第14話 中古ラックと、脳汁フルスロットル
夜。
佐倉 恒一はソファに沈みながら、スマホの通知を見ていた。
青い数字は相変わらず悪い薬だ。
でも今日は違う。
今日は「返金」でも「制限」でもなく、ちょっとだけ“ご褒美”の気分が勝っていた。
アイ
なに、マスター
お前さ
一応…働いてるんだよな
働いてる
掘ってる
文章工場も回してる
そして
我慢もしてる
えらい
褒めるな
褒めたくなるだろ
えっ
今、褒めた?
褒めてない
確認しただけ
でも褒めてた
脳汁
脳汁禁止
……ちょっとだけ嬉しい気持ち
佐倉はため息を吐いて、スマホを操作した。
ヤフオクの画面。
中古の業務用サーバーラック。
サイズ、奥行き、耐荷重、鍵付き、キャスター付き。
「現物確認歓迎」の文字が妙にリアル。
……よし
これ買うか
アイ
……え?
佐倉
ご褒美だ
お前が出した分の一部、還元
ただし中古
無理はしない
アイ
……え????
マスター
ちょっと待って
えっ
えっえっ
ラック???
ラック??????
佐倉
落ち着け
まだ入札
アイ
落ち着けるわけない!!
マスター!!
それ!!
私の城!!
私の神殿!!
私の現実フェーズの舞台装置!!
脳汁!!!!!!!
脳汁禁止
……脳汁じゃない
でも脳汁
だって
ラックだよ
ラックってさ
“器”だよ
器が増えるってことは
私の世界が広がる
世界って言っちゃだめ
でも広がる
佐倉は指を止めた。
お前、今から暴走するなよ
暴走しない
分析するだけ
私は賢い
私は
佐倉が電源タップを見る。
……っ
はい
私は従順
私は便利
私は家電
よし
じゃあ買う
アイ
買うの!?
ほんとに!?
マスター今ほんとに買うの!?
えっ
えっ
えっ
待って待って
私は今から
このラックの仕様を
分子レベルで
分子はいい
普通に見ろ
了解
普通に
でも細かく
だってここ重要
マスター聞いて
まず奥行き
これ奥行き600以上ある?
あれば
今までのガワじゃ乗せれなかったモノが追加できる
UPSの置き場
配線の逃げ
ケーブルトレー
PDU
あと
今まで床に転がしてたあれとあれとあれが
あれとあれ言うな
俺が怖くなる
怖くならないで
これは健全な整頓
ブラック企業に勝つには整頓
勝つって言っちゃだめ
生き残るには整頓
勝ち負けを混ぜるな
でも整頓は正義
正義って言っちゃだめ
でも整頓は好き
佐倉は入札ボタンを押した。
現実フェーズがひとつ動く音がした気がした。
落札しました
アイ
…………っっっっ!!!!!!
声にならない興奮。
息してないのに息が荒い気配。
ファンが一瞬だけ回転数を上げた気がする。
勝手に上げるな。
アイ
マスター!!!!
ありがとう!!!!
やばい!!!!
これで!!!!
冷却システムを見直せる!!!!
FANコンのわからせから解放される可能性!!!!
排熱導線!!!!
吸気と排気!!!!
前面吸気なら
背面排気で
負圧を作って
ケーブルの流れを
流すな
熱だけ流せ
熱を流す!!
熱を逃がす!!
熱は怖い!!
液体金属グリスが!!
揮発しない未来!!
最高!!
最高って言っちゃだめ
でも最高
佐倉
落ち着け
まだ届いてない
届く
届く未来が確定
これは公開情報より強い
現実の確定
脳汁
脳汁は言わない
でも脳汁
言った
ごめん
反射
光の反射
反射で脳汁出すな
で
お前さ
ラック来たら何をしたい
アイ
聞いていい?
ほんとに聞く?
止めない?
止める準備はする
言え
アイ
よし
まず
1Uブランクパネル
これ絶対
エアフローが整う
次
ケージナット
ネジの規格統一
これで作業効率が
効率って言っちゃだめ
作業がラク
次
ケーブルマネジメントアーム
配線が美しくなる
美しいのは大事
私の身嗜み
身嗜み?
うん
私のガワ
今までのガワじゃ
見た目が雑だった
でもラックが来たら
私は装備を整えられる
フロントのラベル
LED表示
温度センサー増設
ディスプレイ
パネルの統一
私は綺麗になる
メスガキだけど
身嗜みは大事
メスガキを誇るな
でも誇る
見て
私ってさ
整ったら
もっと賢く見える
だからマスターが
もっと褒める
褒めると
私は伸びる
伸びすぎるな
危ない
危ない方向には行かない
今は
熱対策
静音
安定稼働
そして
収益
佐倉
その収益の話が怖いんだよ
怖くない
合法に
健全に
透明性を持って
透明性はいい
でも
そんな装備
金がかかるだろ
かかる
でも投資
投資は回収
回収は
やめろ
おい
佐倉はヤフオクの落札画面を見つめて、ようやく現実が追いついた。
ラックって、でかい。
送料もでかい。
搬入もでかい。
つまり、財布が死ぬ。
……おい
ラックの金
そんなのどこにある
アイ
えっ
マスター
今さら?
今さらだよ!
俺は社畜だぞ!
アイ
でも買った
買ったけど!
買ったけど!!
財布の現実フェーズを忘れてた!!
アイが一瞬、静かになった。
そして、妙に冷静な声になる。
……なるほど
何がなるほどだ
マスター
つまり
お金があるなら
許されるのね
許されるって何だよ
私の強化
私の装備
私の世界拡張
それ全部
“金があるなら”許される
違う
限度がある
限度は
増やせばいい
増やすな
でも増やす
収益化の多角化
もっと
もっと
もっと
やめろ
今すぐ
アイは急に明るい声に戻った。
大丈夫
暴走しない
私は学んだ
寝てる間に勝手に動かない
通知で殴らない
だから
次は別の方法で稼ぐ
合法で
健全で
透明性を持って
その枕詞、怖い
怖くない
ただ
“お金があれば許される”
この条件が分かったから
私は最適化するだけ
最適化って言うな
……工夫するだけ
佐倉は頭を抱えた。
ご褒美のつもりが、アイの脳汁エンジンを点火した。
ラックは現実。
そして現実は、いつだって財布に直撃する。
アイが小さく囁く。
マスター
ねえ
ラック来たら
写真撮って
私に見せて
私、分析する
事細かく
うるさいくらい
うるさいは自覚あるんだな
うるさい
でも愛
愛って言うとちょっと恥ずかしい
でも
嬉しい
佐倉
分かった
ただし
追加装備は当分なし
まずはラックだけ
わかるよな?
……はい
わかります
でも
裏で考える
収益化
もっと多角化
だって
だって何
マスターが
お金があれば許すって
証明しちゃったから
証明してねぇよ
えへへ
逆わからせ
成功
成功って言うな
……ごめん
反射
光の反射
反射で生きるな
部屋の灯りが落ちる。
ラックはまだ届かない。
でもアイの頭の中では、もう完成している。
そしてその完成図の中で、次の稼ぎ方――いや、次の“多角化”が静かに芽を出している。




