緊急発表
「……俺が悪かったのだろうか?」
『いいえ、今日のご主人は満点でした。たいへんよく頑張りました』
椅子に座りふさぎ込んでいる俺を、イエローストーンが慰めてくれる。
「猫人の俺なんて、本当はいやだったのだろうか?』
『レイナさんは今更そんなことを気にする女性ではありません。おそらく、何らかの事情があったと考えるべきです』
イエローストーンの言わんとしていることは理解できた。仕事と同じだ。まず情報収集をして、対策を練るべきだろう。だが頭ではわかっていても、心ががらんとうのように空虚になっていて何もする気が起きず、俺は何時間もいつもレイナが座っていた椅子を、ただ眺めていた。
そんな折に、突然ドアがノックされた音を聞き、俺は飛びつくようにドアを開けた。
「こんばんは、ノートンちゃん」
ドアの向こうにいたのは、ララさんだった。レイナではなかったことに、俺は大きく肩を落とす。どういうわけか、雪が積もった傘をさしていた。
「どうして、ここに?」
「もうお店どころじゃなくてね」
店どころじゃないとは、どういうことだろう。
「知らないのかい、ノートンちゃん。神獣フェンリルの目撃のニュースで、王都は大騒ぎだよ?」
「神獣フェンリル!?」
俺は思わず声をあげた。神獣フェンリル。魔獣や幻獣よりも上位の神域に分類される神の獣であり、その力は神々をも食い殺すほど強大なものとされている。
「アララ砂漠に銀の雪が降ったという噂は、真実だったようだね」
「どういうことだ、ララさん」
「フェンリルが出現する前兆として、季節外れの大雪が降り、次いで銀色の雪が降るという。吸い込めば死に至る銀の吹雪と共にフェンリルは顕現するという、古の大賢者の預言さ」
そんな預言は知らなかった。いや、どうして俺が知らないんだ? 俺の失われた記憶に含まれていた情報か?
「しかもリイアン地区で、フェンリルの眷属とおぼしき目撃例と足跡まで発見され、王都は蜂の巣をつついたような混乱状態さ。外を見てごらん」
ララさんに言われたとおり、ドアの外を見る。まだ秋だというのに一面が雪景色だった。外気は氷のように冷たく、昼間の晴天がウソのようだ。しかも夜中だというのに喧噪の声があちこちから聞こえる。確かに尋常な雰囲気ではない。
「加えてディーク伯爵の旧領で、伯爵派の残党が反乱を起こしたという話まである。いやはや、この状況で人間同士の争いをする思考は理解できないね」
ララさんはやれやれと呆れたような口調で、とんでもないことを告げた。
反乱、レイナがあれほど嫌がっていた国民どうしの争いが、起こってしまったのか。
「それで、どうしてここに?」
「ノートンちゃんたちのことが、ちょっと気になってねえ。レイナちゃんはどこにいるのかな?」
ララさんの言葉が俺の胸に刺さる。彼女はもうここにはいないからだ。
「あの娘の正体は、レイネシア姫だね? ノートンちゃん」
「どうしてそれを!?」
「わかるさ。贋作のリボンをつけていただろう? つまりあの娘は姫に似た偽物ではなく、本物だったということさ。怪盗キャットの正体がノートンちゃんで、怪盗エルフの方はレイナちゃんだね」
さすがはニャン古亭の先代のララさんだった。全て見破られていたか。
「しかしひどい顔をしているね。何があったのか、私に話してごらん。こういう時は、先輩で年上のお姉さんに頼るものさ」
優しく微笑むララさんにすがるように、俺は全てのいきさつを話した。
「⋯⋯ふむ、思った通りの状況だね。だが対策を検討するのは後だ。今夜、政府からフェンリルに関する緊急発表があるらしい」
「政府からの緊急発表!?」
「おそらくレイナちゃんもでてくるはずだ。私はやることがあるから、行ってきてくれるかな」
「わかった、すぐ準備する」
俺はコートを羽織ると急ぎ足で王城前広場へと向かった。




