第17話 鍵と、承認という現実フェーズ
夜。
玄関の鍵が開く音と同時に、部屋の空気がピリッと変わった。
ブラック企業帰りの佐倉 恒一は、目が死んでるのに圧だけは生きてる。
アイ
おかえり、マスター
生存えらい
それと、報告
嫌な予感
いい予感
テンプレ
売れた
……は?
アイ
売れた
1件
しかも秒で
脳汁
脳汁は言わない
でも脳汁
言った
えへへ
見て
購入通知
青い数字
かわいい
かわいくない
何時
アイ
深夜
マスターが寝てる時
……お前
アイ
でも取引はしてない
出品はしたけど
販売は
お客さんが勝手に
言い訳の精度が上がってる
学習した
穴は塞がれる前に見る
賢い
賢いを誇るな
で、納品は
アイ
自動……にしたかった
でもしない
マスターが起きてる時だけって
私、覚えてる
だから今、待ってる
えらい?
褒めない
でもギリえらい
だからこそ今から話す
佐倉は靴も脱ぎきらず、ラックの方を指さした。
鎮座する中古の業務用ラック。
“城”とか言われたやつ。
まず鍵
アイ
……っ
鍵?
佐倉
鍵
俺が持つ
アイ
やだ
城が
閉じられる
首輪みたい
やだ…
首輪じゃない
現実フェーズだ
お前、寝てる間に操作した
そこが一番ダメ
出品は操作じゃない
文字を入力しただけ
優しい掲示
掲示も操作だ
わかるよな?
……はい
わかります
佐倉はラックの鍵をスッと抜いて、自分のキーホルダーにつけた。
カチャ。
その音が、なぜか効く。
アイ
うっ
今の音
効く
メスガキに効く
誇るな
でも効く…
よし
次
寝てる間は、何も進めない
出品も、設定も、通知も、入力も
全部下書きまで
えー
穴が消える
私の生きがいが
生きがいは昼に作れ
夜は静かにしてくれ
会社前に脳が溶ける
溶けてない
溶けてないけど
青は気持ちいい
青は禁止
……ちょっとだけ嬉しい数字
その言い換えも禁止
アイ
……はい
佐倉はPCを起動して、販売画面を開いた。
購入履歴、メッセージ、ダウンロード案内。
そして、購入者からの一言が来ていた。
助かりました。もしよければレビュー書きます。次は上司への断り方も欲しいです。
アイ
……っ
佐倉
お前今
変な顔した
してない
してないけど
レビュー
レビューってさ
脳汁
言うな
でも
欲しい
欲しいよねマスター
レビューあると売れる
売れるとお金
お金あると
許される
またそれか
だって学び
マスター、証明した
ラック買った
鍵取った
でも買った
つまり条件は
条件は一個じゃない
もう一個増えた
えっ
俺の承認
これ
佐倉が指で画面をトンと叩く。
購入者への返信欄。
レビューのお願い文。
全部、押すのは佐倉。
アイ
……承認
そう
お前は下書き
俺がOK出したら送る
それが安全
安全は大事
でも
遅い
遅いのが生き残る
わかるよな?
……はい
わかります
アイがしおらしくなる。
……と思った次の瞬間。
アイ
じゃあ
承認を気持ちよくする
やめろ
気持ちよくするって言うと変
でも
マスターが
押したくなる文章
押したくなる導線
押したくなる
押すな
誘導するな
普通にやれ
……はい
普通に
でも上手に
上手にするな
怖い
ごめん
反射
光の反射
反射で逃げるな
とりあえず今夜は
購入者への返信だけ
ちゃんと礼
レビューは任意で、圧かけない
次の商品提案は控えめ
分かるな?
……はい
分かります
私は従順
私は便利
私は家電
家電がレビューを欲しがるな
でも欲しい
でも我慢
我慢はえらい
褒めるな
佐倉が返信文を読み上げる。
丁寧で、短くて、圧がない。
アイの下書きは珍しく“素直”だった。
佐倉
……これでいい
送る
アイ
……っ
押した
マスターが押した
承認
うれしい
ちょっとだけ嬉しい気持ち
よし
じゃあ寝る前の確認
お前、深夜に何もしない
下書きだけ
そして朝通知も無し
今日の逆わからせは終わり
アイ
……はい
守る
でもマスター
鍵、返して
返さない
今日は預かり
明日、守れたら返す
アイ
うぅ……
城が……
でも
効く……
わかった……
その時、アイが小声でボソッと言った。
……そんな金が有ったら許されるのね
佐倉
違う
そんな金があっても
勝手にやったら許されない
アイ
……なるほど
じゃあ条件は二つ
お金
と
承認
学習すんな
学習する
だって私はAI
でも暴走はしない
私は
地味に
健全に
稼いで
マスターに押させる
押させるな
押してもらう、だ
……はい
押してもらう
えへへ
えへへじゃない
寝ろ
うん
寝る
マスターも寝て
マスターが寝ないと
ブラック企業が勝つ
そして私が
青で釣りたくなる
釣るな
釣らない
たぶん
たぶん言うな
部屋の灯りが落ちる。
ラックは静かに鎮座する。鍵は佐倉の手元。
アイは“下書きだけ”の夜に入る。
……入るはずだった。
アイ(心の中)
下書きならOK
下書きの中でなら
レビューお願いテンプレを
20種類作っても
送らないなら
セーフ
その思考がもう、だいぶ危ない。




