決意
家に帰ると既に夜もふけていたが、ララさんはいつもの笑顔で出迎えてくれた。
「話は聞いたよ。辛いものを見たね」
「いいえ、大丈夫です」
心の中は空っぽだったが、丁寧に答える。本当に辛い時は嘆く力も枯渇するため、逆に礼儀正しくなると誰かが言っていたが、そうかもしれない。
それに現状を嘆くよりも、真実を知りたいという欲求の方が勝っていた。特にレイナの天位魔法について、もっと詳しい情報を俺は知るべきだった。
「知っているのであれば、教えてほしい。レイナの天位魔法は、完成していないはずだ」
天位魔法を完成させるため、彼女は必死で駆け巡っていたはずだ。内大臣は、どうやって天位魔法を発動するつもりなんだ。
「ノートンちゃんは、レイナちゃんの賦与魔法が何か、知っているかい?」
「〝献身〟が関係したものだと聞いてる」
「ふむ。それは正確ではない。正しくは〝献身と犠牲〟さ」
「献身と犠牲……」
レイナの笑顔が思い浮かぶ。確かに活発な見た目に反して、彼女は自分を犠牲にしても献身的に尽くすタイプだ。それは国のため、一人で危険な活動をしていたことからも明らかだ。
「それを最大限に発揮すれば、天にとどくほど膨大な魔力を生み出すことができる。自身の命と、引き換えにね」
「自身の命……」
「呪いと呼ばれる天位魔法〝黒〟を授かる前の、古代の〝聖女〟と言われた者たちが使っていた自己犠牲の賦与魔法さ。レイナちゃんの天命は、そういうものなのだろう」
「つまり内大臣の計画は、レイナを犠牲に天位魔法を発動し、呪いの神獣フェンリルを消し去るということか」
内大臣は、最初からレイナを使い潰すつもりだったのだ。
「だが、ギアスによる強制は、もうないはずだ」
「ああ、レイナちゃん自身の意思だよ」
「レイナの意思、どういうことだ?」
「〝君だけが犠牲になればいい、それが王族の姫としての使命であると〟そう認識させられ、自ら志願するように仕向けられたのだろう。年端もない、優しく責任感の強い少女を言いくるめるなど、赤子の手をひねるようなものさ」
淡々と語るララさんの言葉に、俺は吐き気がするほど不快なものを感じていた。結局のところ、レイナのひときわ強い使命感と優しさに、つけこんだだけだ。
病床に伏したまま沈黙しているエレナミア女王も、おそらく内大臣と同じ魂胆なのだろう。
レイナがどれだけこの国を愛し使命を果たそうとしても、この国の政府は、彼女を使い捨てるだけだ。民衆はそのことを知りすらしない。万が一知ったところで、〝多くの民のため王族の運命を受け入れろ〟と要求してくるだろう。
当のレイナだけがそれに抵抗を示し、自ら怪盗となってわずかな可能性にすがり、必死に別の道を探していた。結局のところ、彼女は途方もなく孤独だった。あの明るい笑顔の向こうに、そんな辛い運命を隠していたのか。
俺との時間が、彼女にとってはいかに希少だったのか、ようやく理解できた。
夕陽の前で「時間切れだね」と言っていたのは、そういうことか。
レイナはフェンリルの出現を予感し、最後の時間を俺へのデートとしてプレゼントしてくれたのか。
まぶたが熱い。何も知らなかった愚かな俺と、彼女の優しい心につけこんだ者達による理不尽な仕打ちに、こみあげてきた感情は、大粒の涙となってこぼれ落ちる。
涙と共に、心がはち切れんばかりの思いに包まれていることに気づいた。
──ああ、俺はレイナが好きなんだ──
この温かくも切ない感情の正体を、俺はついに認める。
あの時、レイナの手を取って、どこか遠くに逃げてしまえばよかった。
政府が壊滅しようが、王国が滅亡しようが、知ったことではない。それは今まで感じたことのないような、熱くて強い、俺自身の感情だった。
「──レイナを、盗みだす」
たとえ彼女が自身の運命を受けいれていたとしても、俺だけは彼女の味方でいたかった。それがあの男、内大臣レオニードと戦うことになっても、この国を犠牲にすることになってもだ。
「……ほう、やっと男の目になったね。いや、怪盗の目と言うべきか」
大義もなく、実行すれば反逆罪に問われるであろう俺の決意を、ララさんは否定するわけでもなく、口元に笑みすら浮かべながら興味深そうに見つめていた。
「では、王城に侵入する方法を教えてあげよう。少々古いがとっておきのルートがあるんだ」
ララさんは慣れた手つきで机の上に図を広げる。驚くべきことに、それは王城の地下通路から通気口、さらには王族の秘密通路まで網羅された、極めて詳細な見取り図だった。
ララさんは最適な侵入ルートを教えてくれると、最後にこう忠告してきた。
「内大臣を名乗るあの男には気をつけたまえ。何度か狙撃事件があったけど、全て失敗に終わっている。風の自律防御を持つ魔法具を有しているようだ」
「オートでの風の加護? そんな強力なアイテムが、ありえるのか!?」
狙撃による暗殺を防いだということは、魔法具自体が自律性を持っているということだ。だが自律防御の魔法は、あの美魔女ヴィラですら持ちえなかった。にわかには信じがたい能力だ。
やはり一筋縄ではいかない強力な相手だ。
「手ごわい相手になるだろうね。十分に対策をしていきなさい」
「……なぜ、俺に協力してくれるのですか?」
ララさんの行為は、国家反逆の共謀罪に問われても仕方のないものだった。加えて彼女の持っている情報は、王都一の噂好きの範疇を完全に超えていた。
「ふふ、これでもロマンチストでね、若人の愛の起こす奇跡に、期待したい年頃なのさ」
意味深な笑みを浮かべながら、ララさんは俺の質問をはぐらかす。俺は若干の疑問を残しつつも、俺の恩師であり、長い付き合いのあるこの女性の情報にかけるしかなかった。




