王太子レオニード
「──馬鹿な……貴様、国よりも、愛する男を選ぶというのか?」
奴の驚愕の声を聞きながら、俺の身体は天から降り下りた光に包まれた。天の光によって、俺の呪いが許され浄化されていくのを感じる。猫人の身体は粒子となって四散し、本来の姿に再構成される。誇り高き血統を胸に練り上げた精神力と、極限まで鍛え上げられた強靭な肉体。それらからこみ上げてくる嵐のような魔力は、猫人の頃の比ではない。
「わたしも、国よりも、貴方を救いたい。でもわたしは欲張りだから、国も救いたいの。だからお願い、レオニード兄様!」
輝きの中で、レイナの声が響く。彼女は俺ノートンではなく、レオニードに未来を託した。なら、レオニードに戻ることに迷いはない。俺はメモリーガンに自身の記憶結晶を装着すると、自分の胸に向かって引き金を引く。
津波のように押し寄せてくる情報が、ノートンという人格に、新たな人格を上書きしてくる。
そうだ、俺の名はレオニード。あまたの賢者たちにいずれ天にとどくと予言された王太子。だがその期待に反して、複製魔法という賦与魔法を持つことが判明した時の衝撃。周囲の冷たい視線と、廃太子の決定に悲観にくれる俺。そんな俺の姿をみて、暗い闇に落ちていくあの男の瞳、それこそ俺レオニードが奪われていた最後の記憶だった。
──思い出した、彼の名はカイン。俺の最側近にして、友情すら感じていた男──
「レオニード兄様……」
俺を呼ぶレイナの声。俺がどんな姿に戻ったのかは、自身では見ることができない。比類なき魔力を別にすれば、体感できるのは視点が高くなり、わずかに銀色の前髪が視界に入るのみ。代わりに俺の姿を確認するかのように、レイナはそんな俺を懐かしそうな瞳で見上げている。
そうだ。俺は王族の遠縁にあたるこの姫に、兄と呼ばれ、兄妹も同然に育ったのだった。
『アアアアアアアアアアア!!』
フェンリルは本能で天位魔法を放ったレイナの危険性を察知したのだろう。強大な牙をむき小山のような巨体で、彼女を押しつぶさんと襲い掛かってきた。
「聖剣グラム、我が手元に戻れ!」
本来の主の命に従い、グラムが俺の手元に吸い込まれるように戻る。俺はレイナの前に立ちはだかると、聖剣を盾に、フェンリルの牙を巨体ごと真正面から受け止めた。
城全体を揺るがすような凄まじい轟音と共に、フェンリルの動きが停止する。
物理的にはあり得ない現象。だが空間を制御することのできる我が愛剣の力を持ってすれば、質量は問題ではない。それでも押し寄せる衝撃を、ノートンやカインの矮躯とは比較にならないレオニードの強靭な肉体で受け止める。
「ローラント王覇流・次元破斬!」
さらに返す刀でフェンリルの巨体に剣撃をいれる。衝撃と共にちぎれ飛ぶ神獣の巨大な右前足。飛び散るおびただしい血液が、赤い滝のように舞う。
「──すごい。これが天にとどくと予言された、レオニード兄様の力……」
初めて見た始祖王の剣術に、後ろからレイナの驚愕の声が聞こえた。空間ごと斬れるこの聖剣と始祖王の剣術は、神獣にすらとどきうる。だがそれだけだ。禍々しい魔力の力をもって時間を逆再生するかの如く、瞬く間にフェンリルの傷は再生し、修復される。
神霊クラスの時間固定魔法による再生能力。その源である無尽蔵の魔力は王家が積み上げてきた呪い、罪の深さか。
倒すのは不可能。だが、それよりも重要なことがあった。
「レイナ、無事なのか?」
「……はい。大丈夫みたい、です」
自らを代償に天位魔法を行使したはずのレイナは無事だった。対象を俺に限定した小規模なものだったからか? いや、さっきの魔法はより完全なる天位魔法に近いものだったからだ。
そうか、そういうことか。
その瞬間、俺の人生に与えられた全てのピースがそろい、全てが理解できた。
いつか天にとどくと予言された俺の賦与魔法が、魔法具を複製する魔法であった理由が──
俺たちに与えられた天命と、天位魔法の詠唱呪文が、複数形であった理由が──
レイナと過ごした輝かしいこの数日間の、真の意味が──
「一人で登れぬ山も、二人でなら登れることはある」と、ヴィラに語った言葉が脳裏をよぎる。
──〝複製魔法〟白麗聖衣を複製せよ──
意を決した俺は複製魔法でレイナの白麗聖衣を複製し、男性用に改変し自身の身にまとう。
「……始祖王様!?」
「始祖王ロランに、似ているのか?」
「はい。絵画で見た始祖王様に、そっくりです」
レイナはまるで物語上の人物を見るような瞳で俺を見上げている。鏡もないため自身の姿はわからないが、彼女が言うならそうなのだろう。
だが始祖王の幻影を追う王族は俺たちで最後だ。今こそ彼を超え、天位魔法を完成させる時。
「レイナ、やるぞ!」
俺はレイナに右手を差し出す。彼女は何かまぶしいものでも見るかのような顔で俺を見つめ返した後、俺の意図に気づいたのかハッと表情を変え、
「──うん!」
次の瞬間、レイナは瞳を輝かせながら俺の右手を全力でつかんだ。
やっとつかんだ美しい手。いや違う。最初に怪盗エルフを救出した時も、伯爵邸から一緒に跳び逃げた時も、マホジョでの中でさえも、俺は確かにこの手を取っていた。
今になって気づいた。彼女と過ごした日々は、危険と隣り合わせのものだったが、最高に輝いていたということを。二人で歩めるなら、どんな困難さえも、きっと愛おしいものだろう。




