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【怪盗ドレッドノートの秘宝と天にとどく魔法の姫】  作者: 蒼空 秋


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レイネシア姫


 夕暮れ時だというのに王城前の広場は、人々でごった返していた。

 幸いにして猫人である俺の身体は柔らかいため、人込みをスルスルとすり抜けながら、王城のバルコニーが見える位置まで移動することができた。

『すごい人ですね、ご主人』

 ローラント王国の王太子であるレイネシア・フォン・ローラント姫。噂では王家が有する天位魔法を継承する資格があるため、王族の末席でありながら王太子に指名されたという。彼女を出してくるなど、よほど重要な発表があるに違いない。

それにひょっとしたら、この猫顔の呪いについてなにか手がかりが得られるかもしれない。

 俺には猫人になる以前の記憶がない。どういう呪いを受けて俺が猫人になってしまったのか、まるで覚えていないのだ。そんな俺をララさんが引き取ってくれた。

 それでもただ一つ覚えているのは、幼いレイネシア姫の記憶だった。自分でもまったく不思議な記憶だったが、俺はかつて城の一室で暮らしており、「レイナ」と呼ばれていた彼女と遊んだ記憶がある。当時の彼女は王族とはいえ王太子ではなく比較的自由な立場だったろうが、それでもお城で姫と遊んだ記憶は、普通ではないものだった。

『お城で猫人のペットとして飼われてて、飽きて捨てられちゃったとかじゃないですか?』

「……そういうのは、冗談でもやめてくれ」

 俺が猫人になったそのとき、いったい何があったのかはわからない。だが何らかの手がかりがあるのではないかとの思いが、俺を駆り立てていた。

『そもそもこの距離で見えるんですか、ご主人?』

「ああ、問題ない」

 王族の発表は、王城から広場に突き出したバルコニーで行われる。安全を期すため広場から高さ約十五メートルの位置にあり、またここからの距離は百メートル近くあったが、猫人の視力のおかげでよく見ることができた。

「内大臣様のおなりである」

 兵士たちの号令と共にバルコニーの奥の扉が厳かに開いた。

 バルコニー上に現れたのは、王族の礼服に身を包み胸に勲章を付けた赤眼銀髪に堂々たる長身の青年だった。彼の名はレオニード・フォン・ローラント内大臣。幼少の頃から賢者たちにいつか天にとどくと予言され、天位魔法の継承者として将来を嘱望された王太子であった。だが詳しいことはわからないが、彼には天位魔法の継承資格がなかったらしく、王太子の地位はレイネシア姫が引き継ぐこととなった。

 しかし彼は自身の廃嫡と姫の王太子就任に不満の色をみせず、内大臣として治安は元より国政の一切を取り仕切っていた。その風貌からか国民の人気も高く、公にされていないが、同じ王族であるレイネシア姫と許嫁の関係にあるという噂すらあった。

 レオニード内大臣の登場と共に、ざわついていた民衆たちが口を閉ざす。有無を言わせぬような空気が張り詰めている。これが、王族の者が持つ峻厳さというものだろうか。

「親愛なる臣民たちよ、諸君らに伝えたきことがある」

 内大臣の声が響く。よく通るいい声だがどうも気に食わない。俺はなぜか生理的にこの男が大嫌いだった。偽善とも違う、奇怪なものを見ている感覚がするからだ。

「テーベ村が魔獣によって滅ぼされたことについては、諸君らも既に聞き及んでいるだろう。それは事実である」

 村一つが壊滅したことを、内大臣はあっさりと認めた。

「既に軍が出動し、テーベ村は奪回したとの報告を受けている」

 予想以上に迅速な対応に、人々が「おおっ」と驚きの声をあげた。

「今後、魔獣はより凶暴化していくであろう。だが心配は無用である」

 内大臣がバルコニーの門に向かって頭を下げ、うやうやしく敬礼した。そこから登場した人物に、その場の全員が息をのんだ。

 扉の奥から現れた人物は、流れる黄金のような艶やかな髪をなびかせた、陶器のように白い肌を持つ美しい姫だった。令嬢らしく楚々と目を伏せながら、おそらく日光をほとんど浴びたこともないであろう無垢な頬と二の腕を、惜しげもなく陽の光の元にさらけ出していた。

 なんて美しいドレスだ。

 アイテム商である俺はレイネシア姫が着ているロングドレスにも目を奪われていた。白と青を基調とし、清楚さと華麗さを絶妙のバランスで調和させた、あまりに美しい衣装だったからだ。

 あれが〝白麗聖衣〟、本物なのか?

 ローラントの王家に伝わる究極の魔法具である〝白麗聖衣〟。魔法の糸で編みあげられたその衣装は、呪いの反動なしに天にとどくほどの膨大な魔力を与えるという。

「姫様、どうぞ前に」

 内大臣に導かれるままにレイネシア姫が優雅な足取りでテラスの前に移動する。彼女が目を開いた瞬間、俺は思わず息をのんだ。

確かに、レイナだ。

 生きた宝石のような力強い光を放つ青い瞳。美しく成長しても、あの目だけは全く変わっていなかった。あの輝く瞳は、確かにレイナことレイネシア姫のものだった。

「親愛なる臣民の皆さま、何も案ずることはありません」

 姫はよく通る声で、人々に語りかけた。失語症の噂すらあった姫君の、誰もが予想しなかった肉声。彼女の言葉を一言たりとも聞き漏らすまいと、民衆は水をうったように静まり返っている。

 姫はゆっくりと、だがしっかりとした口調で、言葉を続けた。

「いかなる強力な魔獣が現れようとも、わたくしが王家に伝わる〝天位魔法〟によって、消し去ってみせましょう」

「おおっ!」

「天位魔法か!」

 望外に心強い姫の言葉に、人々からどよめきの声があがる。

「やはり姫は天位魔法を継承されていたのか!」

「レイネシア姫万歳、ローラント王国万歳!」

 人々の声は次第に歓声へと変わっていく。それは魔獣の脅威によって不安状態に陥りかけていた民衆にとっては、まさに希望の光であった。

 姫は優雅な表情を保ちながら、歓声に沸く人々を見つめ返していた。

 俺と目が合った瞬間、彼女はそのまま「ピタ」っと視線を止めた気がした。猫人で目がいい俺と違って、向こうからは俺の姿はわからないはずだ。だが不思議と、彼女に見つめられている気がした。

 俺は何をしているのだろう。急に自分自身の境遇が恥ずかしく思えてきた。 

 七年ぶりに姿を見たレイナこと、レイネシア姫。王太子となり天位魔法まで扱うに至った彼女に、今の地位に登りつめるまで、想像もできない努力や葛藤があったのだろう。だが凛としたその姿からは、そういった影は微塵も感じられなかった。

 さしずめレイナは本物で、俺は呪われた贋作といったところか。

 彼女と比べ、呪いのアイテムを売り買いするという汚れた仕事で食いつないでいる猫人の俺。元から比べるまでもない身分や立場の差がある存在だったはずなのに、急に負い目を感じ、彼女の視線から目をそらしたくなってきた。

 だがレイネシア姫はその大きな瞳をめいいっぱい広げながら、こちらをずっと見つめているように、俺には感じられた。

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