レイナ
「はあはあはあ」
「ふうふうふう」
何とか俺の家の玄関にたどり着いた俺とレイナは、その場で倒れこみ、息を切らしていた。
「ここまでくれば、もう安全だ」
俺はドアを閉め、カギをかける。ドアを閉じる前に周囲を確認したが、追手の気配はない。
俺の家はニャン古亭と一体の建物の裏側にあった。アイテムを泥棒から守るため防犯用の魔法具で武装してある。ちょっとした盗賊団の襲撃を受けても、十分に撃退できるくらいの防御力を持っているので、安全なはずだ。
「助けていただき、ありがとうございました。感謝いたします──って!?」
丁寧な仕草で感謝の意を述べていたレイナは、途中で大声をあげて俺の顔を覗き込み、しばらくの間、その美しい瞳をめいっぱいに広げ、俺を見つめた。
俺の胸が緊張のあまり強く脈打つ。
幼少の頃の面影を残しつつも、美しく成長したレイナ。そのルビーのように澄んだ瞳で間近から見つめられるのは何年ぶりだろうか。
「ノートン君、やっぱりノートン君だ!!」
レイナは満面の笑顔を浮かべ、俺の両手を握りしめてきた。
予想外のことに、俺はそのまま身を硬くした。すべすべとした白魚のような指先が、俺の手に触れる。それだけでもドキリとするほど心地よく、不思議な温かさを感じた。
「レイナだよな。しかし、どうしてエルフの姿をしているんだ?」
「そっか~、まだこの格好のままだったね。ちょっと待っててね」
レイナは右耳にはめていたイヤリングを外す。
「!? エルフ化の魔法具か」
イヤリングを外すと同時に、レイナの耳は短くなり、人間のそれと同じものになった。
改めてレイナの姿を見つめる。
短くカットしたスカートに両肩を出したオフショルダーのブラウスといういでたちは、深窓の令嬢といった面影はなく、町娘みたいなラフな格好だ。だが目の前にいるのは、俺がバルコニーで見た姫、レイネシア・フォン・ローラント姫その人で間違いなかった。
「レイナ……いや、レイネシア、姫」
「レイナでいいよ、ノートン君。改めて、助けてくれて、ありがとう」
レイナは改めて礼を言った。
「すっごい久しぶりだね」
屈託のない笑顔で微笑む。親しく話しかけてくれるその表情は、再会を喜ぶ幼馴染のものだった。
そうだ、レイナはこういう性格だった。
おぼろげだった記憶がよみがえった。女の子なのに活発な彼女に、振り回されていたものだった。それは暗闇に光が差し込むような、懐かしく暖かな感覚だった。
「……俺のことを覚えていてくれていたのか」
王族である彼女は、俺のことなどすっかり忘れていたと思っていた。その事実に、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「もちろん! というか、今日の広場での謁見の時に来てたでしょ?」
昼間のバルコニーでのことを言っているのか。だが俺がレイナの姿を確認できたのは、猫人の視力があってのことだ。
「まさか、あの距離で見えるはずがない」
「見えるよ~、だって猫人の顔はすっごく目立つし、わたしは目もいいしね」
そうか、バルコニーから見つめられていた気がしたが、気のせいではなかったのか。
俺は次なる言葉に詰まった。なぜエルフの姿で怪盗をしていたのか? 姫としてどう暮らしているのか? あるいはもっと昔の、俺が猫人化したことについて、何か知っていることはないか?
聞きたいことは山のようにあった。どういうわけか胸がいっぱいになって、言葉にならない。下手な言葉を発するよりも、今の不思議と心地よい感覚にひたっていたかった。
そんな俺を、レイナは興味深そうに見つめていた。だがそこに〝ぐ~〟と、腹の虫の音が鳴り響いた。俺のものではない、俺の夕食は先ほど済ませたからだ。
「あっ、ごめんね、ノートン君。わたし、おなかへってたみたい」
ばつが悪そうに頬を赤らめたレイナのために、俺は大急ぎで食べるものを用意した。




