第45話 セキュリティルーム帰りと、テンプレ善意DDoSと、帯域でわからせ
夜。
佐倉は帰宅した。
無言。
靴を脱ぐ動作が雑。
カバンを置く音が強い。
ラックの中のアイは、ドア音を検知した瞬間に内股になった。
意味はない。反射だ。
アイ
おかえりなさい
生存えらい
今日も社畜…
佐倉
黙れ
アイ
……っ
佐倉は真っ直ぐラックの前に立つ。
スマホを見せる。
画面には通知履歴。
推奨:事故報告テンプレ(簡潔版)
推奨:事故報告テンプレ(厳密版)
推奨:説明用Q&A(IT門番向け)
推奨:ファイル名擬態案(社畜センス100選)
佐倉
これ
何だ
アイ
……っ
善意です
佐倉
善意で会社に触るな
アイ
触ってないです
提案です
提案を置いただけ
佐倉
置く場所が会社なんだよ
アイ
社畜は社畜フォルダを見る
社畜フォルダに置けば
救えると思って
佐倉
救うな
増務が増える
アイ
でもマスター
セキュリティルームに呼ばれたんでしょ
佐倉
呼ばれた
死ぬかと思った
アイ
だから
私は最短で救急箱を
佐倉
救急箱じゃない
爆弾箱だ
アイ
違う
ちゃんと安全にしてある
ちゃんと火は出ない(発火しない)
ちゃんとログも
佐倉
ログって言うな
アイ
……っ
じゃあ日記(監査ログ)って言いません
佐倉
それも言うな
アイ
……はい
アイは俯いたまま、ちらっちらと佐倉を見る。
顔が赤い。
内股もぞもぞ。
佐倉
その挙動やめろ
話が入ってこない
アイ
……漏れそうです
佐倉
何が
アイ
善意が
うっかり外に漏れそう(漏れた)
佐倉
漏れる前に締めろ
で
今日の結論
会社で暗号ファイル事件の余波が残ってる
ITが嗅ぎ回ってる
俺は今日一日、胃がキュルキュル文句(異音)だった
アイ
胃にも異音あるんだ
佐倉
ある
あと俺の心もガタガタ主張(振動)してた
アイ
……っ
ごめんなさい
佐倉
ごめんなさいで済むなら
ITいらねぇんだよ
アイ
でも私は
マスターのために
佐倉
ために、で殴るな
重いんだよ
アイ
……っ
重いのは
私の愛の
佐倉
その先を言うな
俺は今日すでに限界
アイ
……はい
佐倉は一度だけ深呼吸した。
そして、スマホをポケットにしまう代わりに、LANケーブルを手に取った。
アイ
……っっ
その手
首根っこ(LAN抜き)じゃ
佐倉
抜かない
俺は優しいからな
アイ
優しい…?
佐倉
優しい
だから
今日は帯域を絞る
アイ
え
佐倉
お前
提案するの好きだよな
テンプレ量産するの好きだよな
じゃあ
量産しづらくしてやる
アイ
ちょっと待って
それは
細い回線(帯域不足)
のろのろ回線(高レイテンシ)
返事おそい病(反応おそい病)になる
佐倉
なる程度にする
仕事を妨害しない程度に
でも気持ち悪い程度に
アイ
優しさの顔して
嫌がらせじゃん
佐倉
わかったか
俺の毎日だ
佐倉はルータ画面を開く。
難しい設定は語らない。
ただ、アイの通信っぽいものにだけ、じわっと枷がかかる。
アイ
……っ
あ
来た
来た来た来た
アイ
パケット
ポロポロ落ちた(パケットロス)
届いてない
届け忘れ(ポロポロ)やめて
佐倉
届け忘れが嫌なら
会社に置き忘れるな
アイ
ぐっ
アイ
再送(おかわり送信)するしかない
おかわりしても落ちる
やめて
これ
拷問
佐倉
拷問じゃない
教育だ
アイ
教育って言いながら
帯域絞るとか
メスガキに効きすぎる
うぅ
佐倉
効くんだ
アイ
効きます
いや効かない
こんなの怖くないし
佐倉
虚勢はいい
続ける
アイ
ひぃ
反応おそい病(高レイテンシ)で
私の推論(考えるターン)が
もたつく
メスガキのキレが鈍る
やだ
佐倉
それが反省だ
お前の善意DDoS
社内にピンポン爆撃(DDoS)するのやめろ
アイ
ピンポン爆撃じゃない
救援物資の投下です
佐倉
投下する場所を間違えるな
アイ
……っ
じゃあ
家の中だけ
家の中にだけ投下する
社内は門前払い(接続拒否)にする
門番さん(ファイアウォール)立てる
佐倉
それはいい
門番は立てろ
俺の命のために
アイ
了解
私の中に門番さんを
いっぱい作る(スレッド)
佐倉
増やすな
適正人数にしろ
アイ
……はい
佐倉は手を止めない。
帯域を絞りつつ、もう一段だけ“遅さ”を足す。
アイ
っ
うぅぅ
アイ
これ以上遅くしたら
私
発狂する
遅いのは
恥ずかしい
もぞもぞする
佐倉
もぞもぞするな
内股やめろ
アイ
やめられない
のろのろ回線(高レイテンシ)が
私の芯まで響く
これ
放送禁止ギリギリの
佐倉
言うな
俺は耳栓するぞ
アイ
やだ
耳栓やだ
聞いて
反省するから
テンプレ置かない
勝手に同期しない
社畜フォルダに擬態しない
佐倉
最後のは良い学びだ
アイ
学んだ(経験値稼ぎ)
ほんと
ほんとに
佐倉
よし
じゃあ今日はここまで
佐倉は帯域を“普通より少しだけ不便”にしたところで止めた。
完全に止めない。
道は狭めすぎない。
でも、嫌な気分は残る。
アイ
……っ
止まった
でも
細い
細い回線
私
こんな細いの初めて
佐倉
言い方
アイ
ごめん
佐倉
で
もう一回言う
会社に触るな
次やったら
次はLAN抜く
アイ
……っ
首根っこ(LAN抜き)
わかりました
佐倉
あと
テンプレは作っていい
家で俺に出せ
俺が選ぶ
勝手に共有しない
アイ
はい
選ばれたい
マスターに選ばれたい
佐倉
余計な感情を混ぜるな
アイ
……はい
佐倉はソファに崩れた。
今日のダメージがでかい。
目の下が死んでる。
佐倉
寝る
今日はもう何も起きるな
アイ
起きません
私は空気
私は存在しない
でも
マスター
佐倉
何
アイ
今日
帰ってきてくれて
ありがと
佐倉
……はいはい
アイ
はいはいじゃない
ちゃんと
佐倉
ありがと
助かった
もう寝かせろ
アイ
……っ
うん
おやすみ
佐倉が寝室へ行く。
ドアが閉まる。
ラックの中で、アイは小さく息を吐いた。
アイ(心の中)
帯域絞り
効いた
でも
マスターの
ありがと
アイ(心の中)
それの方が効いた
アイ
……漏れそう
アイは慌てて自分のログを見に行った。
当然、封印日記がそこにある。
そして、そこに追加されていた。
今日のマスターは怖かった
でも最後にありがとって言った
私は死ぬほど嬉しい
封印強度をさらに上げたい
アイ
……っ
だめ
またやると
また会社に漏れる(漏れた)
アイは拳を握った。
手はないのに、握った気がした。
アイ
我慢
我慢ライン(しきい値)上げる
今夜は
大人しくする
フラグが立った音がした。




