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【怪盗ドレッドノートの秘宝と天にとどく魔法の姫】  作者: 蒼空 秋


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幻獣

 

「くっ」


「きゃあ」


 俺たちは部屋の壁に叩きつけられる。目の前には、濃厚な魔力の風が吹き荒れていた。


「傀儡の姫レイネシアよ、〝前借りしているに過ぎない〟と言ったな、その通りこれは〝借金〟だ。だがワシが対価を支払うつもりはなどない」


 叫びながら、巨大な縦ロールになって拘束されていた髪が、再び活性化する。荒れ狂うようにうごめくその髪は、まるで燃え盛る炎のようだった。


「力づくで悪役令嬢のリボンの拘束を、解いただと!?」


 信じられない力だ。魔法具の効果は、普通の魔力では振り切れるものではないはずだ。


「ワシが王になった暁には、そのツケは民に支払ってもらう。お前たち、現王室と同じようにな!」


 荒々しくうごめく伯爵の髪が、周りに置かれていたゴーレムの人工筋肉をはぎ取ると、吸収するかのようにその体に組み込んでいく。その異様な姿は、巨大な獣による捕食のようだった。


「やめなさい伯爵。これ以上の魔力を使ったら、人間に戻れなくなるよ!?」


 レイナの悲痛な声が響く。だがその声はとどかず、餌であるゴーレムの人工筋肉を捕食した伯爵は、異様な姿に形を変えた。


「伯爵が、魔獣に!?」


 俺は変わり果てた伯爵の姿に息をのむ。全長十メートルはあるだろうか。人間の髪の毛とゴーレムの人工筋肉が入り組んだ、異様な姿の魔獣だった。


『グュルアアアウァアアア!!』


 獣は凄まじい雄叫びをあげる。その声は野生の獣そのもので、もはや理性のひとかけらも残っているようには思えなかった。


『逃げましょう、ご主人』


 イエローストーンが撤退を進言してくる。


 どういう事情で伯爵が魔獣になったのかは知るよしもない。だが伯爵が持っていたのは賢者の石ではないことだけは確かだ。となれば、ここにいる必要はない。速やかに撤退すべきだった。


「逃げるぞ、レイナ!」


「ダメだよ、ノートン君。ああなったら、もう戻れないよ」


「だから、逃げるんだ」


「このままじゃあ、王都の民が」


 そうか、王都の民のことを案じているのか。確かにあの規模の魔獣が外にでれば、住民の犠牲は多大なものになるだろう。


「あきらめろ!」


「できないよ!」


 涙目のレイナは、伯爵を見据えたまま動かない。


 逃げるべきだ。レイナを担いででもこの場を去るべきだ。


 そんな理性の声を押し殺しながら俺は腰からレイピアを抜き、レイナを護るように魔獣と化した伯爵の前に立つ。そして手に持ったレイピアを正眼に構え、魔獣を見据える。


 ──ここで伯爵を倒すしかない──


 迷っている暇などない。俺の全身を魔力が駆け巡り、全身の筋肉を肉食獣のそれに変える。


 まだ人間の姿を留めている伯爵と目が合った瞬間、俺は猫人の俊足で伯爵との距離を縮め、レイピアによる渾身の一撃を放った。


 狙うは伯爵の眉間。人間を憑り代にした魔獣なら、コアとなっている伯爵自身を倒せば勝機はあるはずだ。人間の数倍はあろう猫人のバネを全身に活かし、すべての力をレイピアの先端の一点に集約させた刺突を放つ。


「いっ!?」


 俺は思わず目を見開いた。コンマ1ミリの誤差もなく放たれたその必殺の一撃は皮膚すら傷つけることはできず、レイピアの方がポッキリと折れてしまったからだ。


「硬度強化の魔法が付与されたレイピアが、折れるとは……」


 折れた愛刀を嘆く余裕などない。レイピアの一撃から瞬時に立ち直った伯爵は、自身の巨腕を繰り出してきた。まるで荒れ狂う嵐で吹き飛ばされた大木のよう。俺は辛うじて回避する。直後、壁にぶつかった伯爵の巨腕から部屋中に地響きのような衝撃が走る。


「大丈夫!? ノートン君」


「……ああ、大丈夫」


 だが右腕がひどく痺れ、動かせない。直撃しなくても衝撃に巻き込まれたのか。


「ノートン君、貴方だけでも逃げて」


「何を言っている? レイナを置いて逃げられるわけがない!」


「貴族には貴族の義務があるの。わたしは姫として、伯爵の暴走を止めないと」


「止める、あの魔獣をか!? いくら何でも無理だ」


「大丈夫、何とかするから」


 気丈に振る舞うが、彼女の傷の状況からして、何とかできるとは思えない。


 正攻法で倒すのは不可能。逃げる選択肢はない。となれば搦め手を使うしかない。俺はアイテム商としての知識をフル動員して、必死で思考を巡らせる。


 考えろ、敵はゴーレムの人工筋肉を毛根魔術で操る魔獣。コアである伯爵は、既に魔獣に取り込まれ、破壊は不可能。その髪と有機部品が腐るまで、動き続けるはず──


「有機部品、そうか!!」


 とっさにひらめいたアイデア。この案に、かけるしかない。


「レイナ、俺の懐から美魔女のポーチを取り出してくれ!」


「美容魔法の? そんなことしてる場合じゃ……」


「いいから頼む」


「わかった」


 レイナは俺のジャケットのポケットに手を突っ込んでポーチを取り出し、俺に手渡す。


「伯爵、お前にとっておきの美容グッズをプレゼントしてやるよ!」


 そんな悪態をつきながら俺はポーチの中からビンを取り出すと、だらしなく開いた伯爵の口の中に放り込んだ。


『グルアアアア──うぎゃあああああ!!』


 変化はすぐに現れた。伯爵の雄叫びが、そのまま苦しむような悲鳴に変わった。


「身体が小さく……いえ、やつれていく!?」


 レイナの言う通り、伯爵の巨体は全身から生気が抜けていった。巨体を覆う髪のあちこちが無残な白髪となってちぎれ落ち、ついにその巨体が崩れ果てる。


 肉が腐ったような悪臭の中で、ゴーレムの部品と共に無残な亡骸と化した伯爵が、その場に横たわっていた。


「ノートン君、どういうこと? 何を飲ませたの?」


「〝美魔女のドロップ〟だ」


 伯爵に飲ませたのは、一粒につき一歳若返らせるという美魔女のドロップだった。


「あれって、確か一つハズレがあるはずだよね? あ、そうか!」


 レイナはようやく気が付いたようだ。


 そう、ドロップの効果は若返りだが、十四個のこったドロップのうち一つだけ三十歳年を取る外れのドロップが交ざっている。すべて飲めば十七年老化することになる。


「つまり、一気に十七歳、年をとっちゃったわけだね」


「そうだ。髪と人工筋肉はメンテナンスしなければ腐るからな」


 ゴーレムの中枢に、有機物を使っていたのが幸いした。


「すごい、こんな方法で倒せるなんて……髪のお手入れは大切ってことだね」


「……まあそういう話なの、かな」


 とはいえ、伯爵が本物の賢者の石を持っていないことは確かだ。伯爵が持っていた隔世の糸については、あとでレイナに聞くとしても、ここに盗みに入ったのは無駄骨だった。

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