怪盗と王太子
初めて間近でこの男を見る。王家の嫡子にふさわしい威風を備えてはいるが、赤く光る目だけが別の生き物のように禍々しい光を放っていた。あれは王族の者が持つ瞳ではない。
「内大臣、待って、彼は──」
「黙れ女! ギアスをもって命ずる、〝俺たちに手を出すな!〟」
「きゃっ!?」
内大臣はとても姫に投げつけるとは思えないほど厳しい声で、レイナを叱りつける。同時に魔力が発動し、レイナの自由を奪う。
従属のギアス!? 馬鹿な、あれは中和したはず。
「隷属の効果を不忠の呪いで中和か、こざかしい手を使う奴だ。だが奴隷の首輪は、二重にはめておくものだ」
勝ち誇った瞳で、内大臣は俺を見つめる。レイナのギアスは、チョーカーによるものではない。彼女の左手中指の指輪から発動しているものだ。あれは彼女の母親の形見の指輪だったはずだが、どういうことだ?
「怪訝な顔をしているな、なら教えてやろう。その指輪は、俺が魔法で形を変化させた隷属の指輪だ。その女は自分の奴隷の首輪を、母の形見だと思って後生大事に身につけていたのだ」
内大臣は誇らしげに、俺とレイナに本物の指輪を見せつける。それはレイナがはめているのとまったく同じものだった。
「これこそ俺の賦与魔法、〝贋作〟の力だ」
「内大臣の賦与魔法が〝贋作〟!?」
にわかには信じがたい。とても王族の、それもかつて天にとどく王太子と嘱望された者が持つにはふさわしくない能力だったからだ。
「対象の形だけを変化させる魔法、実にくだらない能力だと思うだろう? お前に与えられた賦与魔法と違ってな」
王族として似つかわしくない、自虐的で下卑た笑みを口元に浮かべた。
やはりこいつは俺のことを知っている。俺すら知りえない俺自身の賦与魔法さえも。
問い質したいことはいくらでもあった。だが俺の口から出たのはレイナに関する言葉だった。
「──なぜ、レイネシア姫と結婚するんだ?」
天位魔法を発動させて使い捨てる気なら、結婚までする必要はないはずだ。
「そんなこともわからないのか?」
と内大臣は愚者に対するような口調で、俺の問いに答えた。
「自らを犠牲に天位魔法を発動した姫は、国を救った聖女となる。その配偶者であった俺が、次の王太子となるのは必然、王位継承権は本来のレオニードに戻り、俺は次期国王となる」
内大臣は堂々とした口調で宣言する。その言葉からは、婚約者であるレイナに対するひと欠けらの愛情も、犠牲になる彼女に対する畏敬の念も、憐れみの情すらなかった。
「うう……」
気丈にも耐えるレイナ。だがその瞳はみるみるうちに涙でいっぱいになり、必死で零れ落ちないようにこらえている。
「この、ゲス野郎!」
「そうさ、俺は下衆だ。だが俺がゲスなら、お前はカスだ。俺から全て奪い取られた残りカス、それがお前だ」
俺から全てを奪った、何を言っているのか?
「真のカスは、自分が何を奪われたのかさえ覚えていない。なぜなら容姿だけでなく、記憶さえも盗まれているのだからな」
内大臣が懐から取り出したのは、異様な光を放つ銃だった。その銃身をみた俺は直感する。あれは、かつてドレットノートが盗み見だしたという本物のメモリーガンだった。
本物のメモリーガンを持っている、やはりこいつが俺の記憶を奪ったのか!? だとしたらこいつの正体は、記憶を奪われる前の俺は、いったい何者だったんだ?
いや、既に見当はついている。こいつが俺から全てを奪ったというならば──
「最後に教えてやろう。俺の正体と、お前の正体についてな」
内大臣は自身の顔から皮のようなものをはぎ取ると、地面に打ち捨てた。
あれは美魔女のパック!? 顔の型を取り、なりすましていたのか。
パックの奥から現れた内大臣の素顔。日焼けした漆黒の肌に黒い髪、額に刻み込まれた入れ墨は、彼が異国の奴隷身分出身であることを示していた。少なくともローラント王族ではない。
「少年の頃に奪った貴様の顔型を、熟成枕で成長させるのは手間だった。もちろんこの真作のリボンを併用してのことだが」
美魔女のパックを熟成枕で成長させ、何年も同一人物になりすましていたのか。確かに真作のリボンを併用すれば不可能ではないが、考えもしなかった。
「どうしたアイテム商? 複数のアイテムを上手く使いこなせるのは、自分だけだとでもうぬぼれていたのか?」
俺が唯一優っていると信じていた長所を否定するような、奴の勝ち誇った声が響く。
「──貴様、何者だ?」
俺が発した言葉に、奴はおよそ人がなしえないほどの邪悪な笑みを浮かべると、我が意を得たりとばかりに自身の素性を高らかに宣言した。
「我こそは、〝怪盗ドレットノート〟。記憶も能力も、国すら奪う大怪盗!」
──こいつが怪盗ドレットノートだと!? まさか、そんな──
七年前に姿を消した伝説の大怪盗ドレットノート、それがこいつだと!?
「そしてお前こそ、かつて天にとどくと予言されし王太子レオニード。今はその残りカスだがな」
「──俺が、レオニード……」
欠けた記憶の最後にして最大のピースが、この男の言葉ではまる。
本能が告げていた。何者かに盗まれ、それでもわずかに残っていた少年時代の記憶の断片たちが、全力で訴えかける。間違いない、俺はレオニードであると。
そうだ、こいつは俺から全てを奪い、獣化の呪いまでかけて追放した敵。
俺の目的と憎悪、絶望と希望の全てが、一本の線の元につながり、その先にこの男がいた。
──ようやく〝敵〟が見えた──
王位を狙う簒奪者にして、俺から全てを奪った男。なによりレイナを悲しませる存在。
もはや交わす言葉などない。全身の血流が逆流するような衝動に突き動かされるように、俺は全力で目の前の〝敵〟を討ち果たすために駆けだした。




