呪いの秘密
「これは王家の機密なんだけど、〝呪い〟は天位魔法〝黒〟によって創造されたものなの」
「呪いが、天位魔法で生み出されたものだって!?」
秘匿されていた天位魔法〝黒〟の正体が呪いという事実に、俺は驚愕の声をあげた。
「正確に言うと、天位魔法〝黒〟とは、呪い〟というペナルティを受けることにより、強力な魔法が使えるようになるという、世界のルールの改変だったの」
世界のルールの改変。そんなことができるなら、それは確かに天位魔法にふさわしいものだが、古代の天にとどいた魔術師はどうして呪いなんてものを望んだのだろうか?
「遥か昔、人々の少ない魔力では強力な魔法が使えなかった。そのため〝聖女〟と呼ばれる巫女の命を犠牲にして、大きな魔法を成し遂げてたの。でもその犠牲を拒否し、苦難の末に天にとどいたという大聖女が授かったのが、天位魔法〝黒〟、つまり呪いなの」
確かに命の犠牲を求められるよりも、呪いのペナルティの方がマシだが、まさか呪いが古の大聖女の天位魔法によってもたらされたものだったとは。
「だが、現に人々は呪いによって苦しんでいる。猫人の呪いをうけている俺だってそうだ。神々が人類に与えた天位魔法が呪いだなんて、信じたくない」
「もちろん神々は救済手段も与えてくれた。神々は呪いを消す天位魔法〝白〟を、あわせてローラント王国の始祖王ロランに授けた。それが〝浄化する天からの御光〟(リサナウト・グリトニル)ね。神々の思いに沿った生き方をした者達だけが発動できるとされる特別な魔法で、地上から強力な魔力を天に送り、〝天の白き光〟として反射させて、どんな呪いでも浄化できる魔法なの」
「どんな呪いも浄化できる魔法……」
呪いを浄化、そんなことが可能なら、魔法具の存在意義が根本的に覆る。極端な話だが、強力な呪いの魔法具を使い放題にだってできる。まさに天位魔法と呼ぶにふさわしいものだった。
「それが伯爵の幻獣を倒したローラント王家が持つ〝天位魔法・白〟の正体なの」
「でも、レイナは今の王家に天位魔法がないと言っていたはずだ」
「〝白〟は未完成の天位魔法なの。〝天にとどく〟には、地上から天へと向かう膨大な量の魔力が必要になるんだけど、始祖王ロランでさえ、その魔力を生み出すことができなかったの」
「始祖王でさえ、天にとどく魔力を生み出すことができなかった……!?」
あまりの事実に、俺は思わずレイナと同じ言葉を繰り返した。
魔力の量は、術者の精神力に比例する。信念や使命、怒り、慈愛、誇り、幸福や執念といったあらゆる精神性が魔力量を決定する要因となる。そしてローラント王朝の開祖、始祖王ロランは類いまれなる精神力を持つ、孤高にして最強の魔術師であったと言われているからだ。
「始祖王は〝天にとどいた魔術師〟であったとされているけど、それは王家が作り上げた欺瞞、彼は天にとどかなかったの」
「欺瞞、ウソなのか……」
ローラント王朝の正当性は、始祖であるロランが天位魔法を授かり、それを王族が継承しているという権威に由来している。それが嘘なら、王朝の根幹を揺るがす情報だ。
「厳しい修行の末に始祖王が天から授かったのは、天位魔法〝白〟の詠唱呪文だけなの」
天位魔法の詠唱呪文、あの時にレイナ唱えていた呪文のことか。
「待ってくれ。あの時確かにレイナは凄まじい魔力を用いて、天にとどいたはずだ」
そうだ。膨大な魔力を天に放出し、それを反射させて伯爵の幻獣を消滅させたはずだ。
「始祖王は、代わりに魔力を持つ〝隔世の糸〟をつくり、その糸を紡いで強力な魔力を生み出す礼装を作り出したの。それが〝白麗聖衣〟であるイマジンドレスね」
『つまり、オイラのことね』
この貧乏の呪いがついている下品なイマジンドレスは、やはり白麗聖衣だったか。
「だとしたら変だ。なぜ白麗聖衣に呪いなんかついているんだ?」
完成された魔法具であれば、呪いなどとは無縁のはずだ。天位魔法を扱える魔法具が呪い付きなわけがない。
「白麗聖衣は、不足した魔力を補うため貧困の呪いと、次の世代に呪いの大半を持ち越す呪いがかけられているの」
「次の世代に持ち越す呪い……」
「うん。伯爵が使っていた隔世の糸。あの糸に込められた〝隔世魔法〟と同じ魔法。もっとも規模は桁違いだから、〝大隔世魔法〟として厳密には区別されるものだけど」
「つまり、伯爵が使っていた隔世の糸も、そのイマジンドレスも、元は等しく呪いを次の世代に先送りする魔法にすぎないということか」
「うん。そういうこと」
「しかし、レイナは伯爵が変身した幻獣を、始末したんだよな? その呪いは消えたのでは?」
そうだ、伯爵がため込んだ呪いをレイナが消したのなら、それで問題は解決したはずだ。
「ううん、消えたけど、消えてないの」
レイナは悲しそうな表情で首を横に振る。
「天位魔法で呪いは消せるけど、その天位魔法を発動するために大隔世魔法を使った対価として、新たな呪いが降りかかる。伯爵が変化した幻獣は呪いごと消したけど、そのために使った魔力は、新しい呪いとしてイマジンドレスに追加されたの」
「つまり、結果的に呪いが伯爵からイマジンドレスに移っただけ。そしてドレスの魔法を使えば使うほど、呪いはドレスの中に蓄積されていくということか」
「うん。イマジンドレスの許容量を超え、あふれだす日までね」
「ちょっと待ってくれ。隔世魔法を使いすぎると、魔獣になるんだろう? では王都を襲っている魔獣の原因は……」
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「うん。このドレスがため込んだ呪いの一部が、漏れてるのが魔獣化の原因なの」
なんてことだ。まさか人々を襲う魔獣の原因が王家の天位魔法にあるなんて。そんなことも知らずに民衆たちは、王家のでっちあげた天位魔法にすがっていたのか。
まさに自転車操業。王家は国家運営のため、こんなギリギリの橋を渡っていたのか。
暗い表情をしている俺の手に、柔らかいものが触れる。レイナが俺の手を、そっと握りしめてきた。
「大丈夫、運命はある。きっと何とかなると信じなきゃ。ノートン君にも会えたしね」
レイナは優しく微笑む。渦中にあるのは彼女の方なのに、その気高い強さはどこから来るのだろうか。
「……わかった。全てを解決するには〝至高の宝〟が必要だということか」
「うん、そういうこと」
始祖王が残した〝天位魔法・白〟が未完成な以上、ドレットノートが残したという天にとどく至高の宝に頼るしかない、ということか。改めてワラにもすがる希望だということを知る。




