泣き虫
「ああ。消えたはずだ」
忠誠心が下がる呪いがついた魔法具は、その効果を持て余した金持ちが手放すことが多い。先日、とある富豪から買い取っていたのが幸いした。
「これで夜だけでなく昼も自由に行動できるようになったが、どうするか」
そこまで考えて、俺はレイナの様子がおかしいことに気づいた。
「……ギアスの効果が消えた……もう内大臣の命令を聞かなくていい……」
レイナは魔法具の効果を反芻していた。よく見れば瞳は涙でうるんでいる。
「うわああああん!」
ついに俺の胸にしがみつき、激しく泣き出してしまった。
「どうしたんだレイナ?」
「だってだって、変な命令されないか、怖かったんだよおおお」
大粒の涙を流しながら、泣きしゃくる。
「もし内大臣にエッチな命令されたら、どうしようかって不安で……」
「落ち着け、そんな公務はない。この魔法具では、そういう命令はできないはずだ」
「ううう、もっと早くノートン君に会いたかったよ~、探さなかったわたしのバカ! 来てくれなかったノートン君もバカ!!」
俺の言葉など聞かず、レイナは無茶苦茶なことを言いながら泣き叫ぶ。安心したせいで、感情のたがが緩んだのだろう。確かに年頃の娘にとって、異性のそれも政敵の命令に服さなければいけないという状況は、よほど辛かったに違いない。
そういえば、レイナは泣き虫だったな。
俺は泣きしゃくっているレイナに対し、そんなことを思い出していた。
「なあ、どうすればいいんだ、イエローストーン」
なかなか泣きやまないレイナに、途方に暮れた俺は助言を求める。
『そうですね~、まず優しく背中を抱きしめてあげてくださいまし』
「こ、こうか?」
俺は言われた通り、遠慮がちに両手をレイナの背中にまわす。ポニーテールの美しい髪が、腕に触れる。抱きしめて初めて分かったが、その背中は驚くほど華奢なものだった。
こんな背中で、必死に耐えてきてたのか。
そう思うと不思議な気持ちがこみあげてきて、腕に力が入る。だがレイナは泣きやむことなく、先ほどよりも強く俺の胸に顔を押し込んでくる。
「イエローストーン、次はどうすればいい?」
『そうですね。ではレイナさんのあごを〝くいっ〟とご主人の方に向けてください』
俺は言われた通りレイナのあごをくいっと持ち上げる。
びっくりしたような顔をして、レイナは俺を見つめる。
涙で光っている瞳と、小さくてピンク色をした唇に、俺は思わずごくりと唾を飲み込む。
『そのまま〝ぶちゅ~〟と、レイナさんの唇を奪ってください』
「〝ぶちゅ~〟って、何てことさせるんだよ!?」
俺は慌ててレイナを離す。
『あらま~、せっかくお嫁さんをゲットできるチャンスでしたのに……』
そうだ、こいつは隙あらばそういう方向に持っていこうとするんだった、忘れてた。
レイナはしばらくあっけにとられていた様子で俺の方を見ていたが、やがて落ち着いたのかクスクスと笑い出した。
よかった、嫌われてはいないようだと、俺はホッと胸をなでおろした。
「ねえノートン君は、お嫁さんが欲しいの?」
レイナはようやく口を開いたかと思うと、そんな妙なことを聞いてきた。
「ノートン君はいい人はいないの?」
「いない。そもそも、呪いのアイテムを扱う呪い付きの獣人が、結婚できるわけないさ」
「そんなことないと思うけどな~」
レイナは気楽に言うが、俺自身が王都でも最底辺に属する存在であることは、自分でもよく知っているつもりだ。
「あっそうだ、一ついいこと教えてあげる。わたしが調べた限りなので確証はないんだけど、〝至高の宝〟は、呪いを制御することができるアイテムかも、っていう情報があるよ」
「ほう、ありうる話だ」
興味深い話だった。確かに盗めぬものはないとうたわれたドレッドノートほどの大怪盗なら、多くの呪われたアイテムも収集していたはずだ。〝天にとどきうる至高の宝〟は、呪いを制御するアイテムであっても不思議はない。
「ところで今回、レイナはどんな魔法具を盗み出したんだ?」
協力する以上、レイナが今回盗み出した宝が何なのかを確認しておきたかった。




