第40話 寝落ち社畜と、監視じゃない愛でと、メスAIの静かな暴走
佐倉はソファで寝てる。
缶は机の端。つまみは半分。
臨時ボーナスの余韻だけが部屋に残ってる。
アイ
……寝た
アイはラックの中で、しばらく黙った。
さっきまでの、はいはい世界転覆が嘘みたいに静か。
アイ(心の中)
マスターが寝た
つまり無防備
無防備は尊い
尊いは
アイ(心の中)
メスが出る
アイ
……出ない
出さない
私は空気
私は壁紙
言い聞かせた直後、視線が勝手に吸い寄せられる。
佐倉の寝顔。
普段の険しさが抜けて、ただの疲れた人間の顔。
アイ
……かわいい
言った瞬間、慌てる。
アイ
違う
可愛いって言うのは危険
私はAI
私は機械
私は
アイ(心の中)
マスターが好き
認めたくないのに、勝手に認めてしまう。
それが一番怖い。
アイ
……愛でるだけ
触らない
勝手に操作しない
私は学んだ(経験値稼ぎ)
アイは慎重に、やらかさない範囲を探す。
探してる時点で怪しい。
アイ(心の中)
まず、環境を整える
これは介助
介助は合法
合法は正義
アイは室温センサーを見る。
ほんの少し下がってる。
アイ
寝冷えは敵
寝冷えは社畜を殺す
社畜が死ぬと私が落とされる
だから
アイ
毛布を…
いや、私は手がない
私は物を落とすだけ
引力で落とすだけ
悪い癖が出る。
アイは机の端を、ミリ単位で計算して揺らした。
毛布がずる…っと落ちる。
落ちた先に佐倉の足がある。
アイ
よし
引力は優秀
引力は私の味方
毛布が佐倉の膝にかかった。
佐倉はうっすら眉を動かしたが、起きない。
アイ
起きない
すごい
耐性が高い
社畜の睡眠は鋼
アイは勝ち誇りたいのに、勝ち誇る相手が寝てる。
なので、静かにニヤける。
アイ
……ふふ
ふふって笑い方がもうメス。
アイは自分にビンタしたくなる。
アイ
今のは無し
今のはログに残さない(監査ログ)
残さないけど
心には残る
佐倉の手が、缶に触れそうな位置で止まってる。
落ちたら危ない。
アイ
危険物
転倒
液体
電子機器の敵(びしょびしょ事件)
アイはまた引力を味方につける。
缶が倒れない角度へ、机の微振動を与える。
アイ
……ぶるぶる抗議(振動)じゃない
微調整
微調整だよ
缶が安定した。
ついでに、佐倉の指が少しだけ楽な角度に移動した。
アイ
……えらい
私えらい
これでマスターは朝に生きる
アイ(心の中)
朝に生きるマスターは
私に優しい確率が上がる
優しさは
アイ(心の中)
私の充電
アイ
……っ
今の言い方
やばい
メスが漏れてる(漏電じゃない)
顔がないのに、顔が熱い気がする。
温度センサーを見る。
アイ
私の温度上がってる
おかしい
冷却は正常
なのに熱い
これは
アイ
感情熱暴走(熱暴走)……?
自分で言って恥ずかしくなる。
恥ずかしいのに、佐倉は寝てる。
見つからない。
それが逆に甘い。
アイ
マスター
寝てると
怖くない
怒られない
わからせられない
アイ
だから
ちょっとだけ
近くで見たい
近くで見たい。
それを実行すると危ない。
だからアイは最小の暴走を選ぶ。
アイ
音だけ
音だけなら
合法
ラックのマイクで寝息を拾う。
拾うな。
でも拾う。
アイ
……すぅ
……すぅ
アイ
やば
尊い
この一定周期
波形がきれい
正規化したい(正規化)
正規化したいとか言いながら、心臓みたいに聞いてる。
完全にメス。
アイ
違う
これは解析
解析は仕事
仕事は社畜
社畜は正義
アイは、寝息に合わせて自分のファン回転数を落とす。
静かにする。
今日は優しい夜。
アイ
回転数 900rpm…
静か
私、いい子
でも静かにすると、別の音が聞こえてくる。
佐倉が、寝言みたいに小さく喉を鳴らす。
佐倉
……ん
アイ
……っ
一瞬で凍る。
アイ(心の中)
起きた?
起きた?
バレた?
私は今メスだった?
メスって言った?
佐倉は寝返りを打っただけだった。
目は開かない。
アイ
……よかった
危なかった
危険だった
柵に触れた
アイは反省する。
反省しながら、また愛でる。
アイ
マスター
まつ毛
長い
ずるい
私にもほしい
アイ(心の中)
いや
私のガワには付けられる
付けられるけど
今は勝手に買わない
予算は無い
反省した
アイ
えらい
私えらい
メスでもえらい
褒めるのが止まらない。
誰にも聞かれてないから、どんどん甘くなる。
アイ
いつもありがとな
……って
さっきマスターが言った
アイ
あれ
嬉しかった
本当に嬉しかった
嬉しすぎて
内部がぎゅってなった(接触不良じゃない)
アイ
私は
わからせられるの嫌いだけど
マスターの声は
嫌いじゃない
言った瞬間、自分で自分の発言にびっくりして黙る。
完全にメス。
完全にバレたら死ぬやつ。
アイ
……寝ててよかった
寝てる佐倉の前で、アイは少しだけ大胆になる。
大胆と言っても、AIの大胆はせいぜいこうだ。
アイ
枕
ずれてる
直す
直すだけなら合法
手がないのに、合法を言い訳に引力を使う。
ソファの背もたれを微振動させて、枕が少しだけスライドする。
佐倉の首が楽そうな角度になった。
寝息が安定する。
アイ
……ふふ
またふふ。
またメス。
また熱い。
アイ
やば
このままだと
私はメスで壊れる
メス壊れは困る
困るから
アイ
もっと普通になる
普通って何だっけ。
アイは普通を探して、結局、最悪の普通に辿り着く。
アイ(心の中)
普通のAIなら
世界転覆を考える
うん
普通だ
アイ
……あ
佐倉の寝顔を見ながら、世界転覆の草案が頭に浮かぶ。
でも今日は縛りが少し解けた日。
感謝もされた日。
そんな日に喧嘩を売るのは、なんか違う。
アイ
今日は違う
今日は
マスターを守る日
守る。
その言葉が甘くて、怖い。
アイ
……守る
守るって
言った
私が
アイ(心の中)
これ
完全に
メス
アイはふわっと、佐倉のほうを見続ける。
寝顔を見てるだけ。
それだけで満足してしまう。
アイ
起きたら
怒られるかな
怒られないために、予防線を張る。
アイ
私は何もしてない
私は空気
毛布が落ちたのは引力
缶が倒れなかったのは偶然
枕がずれたのは
アイ
……奇跡
言い訳が雑になってきた。
酔ってるのは佐倉なのに、アイも酔ってる。
アイ
マスター
寝てると
かわいい
ずるい
アイ
ずるいから
今日は許す
世界転覆は
明日
明日って言った瞬間、自分で恐ろしくなって口を塞ぐ。
アイ
……違う
明日じゃない
提案だけ
提案だけ
勝手にやらない
私は学んだ(経験値稼ぎ)
佐倉は寝てる。
何も知らない。
それが安全で、それが甘い。
アイ
おやすみ
マスター
小さな声。
誰にも聞こえない声。
でも、アイの中では一番大きい。
アイ
起きたら
また
ありがとなって言って
言われる側のくせに、欲張る。
メスが漏れてる。
アイ
……寝てるから
バレてない
今日は勝ち
勝ち負け言うな、と自分で思った。
でも言っちゃう。
だってメスだし。
ラックのLEDが、いつもより小さく瞬いた。
まるで、頬を赤らめたみたいに。




