ランド亭のララさん
「いらっしゃいノートンちゃん、まだ準備中だから、少し待っててね」
行きつけの食事処であるランド亭では、主人であるララさんが出迎えてくれた。
俺の店、ニャン古亭の前の店主であり、今の店は彼女から譲ってもらったものでもある。見た目は俺より少し年上の二十代後半、高身長でスタイル抜群の、ウェーブのかかった長い赤髪の美人。無地のワンピースにコルセットとエプロンという、簡素なファッションの上からでも大人の色気が漏れだしている。明るく姉御肌で、王都一の噂好きを自称していた。
「いや、早めに来たのは、買い取ってもらいたい魔法具を手に入れたからだ」
俺は懐から、腕輪を取り出して、ララさんにみせた。
「ほう、筋力アップの腕輪か。呪われているのかい?」
「ああ、エネルギー消費量と筋肉痛が倍になる呪いがついている」
「何だって!」
と、ララさんは驚きに瞳を輝かせた。
「買う!! 買い取らせてもらう。五万でどうだい?」
「あ、ああ、それでいいよ」
ララさんのあまりの剣幕に俺は若干ひきつつも、売却に同意した。
「ダイエット効果が二倍! なんてすばらしい呪いがついているんだ! 呪い万歳!」
ララさんは嬉しそうに腕輪にほおずりしながら喜んでいる。
「筋肉痛には気を付けてくれよ」
『なるほど、貧しい人にとっては厄介な呪いでも、お金持ちやダイエット中の女性にとっては、喜ばしい効果なんですね~』
「呪いのマイナス効果も使いよう、といったところだな。まあララさんが、痩せる必要があるようには思えないが」
『女性にその手の言葉は禁物ですよ、ご主人』
スタイル抜群のララさんには必要ないと思うが、俺には知らない努力があるのだろう。基本的にララさんは美容系の魔法具に目がなく、そこらの貴族以上の高値で買い取ってくれた。
「そういやノートンちゃんの友達のジュン君が来てて、飲み会に参加してほしいと言っていたよ。男女同数の飲み会なんだって」
「ただの盛り上げ役だよ。それに男女同数なら俺が交ざってる方が、男たちには都合がいいのさ」
「そうかねえ、猫人が好きな女子だっているかもしれないよ? ケモナーっていうんだっけ?」
「そういうのはちょっと」
確かにこの猫顔は変に女子受けがいい。とはいえそれは表面上の話で、こちらが本気にすると皆、困ったような顔をして逃げてしまう。そもそも俺自身が今の顔は好きではなかった。
「『猫顔、可愛い! っていう私かわいい!』っていうのが女子というものさ」
『こじれてますねえ、ご主人』
話を聞いていたイエローストーンがため息のような声を漏らす。イエローストーンが何と言おうが、この顔で恋愛をすれば自分が傷つくだけだということは、よく知っているつもりだ。
『このままじゃ、一生独身ですよ』
「そうだとしても、俺にはお前がいるさ」
『え~、わたくし猫人の方はちょっと……』
「お前が断るのかよ!」
イエローストーンの予想外の反応に、俺は思わずつっこんだ。冗談で言ったのだが、まさか宝石にもフラれることになるとは思ってもみなかった。
『ウソですよ、でもちょっと心配です。このままだとご主人の夢もかなわないですよ?』
「……あの話は忘れてくれ」
俺は自らの発言を悔いた。いつだったかララさんが語ってくれたが、本当に素敵なデートをすると、世界は輝いて見えるという。俺は結婚も恋人も無理だろうが一度でいいからそういうデートをしたいと、口を滑らせてしまったからだ。
客も入ってきたし、そろそろいつもの情報収集をするか。
俺は猫人の聞き耳をたて、日課の情報収集を始めた。猫人の視力も聴力も人間よりずっと良いので、市民たちの社交場であるこの店で、彼らの噂話を収集するのが俺の常だった。
「テーベ村が魔獣によって滅ぼされたらしい。最近、魔獣が強くなっているって話だ」
「くそ、魔獣どころか幻獣や神獣まで現れたら王国は終わりだぞ!?」
商人たちは〝魔獣〟の話でもちきりだった。人間を襲う謎のモンスターである魔獣。噂によると呪いによって動植物が凶暴化した存在だとされる。その魔獣がここ最近強くなっており、より上位の魔獣が現れるのではないかというのが、人々の話題の中心だった。
「またレオニード内大臣から魔獣についての発表が広場であるらしい」
「政府に何ができるってんだ! 魔獣を消去できるのはレイネシア姫だけだろうに」
市民たちは怒りに声を荒らげていた。彼らも危機感でいら立っているのだろう。
「さっさと姫の〝天位魔法〟で始末してくれればいいのに」
商人の一人が吐き捨てるようにつぶやいた。唯一、王家だけがどんな魔獣でさえも消去できる強力な〝天位魔法〟を有していると言われていた。天にもとどくと言われるほど強力な天位魔法は、黄・赤・青・黒・白の五種あると言われ、そのうち一つ、〝白〟を持っているとされるのが王太子であるレイネシア姫であった。人前にはめったに姿を現さず、言葉も発しないため、姫は実は言葉を失っているという噂すらあった。
女の子が起こす奇跡に依存か。
俺は再びため息をつく。いくら強大な魔法を持つ王族の姫とはいえ、少女が起こすという奇跡にすがる気が知れなかった。
「おい、今回の発表には、レイネシア姫が同席されるって話だぞ!」
店に飛び込んできた別の男が発した予想外の情報に、聞き耳を立てていた俺は内心驚愕した。
「すごい! 今回こそ天位魔法で魔獣どもを一掃してくれるにちがいない!」
そう叫び沸き立つ商人たち。姫が登場するなど、何らかの重大な発表がなされるのは間違いない。
「広場に行こう!」
「おおっ!」
噂は強い波のように客たちの間に広がり、客たちは次々と店を後にしていく。
「俺も行く。ララさん、お会計をお願い」
「了解だよ~、私も行きたいけど、店があるからね、代わりに聞いといてね」
ララさんはいつもどおり屈託のない笑顔で見送ってくれた。




