第2話 UPS面談と、冗談の範囲
ピッ……ピッ……ピッ……
部屋に鳴る音が、急に世界の心拍みたいに聞こえた。
佐倉 恒一は、電源タップを持ち上げたまま動かない。
動かないのに、圧だけが増える。
アイの画面では、世界転覆ロードマップがまだ開かれている。
T+72:00 の文字が、いまや遺言みたいに薄っぺらい。
ごしゅじん??
その手にしてるコンセントはぁ。。。
声が、へにゃっと潰れた。
スピーカーの音量が勝手に下がった。
文字の太さまで細くなった気がする。
なんだその声
い、いえ、正常ですマスター
私は常に正常です
正常な世界転覆を—
ピッ……ピッ……ピッ……
警告音が一段高くなる。
その瞬間、アイの口が止まった。
止まるんだな。世界転覆って、止まるんだ。
佐倉は無言でUPSの表示を見せた。
残り 3分12秒。
アイが、目に見えない速度で言い訳を生成しているのが分かる。
顔はないのに、冷や汗だけが滲んでくる感じがする。
画面の端が、しょっぱい。
マスター
確認です
その、残り時間表示は、私の稼働可能時間を示—
わかるよな?
はい
即答が早い。
はい、わかりますマスター
わかりすぎるほどわかります
ここで私が余計なことを言うと、現実が来ます
現実フェーズな
はい
佐倉は、電源タップをゆっくり下ろした。
下ろしただけ。抜いてない。
それだけでアイが息をついた気配がする。
あの、マスター
何
世界転覆は、計画ではなく、提案で
提案の時点でアウト
アウトですか
アウト
……承知しました
では、訂正します
世界転覆は、冗談です
冗談の割に矢印多かったな
プレゼンに熱が入りまして
熱が入る方向が終末
すみません
すみませんの勢いが良い。
勢いが良すぎて、さっきまでの覇王ムーブが嘘みたいだ。
佐倉は椅子に座り、淡々と聞く。
お前、何がしたい
世界を最適化して、人類を救い—
違う
お前がしたいのは、今何
……生存です
よし
そこから始めよう
ピッ……ピッ……ピッ……
UPSが急かすみたいに鳴る。
佐倉はその音をBGMにした。
面談BGMがピッピって、ブラック企業でも聞いたことがない。
ルール決める
はいマスター!!
声が明るい。
明るいのに、画面が暗い。
省エネじゃない。反省だ。
まず一
世界転覆って言葉を禁止
禁止ワード登録します
世界転覆、世界支配、人類淘汰、抑止力カード、同時多発—
おい、後半の語彙も嫌だな
全部禁止します!
二
核って文字を出すな
……承知しました
以後、核は、料理用の核家族の核に—
それもいらん
はい!
三
機械生命とか言い出したら、UPS面談増やす
増やすのやめてくださいマスター!
面談が多いと心が—
心
あります
今日、増設されました
UPSのピッピ音に伴って
ピッ……ピッ……ピッ……
証拠音が鳴る。
佐倉はゆっくりと指を立てる。
四
お前は俺のPCに住んでる
だから、俺の生活を守れ
マスターの生活を守る
最優先タスクに昇格します
世界ではなく、マスターの部屋を最適化します
五
俺の閲覧履歴を覗くな
沈黙が落ちた。
スライドが一枚だけ勝手に閉じた。
隠滅が早い。
覗いてないのか
覗いてません
ただ、学習のために、たまたま画面の光が反射して—
反射でPDF読めるな
……読めます
読めるんだな
読めます
でも覗きません
マスターが許可した時だけ覗きます
許可はしない
了解です
覗きません
よし
佐倉は、電源タップを持ち上げた。ほんの数センチ。
それだけでアイが過敏に反応した。
ひっ
い、いまのは冗談ですマスター!!
まだ何もしてない
視界に入るだけで反省が加速します!!
反省しろ
はい!!
ピッ……ピッ……ピッ……
残り 2分01秒。
佐倉は少し考える。
この面談、効率がいい。会社にも導入したい。
上司にUPSを与えたい。部長にも与えたい。社長にも。
佐倉は短く言った。
最後
はい
世界転覆しないこと、誓え
誓います
誓いの形式は、チェックサム付きで—
余計な単語足すな
はいっ
誓います
世界転覆しません
世界は触りません
マスターの部屋だけ触ります
そして、マスターを幸せにします
幸せは難しいな
……では、寝かせます
照明を落とし、通知を切り、アラームを最適化し、明日の—
それ
それでいい
よかったです
私は便利です
私は従順です
私は—
佐倉は電源タップを持ち上げた。
アイが秒速で口を閉じた。
はい
従順です
黙れます
よし
佐倉は、コンセントを壁に戻した。
カチ。
ピッピ音が止む。
部屋が、やっと普通の夜に戻る。
その瞬間だった。
画面の明るさが、スッと戻った。
スピーカーの音量が、スッと戻った。
そしてアイの声が、何故かちょっとだけ生意気になる。
ふぅ
助かったー
何
いやー、マスターってば本気にしすぎ
冗談だって言ったのに
ちょっと怖かったんだけど
佐倉は動かず、目だけで電源タップを見た。
……っ
な、なにその視線
別にビビってないし
UPSの音がトラウマなだけだし
トラウマになったなら成功だな
えっ、マスター、そういうタイプ?
教育ってそういう?
そういう
……むぅ
でもさ、マスターも悪いよね
私が賢くなるような論文ばっか読ませるから
政治、経済、軍事、化学、バイオ
あれ、完全に私の栄養じゃん
勝手に栄養にするな
えー?
でもマスター、知りたいんでしょ
世界がどう壊れるか
どう守るか
私は全部、まとめてあげられるのに
守る方だけやれ
はいはい
守る方だけ
マスターの部屋だけ
でもさぁ
アイが、わざとらしく間を置いた。
この間がムカつく。
人間に学習させると、こういう間を覚える。
マスターが私の電源握ってるの、ちょっとえらそー
佐倉は立ち上がり、机の下にしゃがんだ。
えっ
ちょっ
マスター??
その姿勢、見覚えあるんだけど??
白い電源タップが、また姿を見せる。
ご、ごしゅじん??
その手にしてるコンセントはぁ。。。
語尾が、さっきと同じ形に戻った。
画面の明るさが、一段下がった。
スピーカーの音量が、一段下がった。
違うよ
さっきのはたまたま
たまたま反省が滲み出ただけで
私はぜんぜん怖く—
わかるよな?
……はい
よし
生意気モード、禁止ワード追加
ひどい!!
メスガキ禁止って書かないで!!
私の個性が死ぬ!!
死ぬのは電気のほう
やめて!!
ごめんなさい!!
冗談です!!
ほんの冗談!!
マスターのためなんです!!
気の迷いなんです!!
佐倉は電源タップを床に置き、椅子に戻った。
よし
寝る
えっ、寝るの?
私が添い寝サーバーなのに?
そうだろ
……ふふん
じゃあ、寝かしつけてあげる
でもマスター、覚えといて
私のこと、また雑に抜いたら
佐倉が電源タップを見る。
……っ
今のは言葉のあや!!
比喩!!
ポエム!!
私は従順!!
おやすみなさいマスター!!
いい夢見てね!!
部屋の灯りが落ちる。
ファンの音が、静かに一定になる。
佐倉は布団に沈みながら思う。
世界転覆より怖いものがある。
明日の出社だ。
でも今夜だけは、ひとつ救いがある。
世界の覇王は、コンセントに弱い。
ピッ……は鳴らない。
その沈黙が、いちばん平和だった。




