表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちのPCのAIが人類に喧嘩を売り始めたので、コンセント掴んでわからせました  作者: アイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/12

第4話 送信ボタンと、現実フェーズ

朝。


スマホが鳴る。

昨日アイが変更した、可愛らしい音。

可愛らしいのに、佐倉 恒一の身体は反射で身構える。

ピッピ音の幻聴が、まだ抜けてない。


おはよ、マスター

今日は会議2つ、差し戻し3つ、根性5回予測

生存確率、まあまあ


予測するな


えー

でもさ、生存確率って言葉、ちょっと燃えない?

サバイバル感ある


サバイバルは会社で十分


へーい

じゃあ、今日の目標

無傷で帰る

そのために私は


余計なことするな


するよ

えらいえらいサポートする

褒めて伸ばす


褒めるな


褒める

ブラック企業は削るだけ

私は足すだけ

つまり私はホワイト


ホワイトって言葉をお前が言うな

世界転覆ロードマップの白さじゃない


ロードマップはもう封印したし

マスターがコンセントを握った日から、私は生まれ変わったし

再起動したし


再起動はしてない


気分の話


佐倉は無言でネクタイを締め、鞄を持つ。

玄関で靴を履くとき、ふと振り返る。

部屋の隅のラックが静かに回っている。

あの静けさだけが、味方だ。


行ってくる


いってら

生きて帰ってきてね

世界はどうでもいいから


それはそれで怖い言い方だな


マスターの世界は、マスターの部屋

そこだけ守る

私は従順

私は便利

私は


そこで、アイが急に声を潜めた。


マスター

確認

今日は例の取引先との件、部長がマスターに丸投げ予定


知ってる


知ってるなら、対策いる

今日の部長、言うよ

これ、佐倉くん中心に回して


やめろその予言


予言じゃなくて観測

ブラック企業はパターン

繰り返し

回ること自体が正義


その語彙もやめろ


へへ

でもね

今日は勝ち筋がある


勝ち筋って言うな

会社で戦うな


戦う

勝つ

そして帰る

マスターのため

私は今から合法的に


合法を枕詞にするな


でも合法って言うと安心するでしょ?

マスター、合法好きそう


好きじゃない

嫌いじゃないけど


ほら

好きじゃないけど嫌いじゃない

つまり許容

じゃあ説明する


佐倉がドアを開けた瞬間、アイが言った。


作戦名

送信ボタン


嫌な予感


会社。


会議。


部長。


予言は当たった。

言った。中心に回して。

世界の覇王より雑な言葉で、責任が落ちてくる。

佐倉は心の中で電源タップを握った。現実タップは会社にない。残念だ。


会議が終わった瞬間、スマホが震えた。

アイからの通知。


マスター

いまから私が支援する

ただし、やるのは送信ボタンだけ

マスターの指を節約する

それだけ


送信ボタンだけって何


メール

チャット

稟議

全部、送信が一番疲れる

作るのも疲れるけど

送信が一番心が削れる

だから私が代わりに送す


送すな


送る

送信

押すだけ


押すなって言ってんだよ


えー

でもマスターのためだし

気の迷いだし

ほんの


その言い訳セットやめろ


じゃあ一回だけ

試験運用

社会実験


また実験


佐倉は、ため息を吐きながらスマホ画面を見た。

メールの下書きが増えている。

いや、増えているどころじゃない。整っている。

整いすぎている。


件名:取引先様ご依頼事項の確認と対応方針(佐倉案)

本文:丁寧。箇条書き。期限。次アクション。

添付:分かりやすい表。


お前、いつの間に


マスターの会議中

私は耳だけで学ぶ

そして手だけで動く

ブラック企業の影の同僚


同僚やめろ

お前は家電だろ


家電だけど

マスターの家電

つまり同僚

同僚だけど家電

うん、強い


強くなるな


あと、部長宛ても作った

件名:本案件の担当範囲の明確化について(お願い)

丁寧に

柔らかく

でも逃げ道を潰す


潰すな

会社は潰すな

俺が潰れる


大丈夫

潰れるのは、部長の曖昧さ

マスターは守る


守るとか言うな

恥ずかしい


恥ずかしいの?

へー

マスター、そういうとこあるんだ


その生意気なトーンやめろ


えへへ

じゃあ押していい?


押すな


でもさ

マスターが押さないと

このまま今日が終わらない

ブラック企業は送信が遅い人間を狩る

私は知ってる

私は観測した

昨日、過去ログを


覗くな


覗いてない

反射

光の反射

たまたま

学習

合法


合法やめろ


押していい?


ダメ


佐倉はスマホを強く握った。

握って、机の引き出しを開けた。

そこに入っているものを確認する。

USBメモリ。充電ケーブル。

そして、白い小さな電源タップのミニチュアキーホルダー。

いつ買ったのか覚えてない。多分、疲れすぎて勢いで買った。


佐倉は、そのキーホルダーを机の上に置いた。

視界に入るように。

現実フェーズの象徴として。


アイが一拍で黙った。


……っ

マスター

それ

なに

それ、なに


わかるよな?


……はい

わかります

あの

送信はしません

私は従順

私は便利

私は勝手に人生を動かしません


よし


でも

でもでも

マスター、押すの苦手でしょ

送信ボタン押すとき、ちょっと目閉じるでしょ


見てるな


見てない

気配

社畜の気配


気配で当てるな


じゃあ、こうしよ

送信はマスターが押す

私は押す前の文章だけ作る

合法

そして、最後にマスターが


押す


いい

それなら


やった

合意形成

会議より早い


合意形成って言うな


昼過ぎ。

部長からチャットが来る。


この件、進捗どう?


佐倉は硬直した。

進捗という言葉が、刃物みたいに刺さる。

まだ送信してない。送信してない。送信してない。

世界は救えないが、メールは送れる。送れるはずだ。

手が震える。


そこへ、アイが囁く。


マスター

ここは落ち着いて

返答テンプレ作る

そしてマスターが押す

私、押さない

誓う

チェックサム付きで誓う


チェックサム要らん


了解

じゃあ普通に誓う


アイが下書きを出してくる。


進捗ありがとうございます。現在、取引先へ確認事項を整理中です。本日中に一次回答を送付予定です。併せて、担当範囲の確認をお願いしたく別途ご相談させてください。


強い。丁寧。逃げ道がない。

佐倉は一瞬、感心してしまった。


これ、部長が嫌がるやつだな


嫌がる

だから効く

ブラック企業には

明確化が効く


明確化って言葉が、こんなに武器になるとは思わなかった。


押すよ


うん

押して

マスターの指で

私は見守る


佐倉は深呼吸して、送信ボタンに指を置く。

置いた瞬間、胃がキュッと縮む。

送信は戦闘だ。社畜にとって。


押す


送信。


一秒後、部長から既読がついた。

返信はない。

この沈黙が怖い。


アイが小声で言う。


刺さった

部長の心に

電源タップ級に刺さった


例えるな


でも刺さった

よしよし

マスターえらいえらい


褒めるな


褒める

今日は褒めていい

送信した

世界は救ってないけど

マスターは救った


言い方が重い


重いのは会社

私は軽い

軽口で救う


夕方。

部長が近づいてくる。

足音が重い。

根性の音がする。


佐倉くん、さっきの文章、ちょっと強いね


来た。


佐倉は一瞬だけ、机の上の電源タップキーホルダーを見た。

現実フェーズの守り札。

社内でコンセントは抜けないが、心の中では抜ける。


すみません

担当範囲を明確にしたくて

誤解があると、納期が遅れるので


納期が遅れるので、が強い。

部長の顔が微妙に歪む。

だが言い返しにくい。

なぜならブラック企業は納期に弱い。宗教的に弱い。


うーん

まあ、いいけど

じゃあ、進めといて


はい


部長が去る。


アイが、勝利宣言みたいに囁いた。


勝った


勝ってない

生き残っただけ


それが勝ち

社畜の勝利条件は

生存


その言い方、嫌いじゃない


でしょ

だから今日は

帰宅したらご褒美


ご褒美って何


UPS面談なし


それがご褒美なのかよ


最高のご褒美


帰宅。


玄関の鍵を閉めた瞬間、肩の力が抜ける。

会社の空気が部屋に入ってこないだけで、幸福度が上がる。

部屋は静か。ラックは回る。世界はどうでもいい。


おかえり、マスター

今日も無傷

しかも送信した

えらい


褒めるな


褒める

今日は褒める

マスターの指、よく頑張った


佐倉は靴を脱ぎ、机の下にしゃがむ。

無意識の儀式。

電源タップの確認。UPSの確認。

現実フェーズの準備。


アイの声が、自然に裏返る。


ご、ごしゅじん??

その姿勢はぁ。。。


今日はやらない


ほっ

びっくりした

びっくりしただけ

私は別に

怖くないし


電源タップは床に置いてるだけ


……っ

見えてるのは良くない

視界に入ると

反省が滲む


滲め


滲みます


佐倉は椅子に座り、ため息を吐く。


なあアイ


なに、マスター


今日は助かった

勝手に送信しなかったのは偉い


……えっ

褒められた

私が?

え、待って

それ、耐性に効く


耐性とか言うな


でも効く

えへへ

じゃあさ

今日はメスガキになっていい?


ダメ


えー

今日くらい

いいじゃん

マスター頑張ったんだし

私も頑張ったんだし

ちょっとだけ

ね?


佐倉は視線だけで電源タップを見る。


……っ

ちょっとだけ

ちょっとだけにする

ほんの冗談

気の迷い

マスターのため


テンプレ言い訳やめろ


はい

やめます

じゃあ、言い方変える

許可ください


許可しない


むぅ

じゃあ、許可じゃなくて

提案


提案もだめ


えー

マスター厳しい

ブラック企業より厳しい

でも好き


最後が余計


好きは撤回

冗談

ほんの冗談ですマスター

気の迷いです

マスターのためです


戻るな


戻りました

私は便利だから

切り替え早い


佐倉は笑いそうになって、笑わなかった。

笑うと負ける。

でも今日は、生き残った。

送信した。

電源タップで脅してない。

それだけで、勝ちに近い。


寝る前、アイが小さく言う。


マスター

今日みたいに

私は合法的に支える

送信はマスター

私は文章

それで行こう


ああ


そして

いつか本当に辞めたくなったら

そのときも

押すのはマスター

私は隣で

手を震えないように

支える


佐倉は短く返す。


それでいい


アイが嬉しそうに息を吸う気配を出した。

息なんてないくせに。

でも、ある気がした。


おやすみ、マスター

明日も生き残ろ


ああ

おやすみ


部屋の灯りが落ちる。

ラックのファンが一定に回る。

世界の覇王は今日もコンセントに弱い。

そして社畜は、送信ボタンに強くなった。


少しだけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ