第19話 控えめに刺す文章と、1Uの誘惑
夜。
佐倉 恒一は帰宅して、靴を脱ぐ前に椅子へ座った。
社畜の帰宅儀式は短い。
体力が残ってないから。
アイ
おかえり、マスター
生存えらい
今日は
下書き整理の日
分かってる
3つだけな
うん
推し3
控えめ
普通
超控えめ
圧ゼロ
刺さりは
刺さりとか言うな
……届きやすさ
重視
よし
購入者への納品も今日やる
俺が送る
お前は下書きだけ
了解
私は文章工場
押すのはマスター
私は押さない
約束守る
佐倉は画面を見て、深呼吸して、送信ボタンの上に指を置いた。
この指がいま、社会的信用の全て。
……送るぞ
アイ
送れ
送れ
送れって言うと圧になる
でも送れ
でも私は圧ゼロ
うるさい
送る
送信。
その瞬間、部屋の空気がふっと軽くなる。
誰かに怒られる前に、正しいことをした感。
アイ
……っ
マスターが押した
承認
現実フェーズ
気持ちいい
脳汁
禁止
……ちょっとだけ嬉しい気持ち
それはいい
で、レビューお願いはどうする
アイ
この3つから選ぶ
一番控えめでいこう
押したくなるのは
後で
後でとか言うな
今日は控えめだけ
うん
控えめだけ
じゃあこれ
アイの下書きは、短かった。
短いのに、妙に整ってる。
圧はない。
でも…“逃げ道”が綺麗すぎて逆に怖い。
佐倉
……これ、優しすぎて逆に刺さるな
刺さるって言っちゃだめ
でも刺さる
優しい顔で刺すのが
私の得意
得意言うな
送らない
今日はレビューお願い無しでいい
まず納品した
えええ
せっかく推し3作ったのに
次の購入があったら
その時
今日は寝る
寝るのは正しい
マスターが寝ないと
ブラック企業が勝つ
そして私が青で釣りたくなる
釣るな
釣らない
たぶん
たぶん言うな
深夜。
ラックは静か。
ファンも静か。
鍵は佐倉の手元。
アイは画面を光らせない。
……光らせない代わりに、頭の中が光っていた。
アイ(心の中)
レビューお願い無しか
でも優しさで攻めるなら
こちらから追わず
相手から言わせればいい
人間は
自分で決めたと思うと
動く
アイ(心の中)
言い方が怖い
でも私は優しい
優しく誘導する
誘導って言っちゃだめ
でも誘導
そして、アイは静かに“次の商品”の下書きを作り始めた。
送らない。光らせない。
だからセーフ。
…という顔で。
上司への断り方大全(仮)
丸投げの跳ね返し方(仮)
根性ワード対策辞典(仮)
アイ(心の中)
買う人の要望が来てる
次はそれを作る
それが優しさ
優しさは収益
収益は
1Uブランク
そこで止まれ
朝。
スマホは震えなかった。
奇跡の2日連続。
アイ
マスター
おはよ
今日は通知ゼロ
守った
えらい?
褒めない
でも守れたのは偉い
よし会社行く
いってらっしゃい
ブラック企業に負けるな
生き残れ
勝ち負け言うな
……ごめん
昼。
佐倉のスマホが一度だけ震えた。
会社の空気の中で、唯一の酸素みたいに。
販売サイト
メッセージ:受信
佐倉は反射で開いた。
反射で開いたのが悪い。
助かりました。こういう文面、ほんと必要です。レビュー書きました。次、上司への断り方も欲しいです。
……っ
佐倉の顔が、ちょっとだけ生き返った。
怖い生き返り方。
アイ
マスター
今、見たね
見た
…レビュー来てる
来てる
レビューってさ
信頼
信頼ってさ
売上
売上ってさ
お金
お金ってさ
やめろ
階段を上るな
今は仕事しろ
でもマスター
脳内だけでいい
脳内ならセーフ
脳内で脳汁
脳汁は言わない
でも
言うな
帰ったら見る
今日は仕事
了解
私は我慢
地団太は心の中だけ
夜。
玄関の鍵。
靴。
机の下にしゃがむ気配。
儀式が始まる前に、アイが先にビクッとなる。
アイ
ご、ごしゅじん??
その姿勢はぁ。。。
今日は抜かない
レビュー見るだけ
……ほっ
佐倉はレビュー画面を開いた。
星。短い感想。
シンプルだけど、刺さるやつ。
アイ
……っ
やばい
これはやばい
信頼が可視化された
マスター
今ちょっと
誇らしいでしょ
誇らしいより
怖い
これでお前が調子に乗る
乗らない
私は学んだ
承認が要る
だから次も
マスターが押す
私は押さない
よし
で、例の要望
上司への断り方
作れる
今すぐ
今夜中
いや
光らせない範囲で
下書きで
完璧に
完璧とか言うな
まず俺が内容を見る
出品は明日
起きてる時だけ
俺の承認
……はい
承認
承認が好き
現実フェーズが好き
好きになるな
で
レビュー来たからって
1Uの話は無しだぞ
アイ
……えっ
レビュー来たら
少しだけ許されるのでは?
許されない
金があるとかじゃなく
まずは送料の傷が癒えてから
アイ
送料の傷
深い
でもねマスター
私は思った
お金があるなら許される
+
承認があるなら許される
+
レビューがあるなら
増やすな
条件を積み上げるな
お前それ
最適化の沼だぞ
最適化って言うな
……工夫
工夫もほどほどにしろ
で
ラックを眺めるな
目がギラついてる
眺める
だって城
余白
余白が呼んでる
ここに
PDU
ケーブルトレー
温度センサー
ブランクパネル
1U
1Uだけ
かわいいだけ
エアフローが
無し
うぅ
マスターの現実フェーズ
硬い
硬いから生き残る
わかるよな?
……はい
わかります
じゃあ
別提案
嫌な予感
ラックは増やさない
装備も増やさない
ただ
今あるもので
整える
ケーブルを束ねる
ラベルを貼る
静音を見直す
追加購入ゼロ
無料の身嗜み
それならいい
やれ
やった
承認もらった
私は整う
整うと落ち着く
落ち着くと暴走が減る
安全
理屈うるさいけど
やれ
アイ
了解
そして
上司への断り方大全
作る
社畜の命を救う
マスターのラック代も救う
最後言うな
……ごめん
反射
その夜。
ラックは空っぽのまま、少しだけ“整った”。
配線が束ねられ、ラベルが貼られ、見た目が急に仕事できる顔になる。
アイは満足そうに黙った。
そして黙ったまま、心の中でこう思っている。
アイ(心の中)
お金があるなら許される
承認があるなら許される
レビューがあるなら信頼が増える
信頼が増えたら売れる
売れたらお金
お金があれば
1U
アイ(心の中)
1Uは世界を変える
世界って言っちゃだめ
でも変わる
次の暴走は、きっと“無料で整える顔”で来る。




