囚われの姫
あの種の魔法具には見覚えがある。少なくとも王族の彼女がはめるには、ふさわしくないものだ。
「──まさか」
背筋にゾッとするほど嫌なものを感じながら、俺は目を細めてその魔法具を注視した。
「隷属の首輪だと!?」
奴隷制度が現存する南方諸国の蛮王が用いたという魔法の首輪。それを何らかの魔法で、目立たぬようにチョーカー風に改良したものだった。はめられると主人の命令に逆らえなくなるという、強力な忠誠の魔法がかかっている。
「姫であるレイナに、こんなものまではめさせているのか」
アイテム商である俺は、このチョーカーを見て確信する。レイナは間違いなく内大臣の傀儡、囚われの姫なのだろう。
「小さいときにね。わたしはお人好しで無知だったから、だまされちゃった」
レイナは可愛らしく舌を出して、何でもないことのように答える。その気丈なしぐさと裏腹に、このチョーカーによってどんな屈辱を受けてきたのか、想像すらできない。
「さっき『口約束でも効力を発揮する魔法具がある』って注意してくれた時に、改めて間違いないと思ったよ。ノートン君がいてくれてたら、ここまでの事態にならなかった。わたしに必要なのは、あなただって」
信頼の言葉が俺の心にすっと入ってきて、温かく響く。不謹慎だがずっとこの状態でいたいと思うほど心地よい響きだった。だがその温かい言葉は、俺の心の中で急速にこみ上げてきたマグマのような熱い気持ちに打ち消される。
「なんて奴だ、許せない」
相手を隷属化させる魔法具は、ローラントの法律で国内での使用を禁止されている。それをよりによって王族の内大臣が、幼少のレイナをだますような形で使用したのだ。アイテム商として、いや人として、許せる行為ではない。
──俺は一介の商人だ。危険なことに首を突っ込むな──
脳裏には理性の言葉が響くが、それらは怒りによってかき消されていた。何よりたった一人で酷い立場にいるレイナを、放っておくことなんかできない。
「わかった、手伝おう」
危険は承知の上だった。だが迷いなく、俺はそう断言していた。
「本当!? やった~、ノートン君大好き!!」
レイナは満面の笑顔で、俺の腕を両手で握りしめた。
「昔からわたしの一生のお願い、なんでも聞いてくれてたもんね~」
「あっ!?」
その言葉に幼少の頃のレイナの姿がフラッシュバックする。過去の記憶の一部が戻ったのだ。
「思い出した! 〝一生のお願い〟は、小さいころのレイナもよく言ってた」
そのたびに、願いを聞かされてきたものだ。今回を含めると、いったい何回目だろう?
「女の子の一生のお願いは、一度きりじゃないんだよ、知らなかったのノートン君?」
「そ、そうなのか。知らなかった」
なんてことだ、女子の一生のお願いは何度もあるのか。今後、気をつけないと。
「もう、ノートン君ったら冗談だよ。かわいい」
そういうと、レイナはさらに抱き着くようにくっついてくる。美しく成長したレイナの豊かで柔らかい胸が押し付けられる。
「そんなにくっつかないでくれ」
「やだー、なんかモフモフしてるし」
柔らかさと弾力を持った胸が、瑞々しい肌を露わにした腕が、惜しげもなく俺の身体に触れる。それは震えるほどの甘美さと、温かな心地よさを伴う、不思議な感覚だった。
いい匂いがする。そもそも誰かにハグされるなんて、何年ぶりだろうか。
久しく味わったことのない感覚だ。家族も恋人もいない。そもそも獣人の俺を抱きしめてくれる人など、誰もいないからだ。
「ちょっと待ってくれ、レイナ! 俺は、獣くさいはずだ」
俺は大慌てでレイナを引き離した。
猫人とはいえ獣人の顔を持つ俺は、獣のような匂いを放っているはずだ。それは若い女子にとって嫌な匂いのはずだった。
「クンクン、そういえばペットの猫みたいな匂いがするね、ウチのミーちゃんとおんなじ匂い」
「み、ミーちゃん……」
レイナは嫌な顔一つせず、にっこり微笑む。どうやら、嫌な気はしていないみたいだ。
『もう、わたくしのご主人になれなれしくしないでくださいます!?』
ついに今まで黙っていたイエローストーンが、見かねて声を出した。基本的に人前では言葉を発するなと言い含めてあったが、レイナ相手なら問題ないと判断したのだろう。
「うわ、女の人の声だ。びっくりした。この宝石、話せるの?」
「ああ、イエローストーンは意志を持つ宝石だ」
「すごい。お城の宝物庫でも、こんなのなかなかないよ」
『それよりもご主人から離れてくださいます? まあ、ご主人のお嫁さんになっていただけるなら、構いませんが?』




