決戦(上)
俺は奴を見据え全力で疾駆しながら、右手でジャケットのポケットから銃を取り出し、奴に狙いを定め引き金を引く。銃身こそヴィラから回収したメモリーガンの贋作だが、弾丸は魔力で圧縮空気を打ち出す空気銃だった。
その予備動作から弾道は奴には筒抜けのはずだ。だが奴はよほど自信があるのか防御をする仕草すら見せず、余裕の表情で正面から放たれた銃弾を見据えていた。
事実、俺が放った銃弾は奴に激突する寸前で、何の前触れもなく吹いた突風によって弾道を逸らされ、大聖堂の重厚な壁にぶつかって四散する。
やはり何らかの風による自律防御か。
奴がどんな魔法具を有しているのかは、俺が知るよしもない。加えて奴は俺から奪ったレオニードの賦与魔法さえ、その手に有しているはずだ。彼我の戦力差は圧倒的だが、アイテム商としてつちかった知識と経験をフル活用し、戦いながら奴の手の内を分析していくしかない。
「〝王城の守護獣〟(ロイヤル・ガーゴイル)、この男を拘束せよ」
奴が呪文を詠唱すると共に大聖堂の地面が隆起し、触手のようなものになって俺を襲う。
戦域魔法!? マホジョの校舎と同じ建物を操る魔法か。
内大臣である奴は、王城の防御機能を自在に操れるのか。だが対応は可能だった。
事前にヴィラとの戦いで校舎の戦域魔法を見ていたことが幸いした。俺は触手をかわしながら、用意していたありったけの魔法酒を、周囲にばらまく。
「スライムの酒か、小賢しいまねを!」
触手を無力化された奴が、悪態をつく。今度はこちらの番だ。遠距離戦では風の護りを突破できない限り、俺に勝ち目はない。だが近づきさえすれば勝機はある。電撃を操るイエローストーンの能力は、奴に知られていない可能性が高い上に、接近戦では無類の強さを誇るからだ。
俺はこちらの間合いギリギリまで接近すると、ジャケットから銀色に輝く液体を召喚し、前方に展開させる。それはレイナも知る魔法だった。
「あれはポロン先生の〝麗血の水銀〟!?」
ヴィラから接収した水銀操作魔法。俺は水銀を隆起させると、巨大な獅子の姿に変えた。
獅子は肉食獣の脚力をもって、わずか一躍で奴との距離を詰め、その牙で襲い掛かる。この質量では風の加護では防げまい。だが水銀の巨獣を前にしても、奴は身動き一つしない。
獅子が奴に噛みつくと同時に、金属どうしがぶつかるすさまじい音が大聖堂中に響いた。奴のマントがまるで盾のような形に変化し、水銀の牙を防いだ。
「水銀を獅子に変えるか、なかなか器用だが、物質操作の魔法具を持っているのは、お前だけではない。俺もマントの性質を自在に変えることができる。牙さえ弾く強固な金属にな」
「──その金属とやらは、電気を通す性質のものか?」
「何!?」
獅子の身体から俺の右手に伸びる銀色の糸。それに気づいた奴の目に戦慄が走る。だがもう遅い。
「〝電撃の拳〟」
右手に握りしめているイエローストーンから水銀の糸を伝って、奴に全力で電撃を叩き込む。いかなる手段をもってしても、この攻撃は防げまい。
ほとばしる発光。その後の電撃で衣服が焼ける嫌な匂いと共に、勝利を確信する俺。
だが直後、思いもしなかった現実に目を見開いた。
──無傷!? マントの一部を避雷針にして電流を地中に逃しただと!?──
あの一瞬でそんな判断は不可能だ。偶然なのか?
「今のは少し、ヒヤッとしたぞ」
嘲るような笑みを浮かべる奴。尋常ならざる幸運だったが、予期していた様子でもある。
幸運を予期!? そうか!
俺は目をこらして、奴の衣服を凝視する。奴が手にはめているのは〝気まぐれの風精霊の手袋〟だ。風の精霊の加護を受けることができるが、その発生はランダムなものとなる。しかし胸につけている勲章は──
「この勲章の正体に気づいたか。戦闘中に見破ったのは、お前が初めてだ」
勲章の形に改造しているが、あれは幸運の護符に間違いない。もっともサーシャの持っていた幸運の護符とは桁違いの効果をもつ一級の業物。
〝気まぐれの風精霊の手袋〟と〝大幸運の護符〟のセット運用が、風の自律防御の正体か。
「俺の秘密を知った限り、手加減はなしだ。本気で行くぞ!」
奴は腰に帯びていた剣を抜く。それは人が振るうにはあまりに巨大で重厚な、甲冑ごと叩き切る時代の大剣だった。
──あの剣は、ヤバい──
俺の失われた記憶が全力で訴えていた。俺はあの大剣を知っている。極めて危険なものであると、全身が警告していた。
「始祖王の聖剣よ、この男ごと、世界を切り裂け!」
奴が剣を薙ぎ払う同時に、剣から放たれた深紅の光は文字通り世界を切り裂いた。砕け散り宙を舞う床石の欠片と、切り裂かれた空間の向こうに垣間見える、禍々しい異空間。
刹那、本能よりも早く、全身が訴える危機的な叫びに従い全力で身をひるがえしていた俺は、紙一重のところでその衝撃をかわしていた。
空間を斬る剣、始祖王ロランが持っていたという伝説の聖剣グラムか。
ローラント建国戦争で使われたという、次元を操作する光を放つ最強の魔法具だった。俺の幸運は二度は続かない。次にあれを喰らったら、最後だ。
だが最強の聖剣を前にしながらも、俺には恐れも戸惑いも無かった。奴の防御の正体がわかった以上、勝機はある。後は全力で、そのわずかな可能性をつかみ取るのみだ。




