救出
俺は自宅に向けて夜道を歩いていた。少し肌寒い秋の夜道だったが、夜食用に買った肉のパイがポケットにあるため、懐だけは温かかった。見慣れたはずの王都の街並みはどこか不気味に感じられた。
俺はまた「ふう」とため息をつく。レイネシア姫のことを思い出すと、なんだか暗い気分になりそうだった。今夜はパイを食べて早めに寝ることにしよう。
「──むっ!?」
『ご主人、なんだか変ですよ?』
イエローストーンに言われるまでもなく、俺は異変を感じ取っていた。路地裏の奥に、誰かいる。それも複数人。
盗賊、にしては様子が変だ。
こちらを待ち構えている感じではなく、争っている感じ。おそらく何かのトラブルか。
声と雰囲気から片方は女、もう片方は男のようだ。カップル間のトラブルにしては、様子が変だ。刃物が風を切り、建物に当たった金属音が鳴り響いている。
尋常ではない。だが俺は内心では少しほっとしていた。少なくとも俺を狙ったものではないことは、ほぼ確実だからだ。
どうする? こちらには気づいていない様子だが。
面倒事なら巻き込まれたくない。下手に確認などせずに、今来た道を全速で戻るべきだ。だが好奇心とは違う、もっと強い直感のようなものを感じ、俺は猫人の目を見開き路地裏を見つめていた。
一方の女はエルフ、まさか怪盗エルフか!?
予想外の事実に俺は目を見開いた。ポニーテルに束ねた長い金髪に、エルフの特徴とされる長い耳を持つ少女。あれは間違いなく、伝承で聞くエルフの姿。
少女の顔は角度的にわからないが、その姿は噂で聞く怪盗エルフそのものだった。
相手は警察? いや、違う。
争っている相手の大男は、どう見ても警察ではなかった。巨大な曲刀を振り回し、エルフの少女の身体を切り裂こうとしていたからだ。
「はあ、はあ……」
防戦している少女は、苦しそうに肩で息をしていた。よほど疲弊しているのか、動きが悪い。彼女が敗れるであろうことは、誰の目にも明らかだった。
俺には関係ない、あの娘がどうなろうが、関係ないことだ。速やかに立ち去るべきだ。
頭の中で、俺の理性が何度もそう警告する。
だが俺の視線は何故か少女に釘付けになり、目を離すことができなかった。
大男が振り上げた曲刀が、少女の顔をかすめる。少女は紙一重でかわすが、月明かりがその顔をはっきりと映し出した。
──なんだと!?──
俺の体中を電流が走ったような衝撃がめぐった。俺が知っている人物だったからだ。
レイナ、レイネシア姫だと!?
ひるんだ表情の少女。耳こそエルフのものだったが、その素顔は間違いなくレイナことレイネシア姫のものだった。
考えるより先に、体が動いていた。気が付くと俺は全力で姫と大男のもとへと駆けていた。
くそ、くそ、何をしているんだ俺は!
自分でも馬鹿なことをしている自覚は痛いほどあったが、体だけ別の生き物のように動き、駆けながら右手を自身のジャケットの内ポケットに滑り込ませる。
「レイナ、目をつぶれ!」
少女にそう叫ぶや否や、俺は懐から取り出したものに着火し、男に向けて投げつけた。彼女が俺の忠告に従うかどうかは賭けだ。だが従ってくれると信じて俺自身もかたく目を閉じる。
暗闇の中に突然現れた真昼の太陽のような光が、俺のまぶたを照りつける。目を閉じている俺にも、はっきりわかる強い輝きだった。
「なに!?」
突然の光に、男の驚愕する声が聞こえた。
俺が投げつけたのは〝蚊取り閃光〟。サーシャから買い取ったばかりの、魔法の光と共に蚊を集める魔法具だ。
「目が、目が~!!」
突然の光に、目くらましを食らった男の悶え声が響く。
「いくぞ、イエローストーン、〝電撃の掌〟」
『わかりました、ご主人!』
俺は魔力を右手に込めるとイエローストーンを掌ごと男に押し付け、ありったけの電撃を直接男に流し込む。
「ぎゃああああ!!」
感電している男のポケットにとある護符をねじ込むと、俺は少女の手を強くとる。幸い彼女は俺の声を信じて目を閉じていたため、閃光によるダメージは無いようだ。
「えっ!?」
少女はその美しい瞳を目いっぱいに見開いたまま、驚きの表情で俺を見据えていた。
やはりレイナだ。
だが再会を喜ぶ時間など無い。一刻も早く、彼女を連れてこの場を去るべきだ。
「逃げるぞ!」
彼女の腕を強引にとって、そのまま連れ出す。男が目くらましと感電のショックから回復する前に、できるだけ距離を稼がなくては。
「ま、待て。貴様、許さんぞ! うわああああああああ」
慌てた男は足を滑らせて、その場で転ぶ。さらに不運なことに、転んだ拍子に腕を引っ掛けたらしく、周りの角材が男に向けて次々と倒れてきた。これでしばらくは身動きできまい。
「くっ、なんで虫がこんなにたくさん?」
最後には身動きが取れない男に対し、蚊取り閃光の効果である大量の虫が襲来する。まさに不幸の連鎖、だが度重なる彼の不運は、俺が意図したものだった。
「このまま逃げるぞ、レイナ!」
「はっ、はい」
男は追ってこられていない。俺は彼女の手を強くつかんだまま、その場を駆け抜けた。




