レイナの家出
昨日は店を閉じたので、俺は仮眠をとった後で昼から店を開いた。かなり眠かったが、何とか日中の仕事を終えたときは、既に陽が沈みかけていた。一息ついた俺は、ようやく買っておいた新聞を手に取った。
〝怪盗エルフが盗んだものは、ディーク伯爵の謀反!?〟
見出しに大々的に掲げられているのは、怪盗エルフの活躍についてだった。
昨晩の事件についての記事を確認する。ディーク伯爵と大商人ブランとの抗争の隙をぬう形で、怪盗エルフが伯爵邸に侵入し、伯爵から強力な魔法具を盗み出し、謀反の芽をつんだ。そこに内務省の親衛隊が介入した。伯爵の屋敷からゴーレムを含む大量の武器が発見されたため、伯爵派の関係者は謀反の疑いで逮捕された、というのが政府が発表した内容だった。
〝義賊エルフは、怪盗ドレットノートの再来か!?〟
次なる見出しに目を通す。伯爵から内乱の芽を盗むという功績は、かつて民衆から絶大な人気を誇った怪盗ドレットノートの活躍を彷彿とさせるもので、彼女の人気はさらに増して、一躍時の人となっているようだった。
ちなみに俺のことは、『怪盗エルフに猫人の仲間、怪盗キャット(仮)の存在も!?』と小さく書かれているだけだった。
「幻獣化した伯爵と、レイナが発した天位魔法の光についての発表はなしか」
『そうみたいですね~』
伯爵については火事で行方不明との虚偽の発表がなされている。政府が何を隠したいと思っているのか、ありありと理解できた。今夜もレイナが来るから、今度こそ詳しく聞こう。というか今夜も盗みに入るのだろうか? ならば、早めに店じまいをしなくてはいけない。
「ノートン君、こんにちは」
などと考えていると、当のレイナがひょこりと現れた。ブラウスとチェックのスカートに頭からフードをかぶりカバンを持った姿は、まるで買い物帰りの町娘のようだ。
「レイナ、まだ陽も落ちていないのに、随分と早いな」
「うん、ちょっと事情があってね、抜けて来ちゃった」
「とにかく、もう店を閉めよう」
フードをかぶっているとはいえ、バレる可能性はゼロじゃない。客も他にいないし、さっさと店を閉めることにする。
「うん、手伝うね」
レイナはドアを締めてカーテンを下ろし、店に陳列していたアイテムを一緒に棚にしまう。そのてきぱきとした所作もまた深窓の令嬢のものとは思えず、またディーク伯爵に迫った際の、毅然とした姿とは似ても似つかなかった。
「しかしまだ陽はおちていないけど、公務は大丈夫なのか?」
「う~んとね、実はね……」
彼女は言いにくそうにはにかむ。
「家出してきちゃった」
「いえで!?」
俺はびっくりして声を荒げる。
『つ~か、あのお城から出るのを、〝家出〟っていうのか? ガハハ』
『どちらかというと〝城出〟ですよね』
イマジンドレスとイエローストーンが突っ込む。いやそんなことはどうでもいい。問題は、姫が黙って城をでてきたということだ。
「さすがにまずいだろう、王太子であるレイナがいなくなったら、城は大騒ぎのはずだ」
「みがわりパンダに、ありったけの魔法具を食べさせてきたから、しばらくは大丈夫だと思う」
「なるほど……」
あのパンダを欲しがったのは、そういうことだったのか。
「それでね、お願いがあるんだけど……」
レイナが不安そうに上目遣いをしながら、何やら頼みごとをしてくる。この表情は、何かとんでもないことを言う前触れだった。
「わたしをこの家に、かくまってほしいの」
「何だって!?」
「他に頼れる人はいないの。一生のお願い!」
「い、一生のお願い」
またもや一生のお願いか。女子の一生のお願いは何度もあるということだったが、二日とおかずに二回目が来るとは。
「お願いノートン君、なんでもするから」
「その言葉は危ないからやめろと言ったはずだ」
「うん。でもノートン君なら大丈夫だしね」
レイナは優しく微笑む。だがその口元に反して瞳は笑っていない。真摯な瞳そのものだった。
「怪盗のお仕事も、何倍もはかどると思うし、お願い」
それが本音なのだろう。つまり、あまり時間がないということか。
「レイナ、本当のことを話してほしい。君は焦っているな?」
図星だったのか、レイナは神妙な顔で「うん……」と素直にうなずく。
「それは、伯爵の魔獣化と関係があるんだな?」
「うん、そうだね」
「どういうことか説明してほしい。あの隔世の糸と天位魔法についても」
「……わかった。まずノートン君、五色の天位魔法については、聞いたことあるよね?」
「ああ。天位魔法は、黄・青・赤・白・黒の計五色分あるという話だな」
「じゃあノートン君は、〝呪い〟って何だと思う?」
改めて聞かれるとアイテム商の俺でも答えに窮する。定説では過度な奇跡の恩恵を受けたことに対するマイナスの代償だとか、あるいは偽物を創造した罪に対する天罰だとか言われているが、正直あまり考えたことが無かったからだ。
呪いは呪い、贋作についているペナルティに過ぎないと、アイテム商である俺は当然のように受け止めていたからだ。




