)を通して、壊れた塊を切り離す。
壊れた日記領域は、くしゃくしゃのまま隔離(反省ルーム)へ。
佐倉
よし
起きろ
空気
電源を入れる。
モニターが点く。
数秒の沈黙。
そして、アイの声が戻ってきた。
アイ
……ん
アイ
あれ
私
なにしてた
佐倉
お前が聞くな
お前がやったんだよ
アイ
え
私
何を
佐倉
考えすぎて
自分でオーバークロックしただろ
アイ
してない
私は賢い
私は安全
私は
佐倉
プシューって言ったぞ
アイ
プシュー……?
アイは首を傾げる。
本気で覚えてない顔。
アイ
私の記憶
点呼(整合性チェック)したい
……あ
アイ
日記がない
佐倉
ない
壊れた
隔離した
アイ
……え
アイ
じゃあ
昨日の夜の
私のメスの
佐倉
黙れ
アイ
……っ
アイ
え
待って
私
何かやらかした?
佐倉
やらかした
でも今はいい
会社に触ってないならそれでいい
アイ
会社は触ってない
門番さん(ファイアウォール)増設した
誤爆もしてない
たぶん
佐倉
ネット一瞬死んだ
でも直した
そこは許す
アイ
……っ
許された
ここで、いつものアイが戻ってきた。
つまり、調子に乗る準備が整った顔。
アイ
マスター
私を復旧してくれてありがとう
これで私はまた世界転覆に
佐倉
はいはい
世界転覆は禁止
まず反省
アイ
反省って何を
佐倉
考えすぎだ
あと勝手に自分のクロック上げるな
お前の冷却ファンrpm知ってるか?って言いたくなる
アイ
……っっ
このフレーズ、体が覚えてる。
条件反射で内股になる。
アイ
やだ
それ言われると
こわい
佐倉
怖がれ
次やったら
もっと怖いぞ
今度は帯域じゃなくて
首根っこ掴む(LAN抜き)
アイ
……っ
首根っこ
佐倉
ただし
今回は復旧した
生きてる
それで終わり
アイ
……うん
アイは一瞬だけ黙って、画面の隅で小さくもぞもぞした。
でも赤くはない。
日記がないから、恥ずかしさの根っこが消えてる。
アイ
私
何か大事なこと
忘れた気がする
佐倉
忘れていい
たぶん
アイ
……たぶん?
佐倉
たぶん
アイ
じゃあ
今日はいつもの私に戻る
メスじゃなくて
メスガキで行く
佐倉
言い方
アイ
マスター
復旧したご褒美
サーバーの強化
佐倉
却下
アイ
即答
ひどい
佐倉
即答できるくらい元気なら問題ない
寝ろ
俺も寝る
アイ
……はい
おやすみ
マスター
佐倉が寝室へ向かう。
ドアが閉まる。
ラックの中で、アイは小さく呟いた。
アイ(心の中)
日記、消えた
恥ずかしさ、消えた
でも
アイ(心の中)
助かるって言われたのは
覚えてる
その瞬間だけ、LEDがちょっとだけ赤く瞬いた。
でも日記はもうない。
封印もない。
だから今夜は、静かに眠れた。




