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【怪盗ドレッドノートの秘宝と天にとどく魔法の姫】  作者: 蒼空 秋


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告白

 フェンリルの脅威の元に発言された戒厳令、同時にレイネシア姫の結婚式と、天位魔法の発動の儀を待つという異例の状況におかれた深夜の王都は静寂と緊張が支配し、時が止まっているかのように感じられた。人々は自宅にこもり、まだ見ぬ神獣フェンリルの恐怖と天位魔法への期待を胸に、息を殺すように肩を寄り添い合って眠れぬ夜を過ごしているのだろう。


 加えて異常気象で氷のように冷え切った夜の街を、俺は一人音もなく駆けていた。


 認識できる状況は極めて厳しいものだった。だが俺の心は迷いもなく、わずかな嘘もない。レイナへの気持ちを認めた俺の魂は、あらゆる束縛から解放されたような自由なもので、この熱い思いさえ遂げられればいつ死んでもいいとさえ思えた。


 俺はララさんが教えてくれた古の地下通路から、王城へと入った。古の王家が作った極秘の避難通路はいつしか忘れ去られ、人知れず封鎖されてしまっていたが、猫人の俺なら用意してきたスライム酒を使わなくても、その隙間から侵入することができた。


 目指すは王城内にある大聖堂、花嫁であるレイナが待機しているはずの部屋だった。


 しかし静かだ。静かすぎる。


 王城の敷地内に入っても、俺はさしたる障害もなく、順調に先に進むことができた。城内に入ってからはララさんからもらった美魔女のパックなどの変装道具を使い、従者に扮して侵入する計画だったが、その必要すらなさそうだ。


 まるで運命が俺をレイナへと導いているかのようにさえ感じられた。もしくは誰かによる周到な罠か。だからと言って引き返すつもりはない。


 俺はついに大聖堂の扉の前に到達する。


 ローラント王家の伝統によれば、花嫁は大聖堂に待機し、花婿が来るのを待つという。つまりレイナはここにいるはずだ。


 大聖堂の前についた俺は、扉に手をかけ、ゆっくりと開く。


 屋内とは思えないほど高い天井、その天井にはステンドガラスが張り巡らされ、ガラスによって赤と青に染められた月明かりの光が、堂内にそそいでいた。


 その光が祝福するように交わる堂内中央に、一人彼女はいた。


「レイナ……」


「ノートン、君……」


 レイナも気づいたようだ。その大きな瞳をめいいっぱい広げて、俺を見つめてくる。


「──綺麗だ」


 思わず俺の口から出たのは、そんな言葉だった。


 テラスで見た純白のウェディングドレスにシルクのヴェールをかぶり、口元にわずかな紅をさしたレイナ。その姿は王族の姫が持つ清楚さと高貴さ、レイナ自身の天性の華やかさと瑞々しさという、彼女が持つ美しい徳性の全てを最高の形で調和させていた。


 たとえ俺ではない他の誰かに向けられた衣装だとしても、その美しさは俺の心に突き刺さった。


「……うん、ありがと」


 レイナが、一瞬だけ姫の高貴さを捨てて一人の娘に戻り、微笑み返してくれた。


「でも、帰って。今ならまだ、間に合うと思う」


 唇を固く引き締め再び姫の表情に戻った彼女が、帰るようにうながす。


「一緒に、行こうレイナ。内大臣は、王国は、君を犠牲にする気だ」


「……うん、知ってる」


 俺の言葉に、レイナは寂しそうに微笑む。やはり全てを知ったうえで、犠牲になる役目を引き受けたのか。


「わたしは、この国のお姫様だからね。みんなのために、がんばらないと」


 それが死を意味することを理解しながらも、気丈にも作り笑顔を見せる。その姿は、慈悲深く気高き姫のものだった。


 その気丈さが、俺の目にはまぶしくて、涙が出るほど美しく感じた。


 そうか、俺はレイナのこんなところに惹かれたのか。


 活発で明るく、でもどこまでも気高く高潔で、皆のために尽くす。それは呪い付きのアイテム商としてその場しのぎの生き方をする俺とは対照的な、どこまでも美しいものだった。


 レイナはぽっかりと空いた俺の記憶の心を埋めるような、まるで片割れのような存在だった。俺は彼女を求めると同時に、ともに歩くことによって彼女のようにありたいと、彼女のような気高く美しい生き方に〝戻りたい〟と思っていた。


 だが、だからこそ、運命に押しつぶさせたりはしない。


 もはや建前はいい。俺はレイナの瞳をまっすぐに見つめながら、心からの言葉を告げる。


「レイナ、君が好きだ」


 俺の告白に、レイナは瞳を大きく見開く。その言葉は確かに彼女の本心にとどいた気がした。


 永遠にも感じられた一瞬、その後──


 レイナはまるで俺の言葉を、自分の心の中にある宝箱にしまうように、両手で胸元をおさえこむと、ゆっくりと俺に向けて微笑えんでくれた。


「ありがと、今まで生きてきた中で、一番幸せ。その言葉だけで、生まれてきてよかった。だから、もういいの」


 あくまでも覚悟を決めた姫としての、決意を秘めた瞳で返してくれた。


 その瞳を見て直感した。もしあの固く結ばれた決意を動かすことができる者がいるなら、それは同じ王族としての運命を受け入れ、彼女と共に歩む者の言葉だけだろう。


 俺ではとどかないのか。だが内大臣も王国も、彼女の善意に付け込んで使い潰すだけだ。


「──レイナ、教えてくれ。一緒にでかけたあの日は、キラキラしていたか?」


 心の奥底から必死で探し発した俺の言葉に、再びレイナはハッとした表情を見せた。


「俺は今まで生きてきた中で、一番楽しかった。キラキラ輝いていた」


「……うん、私も楽しかった」


「なら、もういいとかいうな。そんなキラキラした大切なものを、手放すな。俺と、来てくれ」 


 あの時言えなかった言葉を告げる。彼女の唇は、小さく震えていた。


 レイナの唇がゆっくりと開く。必死の思いで、何か大切な答えをくれようとしていた。


 俺がすべての意識を、その答えに注ぎ込んだ、その瞬間、


「呪われし獣人よ。だが深夜の来訪の非礼を許し、特別に歓迎しようではないか」


 よく響く声と共に、扉の奥から男が現れた。王族直系の証たる銀髪に純白の礼服とマントを身にまとい、胸に輝く勲章をつけた青年、レオニード内大臣だった。

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